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第十一話:「のじゃロリ」理事長降臨と、魂の二重奏

演習場に火花が散る直前、一陣の風と共に、その場にいる全員の動きが「凍りついた」。


物理的な氷ではない。圧倒的な魔力の質、そして魂の格の違いが、その場を支配したのだ。


「……これはいかんの。若者が血気盛んなのは良いことじゃが、妾の庭で土足の喧嘩は感心せぬぞえ」


凛とした、しかしどこか幼さを残す鈴のような声。 砂塵が晴れた中心に立っていたのは、和装……それも、子供用に仕立てられた豪華な着物を纏った一人の少女であった。


・・王国の最高権威・・


見た目はリリーやミリィと同じく、十歳前後の可憐な幼女。しかし、その瞳には数百年を生き抜いた者特有の、底知れぬ知恵と威厳が宿っている。


彼女こそが、魔法学園と騎士学園、両校の頂点に君臨する最高責任者、理事長のアマリリス・アイリス・アレスガイア。 隣国アイリス王国の血を引く王族であり、国王ですら一目を置く「生ける伝説」である。


「……ん。……何、この子。……魔力の、深淵。……測れない」 「……あだし、本能が逃げろって言ってるべ。……手加減してたとはいえ、あだしたちの攻撃が、消えた……?」


ミリィとモミジが驚愕の声を漏らす。 彼女たちが放とうとした重力魔法も、斧の衝撃波も、理事長が扇子を一振りしただけで霧散してしまったのだ。リリーですら、一万五千年の修行を経てなお「この御仁は底が知れないわね」と、表情を引き締める。


・・騎士をも平伏させる威厳・・


「り、理事長ッ!!」 傲慢だった騎士学園のアレントも、その姿を見た瞬間に顔を青ざめさせ、その場に膝をついた。騎士学園の「脳筋」たちも、彼女が魔法の第一人者である以上に、この王国の教育システムそのものであることを知っている。


「アレント・グレイロードと言ったか。騎士学園一年Aクラス……。才能はあるが、礼節に欠けるようじゃの。他校の演習場を力で奪うなど、騎士道よりもむしろ山賊の所業に近いのではないかの?」


「……し、しかし、理事長! このような最新の設備を、魔法学園の落ちこぼれたちが――」


「黙るのじゃ」


アマリリスが扇子をパチンと閉じる。その一音だけで、アレントの言葉は物理的に遮断された。


「設備を魔改造したのは、そこに立っておるリリアーヌ嬢じゃ。所有権、並びに使用優先権は当然彼女らにある。……わしは昨日、リリアーヌ嬢が夜な夜な演習場で『神域建築』を弄っておるのを、お茶を飲みながら見ておったのじゃよ。実に面白い術式じゃったわい」


リリーは内心で(見られていたのね……)と苦笑した。


・・理事長の興味・・


アマリリスは小さな足音を立ててリリーの元へ歩み寄ると、ぐいっと顔を近づけてその瞳を覗き込んできた。


「のう、リリアーヌ。そしてミリィにモミジ。お主ら、ただの新入生ではないの。その身に纏う時間ときの匂い……妾と同じく、長い年月をどこか別の場所で過ごしてきた顔をしておる」


「……お目が高いですわ、理事長様」 「ほほ、隠さなくて良い。わしは面白いことが大好きでの。……さて、アレント。お主らには罰として、この演習場の草むしりと、魔導タイルの手磨きを命じる。魔法は一切禁止じゃ。己の筋肉のみで励むが良い」


「な……ッ、手磨きですと!?」


演習場に静寂が戻った。理事長アマリリスの圧倒的な威圧感の前に、騎士学園のエリートたちは一言も発せぬまま、這々の体で草むしりとタイルの手磨きを開始した。


「さて、リリアーヌ。のちほど妾の部屋へ来い。お主の淹れる茶が美味いという噂を聞いての……。それに、『お主の魂が二重に見える理由』というのも、詳しく聞かせてもらおうかの?」


リリーの心臓が跳ねた。 一万五千年の修行も、前世の記憶も、この世界では「秘められた過去」であるはず。しかし、この幼き理事長の瞳は、物質としての肉体を超え、その深奥にある「田中」という異邦人の魂と、現世の「リリアーヌ」という魂が重なり合う不自然な残像を、確かに捉えていた。


・・アイリスとアレスガイア:二つの姓の真実・・


アマリリス・アイリス・アレスガイア。 彼女が二つの国名を名乗るのには、王国の根幹に関わる歴史的背景があった。


数百年前、アレスガイア創世期より存続するアレスガイア王国であったが、こと魔法文明においてはアイリス王国の足元にも及んでいなかった。高度な魔法文明を誇る隣国アイリス王国の第一王女であった彼女が、当時のアレスガイア国王(今の国王の数代前)に請われて「教育と防衛の要」として降嫁、あるいは形式上の養子となった。 アレスガイアという名は王室への敬意だが、アイリスの名は「魔法の正統なる継承者」であることの証明。いわば彼女は、二つの国の調停者であり、この国の「魔法の母」そのものなのだ。


・・理事長室:賢者の密談・・


放課後、リリーはミリィとモミジを伴い、最高級の茶葉を持って理事長室の重厚な扉を叩いた。


「入りゃれ。待っておったぞ」


室内は、最新の魔導具とアイリス古来の調度品が入り混じる不思議な空間だった。アマリリスはソファに深々と腰掛け、短い足をぶらつかせながら、リリーが淹れた茶を一口啜った。


「ふむ……。一万五千年の熟成と、異界の知恵が混ざったような味じゃ。悪くない」


リリーは冷や汗を拭いながら、おどけて頭を下げた。 「理事長様には、すべてお見通しのようですわね」


「ほっほ、お主が夜な夜な演習場でやっておった『神域建築』。あれ、術式の末尾を亜空間接続に頼りすぎておるぞ。もっと地脈の魔力を直接編み込めば、効率は三倍に跳ね上がったはずじゃ。あと、Dクラスの食堂……。あれに施した『分子再構成』、隠し味に時間加速をコンマ一秒加えるだけで、熟成がさらに進んだのじゃよ」


リリーは驚愕した。自分なりに完璧を期した魔改造に対し、これほど的確、かつ高度な「ダメ出し」をされるとは。


「わしを誰だと思っておる。この学園のすべての術式は、わしが設計したのじゃ。お主のような『魂が二重』のイレギュラーが、面白おかしく弄り回すのを見るのは実に愉快じゃわい」


アマリリスは扇子でリリーの鼻先を突いた。


「隠し事はせぬ。わしはお主の正体や過去に興味はない。ただ、お主がこの学園にもたらす『変化』が面白いだけじゃ。……のう、リリアーヌ。次は女子寮の露天風呂に、アイリス式のアロマサウナを導入してみぬか? 設計図はわしが引いてやっても良いぞえ」


一枚も二枚も上手。一万五千年の経験を持つリリーをして、「この幼女には敵わない」と思わせるに十分な風格。


「……負けましたわ、理事長様。ぜひ、ご指導ご鞭撻をお願いいたします」


「ほほ! 殊勝な心がけじゃ。……さて、ミリィにモミジ。お主らもいつまでも護衛のフリをしておらんで、わしが特製した『重力負荷100倍』の特別訓練でも受けてみるかの?」


「……ん。……遠慮、したい」 「あだしたち、今日でおしまいだべ……!」


最強の「のじゃロリ」理事長の気まぐれに、リリーたちの学園生活は、かつてないほど「教育的」かつ「ハード」な展開を迎えようとしていた。

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