第二十五話:一瞬の神業と、ぬいぐるみ軍団の救援
司令官館の瓦礫が爆発四散した。 直撃するはずだった魔族の極大魔法は、現れたリリーが指先で軽く弾いた瞬間、因果律ごと消去され、この世から「なかったこと」にされた。
「……ん。……まずは、お掃除の前に、手当て」
ミリィが虹色の神話杖を高く掲げる。 「——聖域回帰」 要塞の全域、さらには北方防衛線までを包み込む虹色の光。深手を負い、瓦礫の下で意識を失いかけていたバラン、疲弊した冒険者たち、傷ついたグリフィン、そして馬車の中で石化していたセレスティーヌ先生までもが、一瞬にして全快した。
だが、リリーとミリィは表情を曇らせる。 (……やっぱり。死んだ人だけは、生き返らない) 修行空間では自在だった蘇生魔法が、この現世では発動しない。女神の制約か、世界の理か。二人は心に誓う。いつか必ず、この理不尽なルールすらも書き換えてみせると。
「さて……次は、お掃除ね。モミジ、お願い」 「合点だべ! 一万年ぶりの薪割り、派手に行くべ!!」
モミジが神金属の双刃斧「ラブリュス」を振り抜く。 ただの一振り。それだけで、要塞を包囲していた数万の魔族軍が、地平線の彼方まで「空間の断層」に飲み込まれ、塵一つ残さず消滅した。あまりのオーバーキルに、ドワーフ王は腰を抜かし、復興したバランたちは言葉を失うしかなかった。
・・魔王の驚愕と、ぬいぐるみの進撃・・
時を同じくして、帝国の玉座。 皇帝の姿を借りた魔王は、ドワーフ領へ向けた先遣隊が「消滅」した報を受け、椅子から立ち上がった。 「馬鹿な。一瞬で、部隊そのものが存在の痕跡すら消えただと?」
さらに追い打ちをかけるように、北方戦線の続報が入る。 ラグナ公爵率いる王国軍五万を追撃していた南征部隊十万が、たった「三匹の小さなぬいぐるみ」によって全滅したというのだ。
事の起こりは、数時間前の要塞。 父ラグナを案じる母エレナのため、リリーは自ら助けに行こうとしていた。だが、そこで声を上げたのは、意思を持ったくまちゃんだった。
「リリー。ここはボクたちに任せて。ねこちゃんは公爵領のセバスチャンを、ひよこちゃんは辺境伯領を。そしてボクが、パパを助けに行くよ」
心配するリリーだったが、くまちゃんたちの瞳には確かな自信があった。一万年の神域で育った彼らは、もはや一匹で邪神とも渡り合える戦闘力を秘めている。
・・狂乱の再会:くまちゃんと父ラグナ・・
東の獣人国へと続く大森林。 迫りくる魔王軍十万の前に、大剣を構え死を覚悟していたラグナの前に、それは現れた。 空から降ってきた一匹のくまちゃん。彼は短い手で空を撫でると、十万の軍勢を一人残らず消滅させてしまった。
「な……リリアーヌの、くま、か……?」 ラグナは呆然とした。このぬいぐるみは、自分が愛娘に買い与えたものだ。
「パパ。リリーが待ってるよ。……って、わあぁ!?」
次の瞬間、ラグナの理性が吹き飛んだ。 「ああああリリアーヌゥゥ!! 娘の、私の愛しい娘の匂いがするぅぅ!!」 ラグナはくまちゃんをひっ掴むと、そのまま顔面に強く押し当て、深く、深く深呼吸を始めた。一万年以上リリーと一緒に寝ていたくまちゃんには、もはやリリーの魂の匂いそのものが染み付いている。
「この香り、この弾力……ああ、リリアーヌが私を呼んでいる! 私は今、リリアーヌと一体になっているのだぁぁ!!」
「ちょ、パパ、苦しいにゃ! 離すぴよ! ……あ、ボクはくまちゃんだよ!」
幸せのあまり訳の分からない叫び声を上げ、ラグナは盛大に鼻血を噴き出してその場に倒れ伏した。 くまちゃんは自分についた鮮血に、心底嫌そうな視線を向けたが、そこは慈悲深い一万年の修行者。 「……ったく、しょうがないなぁ」 くまちゃんは倒れたラグナを引きずりながら、介助の準備を始めるのだった。
一方その頃、公爵領ではねこちゃんが、瓦礫の下で今度こそ限界を迎えようとしていたセバスチャンを見つけ出していた。
・・ぬいぐるみの進撃:公爵領の再起・・
時を同じくして、黒煙に包まれたヴァランタン公爵領。 崩落した屋敷の瓦礫の下、セバスチャンは薄れゆく意識の中で、主への不忠を詫びていた。だがその時、瓦礫の隙間から小さな、しかし圧倒的な魔力を持った「影」が入り込んできた。
「……にゃあ。……セバス、見つけたにゃ」
それは、ミリィのぬいぐるみ、ねこちゃんであった。 ねこちゃんは外界に出た直後、要塞の広場で「女児用くまさんパンツ」を履いてポージングを決めていた聖筋騎士団の姿を、そのボタンの瞳に焼き付けてしまっていた。
(……あれこそが、地上における『漢』の究極の姿にゃ……!)
ねこちゃんは一万年の叡智と、今しがた網膜に刻まれたばかりの「筋肉の覇気」をブレンドし、短い前足でセバスチャンの額に触れた。
「リリーが、待ってるにゃ。……起きるにゃ、漢。あのおじさんたちに負けないくらい、パンプアップするにゃ!」
放たれたのは、究極の再生魔法と、漢気溢れる魂の咆哮だ。 ボロボロだったセバスチャンの肉体が、筋肉の繊維一本一本に至るまで再構築されていく。それどころか、加齢による衰えさえも超越した「全盛期以上」の力が、彼の身体に満ち溢れた。
「……おや。……ミリィ様の愛猫(?)に、これほどまで熱い喝を入れられるとは。執事失格ですな」
セバスチャンはもちろんあの『部屋』ではじめて創られたこのねこちゃんのことを知らない。知らないはずなのだが、再構成されたセバスチャンにはなぜかこのねこちゃんに対する情報も加えられていた。
セバスチャンは瓦礫を内側から爆散させて立ち上がった。その背後には、ねこちゃんによって瞬殺され、氷漬けにされた魔族の死体が山を築いている。復活した老執事は、燕尾服の汚れを一つ払うと、ねこちゃんを恭しく抱き上げた。 「感謝いたします、ねこちゃん殿。……さあ、お掃除の続きを始めましょうか」
・・辺境伯領の救済:ひよこちゃんの烈火・・
一方、アレスガイアの北方、辺境伯領。 絶体絶命の騎士たちの前に、空から黄色い小さな塊が降り立った。モミジのぬいぐるみ、ひよこちゃんだ。
「ぴよぴよ! 悪い子たちは、お仕置きぴよ!」
ひよこちゃんは、外界へ出る瞬間に目撃した「華奢なドレスを筋肉ではじけ飛ばす男たち」のパワーに触発されていた。 「あいつらみたいに、力強く行くぴよ!」 ひよこちゃんが羽をパタパタさせると、近代兵器並みの追尾性能を持つ極大魔法の火炎弾が降り注いだ。
一瞬にして火の海と化した魔族軍を尻目に、ひよこちゃんは腰を抜かしている辺境伯軍の兵士の上にポスンと飛び乗った。 「ぴよ! ここは守ったぴよ! あとはリリーたちが何とかするぴよ!」




