第二十七話:静寂の四年と、筋肉の聖戦
要塞の蹂躙、そして王都の瞬時再生。人知を超えた「力」を目の当たりにした帝国=魔王軍は、即座に攻勢を停止した。 皇帝の皮に隠れた魔王は理解していた。この先成長するであろう勇者ルシウス以上に厄介な、近代兵器と謎のぬいぐるみを操る「幼女」がいる限り、邪神を降臨させたとしても勝機は万全ではない。帝国は沈黙を選び、国境を閉ざして魔の力を蓄える「引き籠もり」の戦略に出た。
王国側が求めた戦争賠償も帝国は無視し続けたが、アレスガイア側もまた、不気味な沈黙を守る帝国を深追いせず、内政の近代化と戦力補強に力を注いだ。
そうして、奇妙な静戦状態のまま四年の月日が流れた。
・・二年後の日常・・
リリーは八歳になった。 この年、ミリィは公爵家護衛の任を正式に解かれ、かつての冒険者パーティーへと戻った。しかし、一万年の修行を経て「神」の領域に至ったミリィと、あくまで優秀な人間でしかない戦士やスカウトたち。彼らの間には、もはや埋めようのない実力差が生じていた。
「ミリィ、悪いな。お前におんぶに抱っこで、役立たずのまま甘い汁を吸うのは……俺たちのプライドが許さねぇんだ」
リーダーの苦渋の決断により、パーティーは解散。 しかし、することがなくなったミリィは、翌日から「雇われてもいないのに」当然のように公爵家へ現れ、私室に居座るようになった。それは元々ソロだったモミジも同様であった。
夜になれば三人で大浴場へ向かうのが日課だ。唯一の変化は、四歳になった弟のルシウスも一緒に入っていること。メイドたちに囲まれ、実の姉や神話級の美少女たちと湯を共にするルシウスは、傍目には究極のハーレム状態であったが、本人はまだその価値を理解せぬ無垢な幼児であった。
・・適性検査と漢の聖域・・
そして、運命の「あの日」から四年。リリーは十歳になる年を迎えた。 一月。アレスガイアの全ての子供が受ける義務がある「魔道適性検査」のため、リリーは大聖堂を訪れた。
「……ん。……一応、付き添い」 「あだしも、リリーの晴れ舞台を見届けるべ!」
ミリィとモミジを引き連れたリリーを待っていたのは、大聖堂が放つ一年で最も濃密な「漢臭」であった。 教皇を筆頭に、枢機卿、大司祭、司祭。聖職者の位にある者たちが勢ぞろいするこの日は、大聖堂が筋肉の熱気で歪む魔境と化す。
適性検査そのものは、リリーにとって形式的なものでしかなかった。 結果は当然の**「全属性適性」**。かつて女神アフロヘーアと(不本意ながら)深いくちづけを交わし、その加護を文字通り「舐め取った」リリーに、死角などあろうはずもなかった。ちなみにミリィも全属性、モミジは変わらず土属性シングルであるが、三人とも既に出力自体が測定不能であった。
しかし、本番は検査が終わった後にあった。 例年であれば、その年で最も優れた適性を持つ子供が「王国の希望」として紹介される場。 だが、教皇たちの瞳には、それ以上に熱い「炎」が宿っていた。
「……啓蒙なる信者たちよ。これより、アレスガイアが誇る最も盛大な国事を執り行うッ!」
教皇の声が轟くと、大聖堂を埋め尽くしていた聖女ドレス(女装)の巨漢たちが、一斉にその布地を……もとい「枷」を脱ぎ捨てた。
「「「サイド・チェストォォォッ!!」」」
そう、一年の沈黙を破り、ついに開催されたのである。 王国最大の、そして世界で最も暑苦しい祭典——**「全アレスガイア・ボディビル選手権」**が、いま幕を開けた。
大聖堂を包み込むのは、もはや祈りの声ではない。限界までパンプアップされた筋肉から発せられる熱気と、油の匂い、そして「漢」たちの咆哮であった。「全アレスガイア・ボディビル選手権」のルールは至ってシンプルだ。参加者は聖職者全員に加え、筋肉に自信のある一般参加者を含めた総勢百名。これを十名一組、全十グループに分け予選を行う。衣装は「極小ビキニ」が基本だが、なぜかこの国では「女物のビキニ(上)」を着用すると「筋肉の強調と奥ゆかしさの両立」として大幅な加点対象となる。審査員は国王、四公爵(ラグナ含む)、五侯爵、四辺境伯。そして、観客席からの掛け声の数を集計した「一般票」一票を合わせた計十五票が、十人の選手に振り分けられるのだ。
・・予選:百枚の板チョコが砕け散る時・・
予選は熾烈を極めた。各組から一名ずつ、決勝へと駒を進めた猛者たちは以下の通りである。
予選組勝者名(肩書き)特徴・決まり手
第1組剛腕の司祭・ザボロス 僧衣を破り捨てて現れた、丸太のような腕。
第2組鉄壁の騎士・バルガス 一般参加。盾を筋肉で粉砕するパフォーマンスを披露。
第3組爆裂大司祭・ゴルモン 腹筋が文字通り「板チョコ最中」のように割れている。
第4組流麗なる枢機卿・アンソニー ピンクのフリルビキニを着用。加点王。
第5組重戦車・ドグマ辺境伯領の木こり。背中の「鬼の顔」が泣いていると評された。
第6組光速の神官・テリオス 血管の浮き出方が「アレスガイアの地図」のようだと絶賛。
第7組不沈の大司祭・ガイル ポージング中、一ミリも微動だにしない精神力。
第8組微笑みの司祭・ニコラス 筋肉のカットが深すぎて、影で文字が書けると噂に。
第9組野獣司祭・ヴォルフ 雄叫びと共に大胸筋を跳ねさせ、一般票を独占。
第10組聖筋教皇・マッスル一世 圧倒的カリスマ。存在がもはやプロテイン。
・・決勝:大聖堂、崩落の危機・・
予選を勝ち抜いた十名の怪物がステージに並ぶ。審査員席のラグナ公爵は、愛娘リリーが見守る前で不様な審査はできぬと、血走った眼で筋肉を凝視していた。「サイド・チェストォォッ!」「モスト・マスキュラーッ!!」司会者がポーズを命じるたびに、観客席からは怒号のような掛け声が飛ぶ。「一番キレてるよぉぉぉ!」「五番、腹筋板チョコ最中! アンコ抜きでお願いしまぁぁす!」「十番! 背中に鬼どころか邪神が住んでるぅぅ!!」あまりの熱気に、リリーとミリィは遠い目をしていたが、モミジだけは「いい薪になりそうだべ……」と妙な感心をしていた。集計の結果、最後は二名の選手による決戦投票となった。一人は、現役王者にして教会の頂点、聖筋教皇マッスル一世。もう一人は、ピンクの極小ビキニに胸隠しを着用し、優雅なポージングで貴族たちの心を掴んだ枢機卿アンソニー。十五票の行方は……。一般票は、その圧倒的な「デカさ」に熱狂した民衆により教皇へ。しかし、ラグナをはじめとする貴族審査員たちは、アンソニーの放つ「狂気的な美学」に圧倒されていた。「……勝者、枢機卿アンソニー!!」新王者の誕生に、大聖堂は地鳴りのような歓声に包まれた。リリーはこの時、確信した。魔王軍が引き籠もったのは、この「筋肉の魔境」に恐れをなしたからに違いない、と。「……ん。……リリー。……帰っていい?」「ええ、ミリィ。……お父様たちが正気に戻る前に、帰りましょう」十歳の適性検査という神聖な儀式は、こうして筋肉の洗礼と共に幕を閉じた。だが、この平和(?)な狂騒の裏で、四年の沈黙を守ってきた魔王軍が、ついに動き出そうとしていた。




