第二十八話:女神の神託と、至高のショーツ
ボディビル大会の表彰式。準優勝に終わった教皇マッスル一世は、己の筋肉への不信感から教皇の座を退くことすら考えていた。優勝者アンソニー枢機卿が国王からティアラを授与される華やかな光景も、彼の目には灰色の世界に見えていたのである。
準優勝者である教皇の番となり、国王が労いの言葉をかけようとしたその時であった。
大聖堂のステンドグラスから、この世のものとは思えぬ神々しい光が差し込み、空間全体が甘い花の香りに包まれた。
『あら、ちょっとごめんなさいね。盛り上がってるところ悪いんだけど……』
済み渡るような美しい女性の声。しかしその口調は、どこか聞き覚えのある「オネエ言葉」であった。国王をはじめ、大聖堂にいた民衆、そしてリリー、ミリィ、モミジの三人も一斉に跪いた。女神アフロヘーアの降臨である。
・・邪神降臨の予兆と「五年の猶予」・・
女神の声は大聖堂の隅々にまで響き渡った。
『いい? みんな、よく聞きなさい。北の魔王軍が引き籠もってるのは、別にアンタたちの筋肉が怖かったからじゃないわよ。……いえ、半分くらいは引いてたみたいだけど。彼ら、本気で「邪神」をこの世に引きずり出そうとしてるわ』
民衆の間に戦慄が走る。だが、女神は余裕たっぷりに続けた。
『でも、安心して。邪悪な力を練り上げるには、あと五年はかかるわ。だから、この五年で準備をしなさいな。……それと教皇。アンタ、準優勝くらいで落ち込んでんじゃないわよ。アンタには大役があるんだから』
教皇が顔を上げると、女神の下知が下った。 それは、まだ四歳のルシウスを真の「勇者」として育て上げよ、というものであった。
・・真の漢と、聖剣の条件・・
女神によれば、リリーたちが持つ一万年規模の「人外の力」は、あくまで物理的な破壊でしかない。概念そのものである魔王や邪神を消滅させるには、勇者の「破邪の力」が不可欠なのだという。
『今の神殿騎士たちの女装パンプアップじゃ、邪気を弾くのが精一杯なの。邪神を倒すには、失われた聖剣を見つけなきゃダメ。……で、その条件なんだけどね?』
女神の声が一段と艶っぽくなる。
『真の漢が、その股間に聖剣に等しい一物を携えた時、聖剣は勇者の元へ舞い降りるわ。……その「真の漢」を、アンタたちが国を挙げて探しなさいな』
その瞬間、祭壇の上に一点の光が収束した。そこに現れたのは、最高級のシルク素材で作られた、清楚な女性用のショーツであった。中央に小さなリボンが一つ付いた、極めてシンプルなデザイン。
『これこそが、真の漢に許された正装。……男が穿くには面積が足りない? 当たり前じゃない。はみ出した部分をいかに美しく、猛々しく見せられるかが勝負なのよ。ムダ毛なんて言語道断。たるんだ贅肉も、不潔な精神も、このショーツの前では罪よ。鍛え抜かれた究極の肉体にこそ、この小さな布はダイヤモンドより輝くんだから!』
女神は間延びしたオネエ言葉でその「美学」を力説すると、満足げに去っていった。
大聖堂には、一点のショーツと、途方もない沈黙、そして「真の漢とは誰か」という巨大な命題だけが残された。
「……ん。……ルシウス。……災難」
ミリィがポツリと呟いた。 横では、四歳のルシウスが、自分の未来に何が待ち受けているかも知らず、祭壇のショーツを不思議そうに見つめていた。
アレスガイア、決戦までの残り五年。 国を挙げた「真の漢」探し、そしてルシウスの英才教育(筋肉と女装のハイブリッド)が、いま幕を開けようとしていた。
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女神アフロヘーアが去った後、大聖堂に残されたのは「一枚の女性用ショーツ」と、あまりにも難解な「真の漢」という定義であった。
教皇マッスル一世をはじめとする神官たちは、即座に聖書をひっくり返し、ヒントを探した。『筋肉は裏切らない』『右の三頭筋を褒められたら、左の三頭筋を自慢せよ』といった暑苦しい教えが並ぶ中、一人の若き司祭が決定的な一節を見つけ出した。
「これです!『ショーツを愛せよ。だが一物は海よりも深く空よりも高みを目指すのです。ショーツを纏いし時、一物はさらなる高みへと昇ることでしょう』……!」
教皇は唸った。「要は、このショーツを穿きこなし、一物をさらなる高みへと昇天させる者こそが、聖剣を呼び寄せるということか」
こうして、国を挙げた「真の漢・公募試験」が始まった。
・・聖なる儀式:百八人の試着者・・
集まったのは、己の股間に絶対の自信を持つ全国の猛者、百八名。 会場は大聖堂の奥の間に設けられた。中央には将来の勇者・ルシウスが鎮座し、リリー、ミリィ、モミジ、そして母エレナといった女性陣は、人道的な配慮からパーテーション越しに気配だけを見守ることとなった。
しかし、現場は既に修羅場であった。 「真の漢」を決める名誉ある儀式。だが、最大の問題は「ショーツは一枚しかない」ということだ。
「……待て。前の奴が穿いた直後のものを、そのまま私が穿くのか?」 「何を言う! 聖なるショーツに汚れなどつくはずがないだろう!」
血で血を洗うような順番争いが勃発した。 他人の一物が触れた直後の布地を、自らの局所に当てる。その生理的嫌悪感と信仰心の間で漢たちが葛藤する中、列の最後尾から不気味な声が上がった。
「……ふふふ。何を躊躇している。むしろ、誰かが穿いた後のぬくもりと、漢たちの残り香が染み付いてからが本番ではないか……これこそ至高のご褒美よ」
その強すぎる変態的……もとい、信心深い発言に、周囲の漢たちは一斉に道を開けた。
・・昇天する一物、届かぬ聖剣・・
儀式が始まった。 一人、また一人と、例のショーツを穿いてルシウスの前に立つ。 鍛え上げられた大腿四頭筋に食い込むシルクの紐。面積が足りず、もはや「隠している」というよりは「強調している」に近いその様相に、パーテーションの向こうからリリーの溜息が漏れる。
「……お父様、これ本当に必要な儀式なのかしら」 「……ん。……ルシウスの教育に、悪い」
だが、試験は残酷であった。 どんなに立派な「一物」を携えた漢が穿いても、ルシウスの元へ聖剣が降る気配はない。むしろ、ショーツを穿いた漢たちが、そのあまりのフィット感と開放感に「おおお……昇天する……!」と勝手に恍惚の表情を浮かべ、憲兵に引きずり出される始末であった。
「次! 百七番! ……そして最後、例の『ご褒美』と言い放った百八番、前へ!」
教皇の怒号が響く中、ついに最後の一人がショーツを手に取った。 果たして、聖剣は舞い降りるのか。それとも「真の漢」とは、もっと別の何かなのか。
アレスガイアの運命と、勇者ルシウスの性癖の危機を賭けた試験は、混沌の極みに達しようとしていた。




