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第二話:公爵パパの愛は戦火よりも熱く

「リリアーヌお嬢様、落ち着いて。さあ、深呼吸を」


メイドのアンナが、私の髪を丁寧に整えながらそう言った。鏡の中にいる五歳の私は、あまりの可愛さに自分で自分を直視できないほどだ。


(……落ち着けるわけないだろ。五年間も戦争に行ってた公爵様だぞ? 歴戦の勇士だろ? 怖すぎるわ!)


この情報はアンナさんから。産まれてからこれまで一度も父親に会ったことがないとかそんなことあり得るの?と思わんでもないが、実際そうなんだから仕方がない。

しかも、中身は16歳の野郎。そんなガキが「パパぁ♡」なんて言えるはずがない。私は覚悟を決め、公爵の待つ謁見の間へと向かった。


重厚な扉が開かれる。 そこに立っていたのは、返り血を浴びたままなんじゃないかと思うほど鋭い眼光を持つ、銀髪の偉丈夫だった。


「……リリアーヌ、か」


その声が響いた瞬間、空気が凍りついた。これが公爵——父、ラグナ・ド・ヴァランタン。 隣接する帝国が攻めてきたことで、私が産まれてからこの5年間、ずっと最前線で戦い続けていた「王国の盾」だ。 私は震えを必死に抑え、教わった通りのカーテシーを披露する。


「お初にお目に掛かります、お父様。リリアーヌでございます……」


次の瞬間だった。


「リ、リ、リ……リリアーヌぅぅぅぅぅぅ!!」


地響きのような咆哮とともに、公爵が突進してきた。あまりの速さに死を覚悟したが、彼がしたのは斬撃ではなく、全力の抱擁だった。


「あああ! なんという可愛さだ! 私の天使! 私の宝! 5年も! 5年も待ったのだ! 帝国との戦争などどうでもいい、私は一刻も早くお前に会いたかったぁぁ!」


(ぎ、ギギギ……死ぬ! 物理的に締め殺される!)


公爵は、鎧の冷たさも忘れて私を頬ずりし、涙を流して喜んでいる。……なんだこれ。この親バカ、戦地で娘の絵姿でも抱いて寝てたのか?


「お、お父様……苦しいです……」 「おっと、すまない! あまりの愛らしさに理性が吹き飛んでしまった! 5年……5年も寂しい思いをさせたな。これからは、お前の望むものすべてを与えよう。何が欲しい? 宝石か? ドレスか? それとも帝国の騎士の首か?」


(いや、首はいらないから) 私は、この弱々しい「美少女」という殻を破るための第一歩を踏み出すことにした。


「お父様……私、学びたいのです。この家を、そしてお父様をお守りできるくらい、強くなりたいのです」


「……ほう? 守る、だと?」


「はい。魔法やスキルを鍛えるための、家庭教師をお願いできませんか?」


公爵の目が、一瞬だけ鋭くなった。しかし、すぐにまた鼻の下を伸ばしたデレデレの顔に戻る。


「素晴らしい! 我が娘は美しいうえに賢明とは! よし、最高の教師を用意しよう。中途半端な者ではお前の才能を汚すからな!」


数日後。 公爵が「私のコネをフル活用した」と言って連れてきたのは、二人の男女だった。


一人は、眼鏡の奥に知性を光らせた美女。 「元・宮廷魔導士団の首席、セレスティーヌです。公爵閣下の頼みとあらば、リリアーヌ様を最高の魔導士に育て上げましょう」


もう一人は、熊のような巨躯を持つ隻眼の男。 「元・王宮騎士団長のバランだ。……お嬢さん、俺の訓練は厳しいぞ? 泣いてもやめんからな」


(……本気すぎるだろ、親父。引退した伝説級の人間を二人も連れてくるなんて、どんな権力使ったんだよ)


宮廷のトップと騎士のトップ。 普通の五歳児なら泣き出すような布陣だが、俺——リリアーヌは心の中でニヤリと笑った。


(いいぜ。この二人から知識と技術を全部吸い取ってやる。……そして、誰も見ていないところで『あの部屋』を使って、数十年分に凝縮してやるんだ)


こうして、史上最強の「引きこもり美少女」への特訓が、幕を開けた。

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