プロローグ
邪神は滅び、世界に(カオスな)平和が訪れた。
ショーツ一丁で聖剣を振るった勇者ルシウスの凱旋パレードから数日。王都がまだお祭り騒ぎの余韻に包まれている中、リリアーヌ(リリー)は一通の手紙を手にしていた。それは、アレスガイア魔法学園への入学許可証だ。
「……ちょうど15歳。邪神退治のついでに入学式なんて、ハードスケジュールもいいところね」
リリーは苦笑しながら、旅の支度を整える。一万五千年の修行を終え、つい先日「神」を物理と概念でボコボコにしたばかりの彼女にとって、いまさら魔法の初歩を学ぶ学園生活など、もはや隠居生活に近い。だが、貴族の義務として、そして何より父ラグナの「リリアーヌの制服姿が見たい!」という血涙混じりの懇願を無視することはできなかった。
学園は寮生活が原則だが、貴族には計三名まで護衛と家人の同伴が許されている。リリーは迷わず三人の名前を書き込んだ。全知の魔導師ミリィ。次元を断つ斧使いモミジ。そして万能メイド、アンナ。
「お嬢様、学園の寮でも、三食昼寝付きの完璧な生活を保証いたしますわ」 「……ん。……教科書、全部暗記した。……ミリィ、いつでも教官になれる」 「あだしも、学園の裏山にいい薪がありそうで楽しみだべ!」
十五歳の最強乙女一行は、学園の門を叩いた。亜空間収納に仕舞われた三匹のぬいぐるみ、最新の調理家電、リリー特製の魔導具。アレスガイア魔法学園という名の白い巨塔に、戦略級兵器が足を踏み入れた瞬間だった。
・・入学式と屈辱の配属・・
ヴァランタン公爵邸に届けられた入学許可証には「国王特別推薦」という金文字が躍っていた。
「……特別推薦。試験を免除される代わりに、実力を証明するまでは最下位の『Dクラス』スタートが条件、か」
リリーは手紙を放り投げ、ふっと口角を上げた。邪神を塵にした自分に「実力を証明せよ」とは、なかなか粋な冗談である。
豪華絢爛な大講堂で行われた入学式。Aクラスの精鋭たちが金色の刺繍が入った制服でふんぞり返る中、リリー、ミリィ、モミジの三人は、薄汚れた灰色のラインが入った「Dクラス」の制服に身を包んでいた。周囲からはクスクスと蔑む笑い声が漏れる。
「見てよ、公爵令嬢のくせに特別推薦でDクラスなんて。所詮は親の七光りね」 「邪神討伐も、どうせ軍の手柄を横取りしただけでしょ?」
雑音を、一万五千年の静寂を知るリリーたちが気にするはずもなかった。ミリィは無表情で脳内スキャンを続け、モミジは「講堂の柱、いい薪になりそうだべ……」と不穏なことを呟いている。
・・寮の魔改造:匠の技・・
案内されたDクラス専用寮「黄昏寮」は、まさに廃墟一歩手前であった。湿気で歪んだ床、崩れそうな棚、そして四人が住むにはあまりに狭い一間。アンナは積もった埃を見て静かに目を細めた。
「……お嬢様。これは更地にした方が早いですわね」 「いいえ、アンナ。骨組みは残して、少し『整理』しましょう」
リリーが指を鳴らした。「神域建築・現代風魔改造」 一瞬にして空間が歪み、面積が十倍に拡張される。ボロボロの木材は最高級の大理石に置き換わり、アンナが亜空間から取り出したシステムキッチン、大型冷蔵庫、ドラム式洗濯機が並ぶ。ベッドは低反発魔法マット。そこは異世界の高級スイートルームへと変貌を遂げた。
・・脂ぎったストーカー:豚公爵(令息)の来襲・・
「ふぅ、片付いたわね。少し風を通しましょうか」
リリーが魔改造された扉を開けた時だ。そこに脂ぎった鼻息を荒くする「肉の塊」が立っていた。
「……ハァ、ハァ……! やはりここか、僕の天使、リリアーヌたぁぁん!!」
四翼公爵家の一つ、ポーク肉公爵家の跡取り、ガスト・ポークミートだ。父共々極度の肥満体型で、ガストは度し難いほどのロリコンであった。一万年の修行の副作用で、六歳児から成長しない可憐さを保つリリーと年上なのに大差ないミリィは、彼にとって「最高級の仔羊」だった。
「その未発達な肢体! 一万年経っても成長を拒みそうなその聖域!(なんで知ってるのか??) ハァ、ハァ……ミリィたんとリリーたん、二人を左右に侍らせて酒池肉林……まさに夢の桃源郷……ッ!!」
ガストは自らの股間を両手で押さえ、凄まじい勢いで鼻血を噴出させると、そのまま自分の脂で滑って転がり、廊下の向こうへと消えていった。
「……ん。……不潔。……消滅させていい?」 「……我慢だべ、ミリィ。初日から公爵家を潰すと、お父様がまた胃を壊すべ」
リリーは冷ややかな目で肉塊を見送り、扉を閉めた。Aクラスの傲慢な貴族、そしてガストのような変態的権力者。一万五千年の隠居生活を夢見たリリーの学園生活は、開始数時間にして、前途多難という名のカオスに包まれていた。




