第一話:ロリータ同盟と紙の上の深淵
学園生活二日目。リリーたちは登校早々、廊下で奇妙な光景を目にしていた。 昨日、自分の脂で滑って転がっていった「豚公爵」ことガスト・ポークミートが、一人の少年と熱烈な握手を交わしていたのだ。
その少年は、ガストとは対照的に、風が吹けば折れそうなほどガリガリに痩せ細っていた。名をエドワード・アレスガイア。現国王の第三王子であり、リリーと同い年の王族である。
「……ん。……第三王子。……国王推薦なのに、Aクラス」 「不公平だべな。あだしらと同じ特別推薦のくせに、王子ってだけであんな豪華な金の刺繍の制服着て……」
モミジが不満を漏らす通り、エドワードは実力試験を免除された国王推薦枠でありながら、特権階級として当然のようにAクラスに君臨していた。しかし、その中身はガストに勝るとも劣らない「クズ」であった。
・・締結:ロリータ同盟・・
エドワード王子は、虚弱そうな見た目に反して、その瞳にはどろりとした欲望が渦巻いている。彼は転がってきたガストを助け起こすと、周囲に聞こえないような小声で囁いた。
「ガスト……見たか、あのDクラスの二人。ヴァランタン家のリリアーヌと、あの銀髪の無口な娘……」 「ハァ、ハァ……もちろんですとも、エドワード殿下! あの、十年間時が止まったかのような、奇跡の絶壁! 磨けば光るどころか、既に完成されたあの幼き輪郭……ッ!!」
二人の間に、言葉を超えた電撃が走った。 デブとガリ。体型こそ正反対だが、その魂が求める「究極の美」は完全一致していたのである。
「僕たちは理解し合えるようだな、ガスト。今日この時、我々は『ロリータ同盟』を締結する!」 「御意に! 殿下と共に、あの至宝を愛でるためなら、私は全財産を投げ打ちましょうぞ!」
二人は固く握手を交わした。王家の権力と、公爵家の財力。最悪のタッグがここに誕生した。
・・闇の取引:秘蔵のスケッチ・・
その日の放課後。学園の図書室の死角、あるいは日の当たらない準備室の奥で、二人はさっそく「第一回・秘密の交換会」を執り行っていた。
「……見てくれ、ガスト。僕が授業中に、妄想の翼を広げて描き上げた傑作だ」
エドワードが震える手で差し出したのは、驚くほど写実的で、かつ「悪意ある情熱」が込められた一枚の絵であった。そこには、リリーとミリィが互いの頬を寄せ合い、禁断の距離まで顔を近づけている「百合」の光景が描かれていた。
「おおおぉぉ……!! 殿下、なんという筆致! リリアーヌたんの戸惑いの表情と、ミリィたんの無機質な視線……この対比、まさに神の領域ですぞぉぉ!」
ガストもまた、鼻血を垂らしながら自らの描いた「合作案」を提示する。 「私のはこれです! 二人が狭い鳥籠の中で、ケーキを分け合う図……ッ! この、ケーキのクリームが口元に付いているのがポイントでしてな!」
「素晴らしい……。ガスト、この絵は僕が預かろう。代わりに、僕の『放課後の着替えを覗き見しようとして失敗した時の想像図』を君に授ける」
二人は至宝を扱うかのように、お互いの「妄想絵」を交換し、股間を抑えながら交互に溜息を漏らした。この日から、学園の影では「金の刺繍」を着た王子と「豚の如き」公爵令息による、リリーとミリィをモデルにした闇の画廊が形成されていくこととなったのである。
一方、その邪悪な気配を察知したリリーは、寮の自室でティーカップを置いた。
「……なんだか、昨日より空気の淀みがひどいわね。ミリィ、モミジ。結界を二重にしておきましょうか」 「……ん。……生理的嫌悪感。……半径十メートル以内に入ったら、消す」 「あだしの斧も、なんだか変なものを斬りたがってるべ……」
自覚なき被害者と、紙の上で暴走する加害者。 学園生活は、リリーたちが教科書を開く前に、既にカオスの深淵へと足を踏み入れていた。




