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第二十九話:世界試着ツアーと、邪神の嘲笑

百八名の精鋭が全滅した。 最後の一人、あの「残り香こそがご褒美」と豪語した変態的な志願者は、先行した百七人分の「おとこ」の温もりと情念を股間に感じた瞬間、天を仰いで盛大に鼻血を噴き出し、法悦の表情で気絶した。 だが、ルシウスの元へ聖剣が降ることはなかったのである。


「……馬鹿な。これほどの猛者たちが、一枚のショーツに敗れるというのか」


落胆し、膝をつく教皇マッスル一世。その横で、リリーは冷ややかな、しかし極めて合理的な視線を祭壇のショーツに向けていた。


「教皇様。百八人というサンプル数は、統計学的に見て少なすぎますわ。この国の漢が十万人いるとするなら、まだ〇・一パーセントしか試していないことになります」


「な……リリー、お前は何を言っているのだべ?」 モミジが呆れ顔で尋ねるが、リリーの瞳は本気であった。


・・総動員体制:アレスガイアの股間を統べよ・・


リリーの提案は、もはや国家プロジェクトであった。 「真の漢」を見つけ出すため、国王の勅令により、アレスガイア全土の男性に「ショーツ試着の義務」が課せられた。


まず先陣を切ったのは、最高位の漢たち。国王陛下自らが震える手でショーツを手に取り、続いて父ラグナをはじめとする四公爵、五侯爵、全ての貴族たちが、己の矜持を賭けてその「極小の布地」に身を投じた。 だが、聖剣は動かない。


「リリアーヌ……パパ、パパはもう駄目だ……。この布、食い込みすぎて魂が持っていかれるべ……」 ラグナが泣き言を漏らしても、リリーは容赦しなかった。


続いて対象は平民へと移る。王都の若者、近隣都市の木こり、死にかけの老人、さらには産まれたばかりの赤子まで、漢であれば例外なく強制参加となった。 国王からは「望むがままの褒美」、教皇からは「次期ボディビル大会の特等席」という、漢たちを熱狂させる対価が提示された。


王都の中央広場には巨大な試着テントが設営され、連日連夜、漢たちの汗と涙と「サイズが合わない」という悲鳴が響き渡った。


・・焦燥:国境を越える一物の嵐・・


しかし、結果は無残なものであった。 王国民数十万人の漢を総動員し、一枚のショーツを使い回す(魔法による瞬時洗浄は行われていたが、精神的ダメージは消えなかった)という地獄の果てに、該当者は一人も現れなかったのだ。


「……アレスガイアには、真の漢はいないというのかにゃ?」 ねこちゃんがパーテーションの上から覗き込み、不機嫌そうに呟く。


「……ん。……ショーツ。……魔境」 ミリィもまた、虚無感に襲われていた。


事態はついに、アレスガイア一国では収まらなくなった。 勇者の覚醒がなければ邪神に滅ぼされるという恐怖。そして「真の漢」という称号への野心。騒動は隣国、さらには国交の断絶していた帝国側、果ては海を越えた異国の地へと飛び火していく。


「真の漢は、我が国にこそ眠っている!」 「いや、筋肉の質で言えば北の民こそがショーツを輝かせるはずだ!」


世界中の漢たちが、己の股間に眠る「聖剣に等しい一物」の可能性を信じ、アレスガイアを目指して大移動を開始した。 一万年前には想像もつかなかった、世界規模の「ショーツ試着大戦」が、いま幕を開けようとしていたのである。


「真の漢」を求める戦いは、もはやアレスガイア一国の手に負える規模ではなくなっていた。 リリーは一万年の修行で培った魔導の極致を、人類の運命——否、人類の股間のために行使することを決意した。


「世界各地に『転移ゲート』を設置します。王の外交によって許可を得た国の全男性は、このゲートを潜り、王都の広場でショーツを試着、終われば即座に自国へ戻る……。これが最も効率的ですわ」


こうして、国王、教皇、そして将来の勇者ルシウスを筆頭とした「聖剣探索使節団」が世界を巡り始めた。


・・世界の股間、門を潜る・・


まず門を開いたのはドワーフ国。筋肉の質に定評のある彼らだったが、残念ながらその剛毛と短躯にショーツが負け、不合格。 続いて、野生の力に満ちた獣人国。尾を出すための「加工」を女神のショーツに施すわけにもいかず、不適切な着用として全滅。 美の探求者であるエルフたちは、そもそも「このような破廉恥な布地を公衆の面前で穿くなど」と激しい拒絶反応を示したが、邪神の脅威を説くリリーの「威圧(笑顔)」に屈し、全員が涙ながらに試着に応じた。しかし、彼らの中にも真の漢はいなかった。


プロジェクトは年単位で続き、会場には常にルシウスとリリー、そして疲弊しきった教皇が詰め切りとなった。


「……リリー。もしかして、人間以外も対象に入れるべきだべが?」 モミジの呟きが、地獄のような議論に火をつけた。


「確かに、女神は『おとこ』と言いましたが『種族』は指定していませんわね」

しかし、そうなってくるとあまりにも無理が生じる。

犬や猫ならまだ良い。海の底には深海の魚のオスもいるだろう、魔物も試さねばならない、というか、神託から随分経過したが、その魔物が討伐されていたら?いや、それを言うなら人族でも同じか。もし、神託以降死んでしまった人が真の漢であったなら。また、未踏破ダンジョンのボスなんかも含まれるかもしれない。

リリーは理論上、ダンジョンを全フロア制覇してボスを引きずり出し、ショーツを穿かせることも可能であったが、ルシウスの傍を離れられないという、公爵家の一員としてこの儀式を見守らねばならないという制約が彼女を縛っていた。


・・邪神の失笑、帝国の静寂・・


一方、アレスガイアから北、漆黒の魔力が渦巻く帝国の奥底。 五年の歳月をかけて完全なる復活を遂げようとしていた「邪神」は、地上で繰り広げられている驚愕の光景を、千里眼の如き力で観測していた。


「……何をしているのだ、人類どもは」


邪神は、自らを打ち倒すはずの勇者が、一枚の女性用ショーツを巡って世界中を混乱に陥れている様を、ただただ呆然と見つめていた。 聖剣の覚醒。それは邪神にとって唯一の懸念事項であったはずだ。しかし、見えてくるのは、ショーツが食い込んだ痛みでのたうち回るドワーフや、サイズが合わずに憤慨するエルフ、そしてそれら全てを真剣な眼差しで「鑑定」し続けるリリーたちの姿。


「……フハハ、ハハハハ……ッ!」


邪神の笑いが、冷たい石造りの玉座に響き渡った。 「わざわざ降臨して滅ぼすまでもない。あのような痴態を晒し、変態的な儀式に耽るような種族など、放っておけば己の羞恥心で自滅するのではないか?」


皮肉にも、リリーたちの真剣すぎる努力は、邪神に「人類など恐れるに足りぬ」という致命的な油断を与える結果となっていたのである。


だが、この狂騒の中でも、女神アフロヘーアの「オネエ言葉」の真意に近づこうとする者がいた。 五年という猶予の終わりは刻一刻と近づき、ついに世界中の漢が「試し尽くされる」その時がやってこようとしていた。


残されたのは、まだあどけない瞳で、積み上げられたプロテイン缶を倒して喜んでいる勇者ルシウスのみであった。

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