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第十話:魔導と鉄血、交錯する演習場

本格的な学園生活が始まった。この日から世話係のアンナは「本来の仕事」に戻り、リリーたちが帰宅するまでの間、寮の掃除や夕食の準備を担うことになった。


「お嬢様、本日の夕食は一万年前の修行地でしか獲れない『極上の黄金鶏』を仕込んでおきますわ。どうぞ、存分に学園生活を楽しんでいらして」


アンナの優雅な見送りを受け、リリーたちは教室へ向かう。これまでとは空気が違う。教室の後方には、制服姿のミリィとモミジが「護衛」として直立不動で待機しており、Dクラスの生徒たちの表情も、昨日までの喧騒を忘れたかのように真剣そのものだ。


・・魔法と剣:隣り合わせのプライド・・


アレスガイア魔法学園と騎士学園。 この二校は王国の双璧でありながら、その仲は険悪の一言に尽きた。魔法学園生は騎士たちを「魔法も使えない野蛮な脳筋」と蔑み、騎士学園生は魔導士たちを「杖を振るしか脳のない根暗な引きこもり」と呼び捨てる。


設備は共同利用、校舎も隣接。ゆえに、境界線付近では常にトラブルの火種が燻っていた。


本日の第一授業は「身体強化魔法の実技」。一行は、昨日リリーが「ついで」に魔改造を施した第四演習場へと足を踏み入れた。


・・強奪:エリート騎士たちの不遜・・


かつては草むした空き地だった第四演習場は、今や最新の「衝撃吸収魔導タイル」が敷き詰められ、自動でターゲットが動く「高機動ダミー人形」まで完備された、騎士学園の主訓練場をも凌駕する最新鋭の施設へと変貌していた。


「……ん。……準備、完了。……身体強化、開始」 ミリィが淡々と授業の準備を始めようとした時、演習場の入口から騒がしい足音が響いた。


「おいおい、何だこの場所は。Dクラスのゴミ溜めに、いつからこんな贅沢な設備が用意されたんだ?」


現れたのは、騎士学園の制服に身を包んだ一団。その中心に立つのは、騎士学園一年Aクラスの筆頭、アレント・フォン・グレイロードだ。 名門の武門貴族の嫡男であり、一年生にして「鋼鉄の意志」を体現するエリート。端正な顔立ちには、魔法使いを心底見下す傲慢さが張り付いている。


彼の傍らには、副官格の女子生徒、レナ・クロムウェル。平民出身ながら圧倒的な剣才で特待生として入学した、ポニーテールが似合う勝気な少女だ。


「アレント、見て。あのダミー人形、私たちの訓練場にあるのより三世代は進んでるわ」 「ふん。Dクラスの根暗どもに豚に真珠だ。……おい、そこの絶壁令嬢」


アレントが腰の模擬刀を鳴らし、リリーを指差した。


「この演習場は、今日から我々騎士学園一年Aクラスが接収する。お前たちは、その隅っこにある掃き溜めで、ちまちまと魔力でも練っているがいい」


・・激突の予感・・


「……あら。騎士学園の方は、礼儀というものを母親の腹の中に忘れてきたのかしら?」 リリーが冷ややかに微笑む。


「何だと……! 平民出身のレナですら、お前たち魔導士がどれほど脆弱か理解しているぞ。魔法の詠唱が終わる前に、我らの身体強化フィジカルがその首を撥ねる。それが真理だ」


アレントが威圧的に一歩踏み出す。背後の騎士学園生たちも、魔法学園の「落ちこぼれ」であるDクラスを鼻で笑っている。


しかし、リリーの背後で待機していたモミジが、肩に担いだ巨大な斧(一応、学園の規則で刃は潰してあるが)をドスンと地面に下ろした。


「……アレントだか何だか知らないべ。あだしたちの『遊び場』を横取りしようとするなら、その鋼鉄のプライドごと、薪割りみたいに叩き割ってやるべ!」


「面白い……。魔法学園のDクラスが、騎士学園のエリートに喧嘩を売るとは。いいだろう、どちらがこの演習場に相応しいか、『身体強化のみ』の勝負で教えてやる!」


アレントが猛然と闘気を放ち、レナが鋭く踏み込む。 魔法学園と騎士学園。誇りを賭けた「魔改造演習場」の争奪戦が、今まさに幕を開けようとしていた。


「……そこまでだッ! 騎士学園の諸君、この場所は魔法学園の管理区域であるはずだッ!!」


怒号と共に、校舎の二階から文字通り「降って」きたのは、風紀委員長のゼクス・アイアンハートだった。鋼のような肉体を包む魔法学園の制服をはためかせ、彼はアレントとリリーの間に割って入った。


「ゼクス委員長……お仕事が早くて助かるわ」 リリーが涼しげに微笑む。ゼクスはその言葉に一つ頷くと、剣を抜くことさえせず、正義感に燃える瞳でアレントを射抜いた。


「アレント・フォン・グレイロード殿。騎士学園の規律はどうなっている! 他校の、それも授業中の演習場に土足で踏み入るとは、武門の誉れを汚す恥ずべき行為だッ。即刻、退去を命ずるッ!」


・・騎士たちの不遜:折れない選民意識・・


しかし、アレントは眉一つ動かさず、鼻で笑った。


「ハッ、魔法学園の『正義の味方』お出ましというわけか。ゼクス、お前は実力だけは認めてやるが、頭が固すぎる。規律、規律と……。この素晴らしい設備を、魔法しか使えないモヤシどもに独占させておく方が、王国に対する不忠だとは思わないのか?」


隣に立つレナ・クロムウェルも、挑発的にポニーテールを揺らしながら続く。


「そうよ。ゼクス先輩、貴方も騎士に近い実力者なら分かるでしょう? 道具は、それを使いこなせる強者の手にあってこそ輝くの。こんな『魔法のお遊び』をしているDクラスなんかに、この最新鋭の魔導タイルを踏ませるなんて、宝の持ち腐れよ」


彼女たちの言葉に、背後の騎士学園生たちも同調して野次を飛ばす。 「そうだ! 引っ込んでろ、根暗魔導士!」 「ゼクス、お前もそんな連中の味方をして恥ずかしくないのか!?」


ゼクスのこめかみにピキリと青筋が浮かんだ。彼は騙されやすく真面目すぎる男だが、その「正義」への侮辱だけは許せない。


「……不当な乱入、不当な侮辱、そして不当な占拠の意思。三つの不当が重なった今、私は風紀委員長として、諸君を『排除対象』と認定せざるを得ないッ!!」


・・激突:魔法学園の「風紀」と騎士の「武」・・


「面白い。魔法学園最強の風紀委員長が、我ら騎士学園一年Aクラスを相手にどこまでやれるか、試させてもらおうか」


アレントが模擬刀に魔力を乗せ、鈍い光を放つ。「身体強化・一段」——。 一気に距離を詰めようとしたアレントだったが、その瞬間、横から凄まじい風圧が吹き抜けた。


「……待てだべ。ゼクスさん一人に、美味しいところは譲らないべ」


モミジが巨大な斧を片手で軽々と振り回し、アレントの進路を遮った。地面に斧の石突きがめり込み、演習場の魔導タイルが「ミシミシ」と不穏な音を立てる。


「……ん。……騎士、うるさい。……静かに、させる」 ミリィも無表情ながら、その指先には既に重力魔法の収束が始まっている。


リリーは、後方で観戦モードに入りながら、困ったように肩をすくめた。 「あらあら、せっかくゼクス委員長が仲裁に来てくれたのに。……アレントさん、言っておくけれど、私たちの護衛は『加減』を知らないわよ?」


「黙れ! 身体強化において、騎士が魔導士に遅れを取ることなど万に一つもありえん! 行くぞッ!!」


アレントの叫びを合図に、騎士学園のエリート軍団が、一斉に「正義」を盾にした風紀委員長と、その「守るべき対象」であるはずのリリーたちへと牙を剥いた。

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