第二十三話:因果の弾頭と神域の組手
一万年を超える歳月の中で、リリーの担当は「基盤の構築」と「概念の統合」であった。 彼女は魔法においてミリィに、物理においてモミジに一歩譲る道半ばの身ではあったが、その「多角的な視点」こそが、三人の力を繋ぎ止める楔となっていた。
・・鉄の対話、あるいは静かな執着・・
リリーは、創造魔法によって生み出した広大な海に浮かぶイージス艦の甲板に立っていた。 「状況はどう、エイジス?」 リリーが問いかけると、艦橋のスピーカーから、感情を排した、しかし信頼の置ける合成音声が返る。
『——全システム正常。お嬢様。魔導演算ユニットとの同期率120%を維持。この艦は現在、三次元的な『位置』に縛られていません。敵がどこに逃げようと、我々のミサイルは常に敵の喉元から出現します』
「いいわ。次は空ね」
リリーは格納庫へ向かい、一機の中戦術戦闘機、F-35の機首に触れた。この機体にはミリィの時空魔法とリリーの思念が組み込まれ、意思を持つ「魔導機体」へと進化していた。
『……リリー。出撃の準備は、いつでも』 「ええ。あなたが飛ぶのは外界の一瞬後。でも、その一瞬で魔王軍の制空権を『過去から未来まで』全て消し飛ばしてあげるの。待っていてね」
リリーが開発した核兵器は、もはや単なる熱核反応兵器ではなかった。 ミリィの知識から得た「因果律」を術式として組み込み、一度ロックオンすれば、対象が過去へ逃げようと並行世界へ逃げようと、爆発という「結果」が先に固定される。名付けて、因果律崩壊弾頭——通称「おやすみ、世界」。魔王への最大級の皮肉であった。
・・神域の組手:死を越える習熟・・
しかし、兵器開発はリリーにとって「合間の趣味」に過ぎない。彼女の本分は、ミリィとモミジという二人の天才に追いつき、追い越すことにある。
「……そろそろ、始めましょうか。精神体接続、起動」
三人は精神を現実と寸分違わぬ精度で複製し、仮想の戦場へと投影した。ここでは全力で殺し合っても、死ねば現実に戻るだけ。
・・VS モミジ:物理の地獄・・
まずはモミジとの模擬戦。 「行くべ、リリー! あだしの斧は、今なら光より速いべ!」 モミジが次元を裂きながら肉薄する。リリーは近代物理の知識を応用し、自身の周囲の「摩擦係数」と「慣性」を操作して回避に専念するが、モミジの斧は避けたはずの空間ごとリリーを切り刻む。
「……っ、流石ね! だったら、こっちは『重力崩壊』よ!」 リリーは手のひらにマイクロブラックホールを生成し、モミジの動きを強引に拘束しようとするが、モミジは「根性だべ!」と叫びながら純粋な筋力で空間の歪みを引き裂き、リリーの首を撥ね飛ばした。
リリーの精神体が弾け、現実のベッドで目を覚ます。 「……負けた。今の物理無効を突破してくるなんて、モミジ、本当にバケモノね」
・・VS ミリィ:叡智の絶望・・
次はミリィとの魔導戦。 ミリィは一歩も動かない。だが、リリーが術式を組もうとした瞬間、その「思考」そのものがミリィに書き換えられる。 「……ん。……その魔法、もう読んだ。……消去」
リリーが放つ因果律兵器の試作魔法も、ミリィの手にかかれば「存在しなかったこと」にされる。ミリィは神の視点から、リリーが存在する確率を一点ずつ潰していく。 「……リリー、甘い。……定義、改変。……あなたは今から、石」 「ちょ、待っ——」 リリーの意識が石化し、強制終了。
「……はぁ。魔法はミリィ、物理はモミジ。やっぱり二人は凄いわ」
リリーは二人との差を痛感しつつも、不敵に微笑んだ。 道半ば。だが、リリーの強みは「統合」にある。ミリィの魔法の理と、モミジの物理の極致。それを近代科学の論理で繋ぎ合わせ、一つの事象として出力できるのはリリーだけなのだ。
夜、三人はいつものように一つのベッドに集まった。
「……次は、勝つわよ。二人とも」 「……ん。……楽しみ。……でも、今日はおやすみ」 「あだしの斧も、リリーの兵器も、どっちが強いか勝負だべな!」
モミジの豊かな胸に顔を埋められ、窒息しそうになりながらも、リリーは二人の温もりを感じていた。一万年という時間は、彼女たちを無敵の化け物に変えたが、その絆をより一層、深く柔らかなものにしていた。
そしていつものように穏やかな眠りの時間を迎えようとしていた時、それは起こった。
外界の一瞬が、この中では一万年。 彼女たちが放つ魔力は、もはや呼吸するだけで大気を結晶化させ、その存在自体が「歩く神域」と化していた。そんな彼女たちに一万年もの間、肌身離さず抱きしめられ、眠りをも共にしてきた「くまちゃん」「ねこちゃん」「ひよこちゃん」のぬいぐるみたち。
異変は、リリーが寝返りをうった瞬間に起きた。
「……ふわぁ。……リリー、もう、お仕事おわり?」
「えっ……?」
リリーの腕の中で、煤ひとつない毛並みのくまちゃんが、パチリとボタンの目を瞬かせた。 横では、ミリィに抱かれていたねこちゃんが欠伸をし、モミジの胸に埋もれていたひよこちゃんが羽をパタパタと動かしている。
「……しゃ、しゃべったべ!? ひよこが、喋ったべーーーッ!」 「……ん。……ねこ、生きてる。……もふもふ、増してる」 「あ、あなたたち、意思を持ったの……?」
驚愕して起き上がる三人。一万年の歳月と、神にも等しい彼女たちの魔力が、無機物であったぬいぐるみに「魂」を定着させてしまったのだ。 リリーは身構えた。これほどの神域で目覚めた存在だ、もしかしたら世界の根源に関わるような不吉な警告や、修行の終わりを告げる予言を発するのではないか。
くまちゃんは、リリーの顔をじっと見上げると、神妙な口調で言った。
「リリー。……ボクたちから、重大な**『警告』**があるんだ」
三人の間に緊張が走る。モミジは斧を握り、ミリィは魔力を練り、リリーはゴクリと唾を飲み込んだ。 「……言いなさい、くまちゃん。どんな過酷な運命でも、受け止めるわ」
くまちゃんは、短い手でねこちゃんとひよこちゃんを指差し、こう告げた。
「……あのね。一万年も一緒に寝てて思ったんだけど。……**モミジのおっぱい、最近ちょっと大きくなりすぎだよ。**ボクたち、夜中に挟まって窒息しそうなんだ。これ以上の発育は、ボクたちの『生存圏』を脅かす重大な危機だよ!」
「そうだにゃ。モミジの谷間は、一度入ったら出られない魔宮だにゃ」 「ぴよぴよ! 押しつぶされて綿が寄っちゃうぴよ!」
「「「………………」」」
沈黙が流れた。 モミジは顔を真っ赤にし、自分の胸を抱え込むようにして後ずさる。
「……そ、そんなこと言われても、あだしのせいじゃないべさ! それに、あだしだってわざと大きくしてるわけじゃ……!」
「……ん。……一万年、抱き枕にされた、ぬいぐるみたちの反乱。……モミジ、有罪」
「ミリィまでひどいべ! リリー、助けてけろ!」
リリーは、呆れ果てたように天井を仰ぎ、それから吹き出した。 「あはは! 一万年経って、最初の警告が『おっぱいの苦情』なんて……。……でも、よかった。あなたたちが、そんなに元気で」
一万年の孤独な修行。その果てに得たのは、絶対的な破壊の力だけでなく、賑やかで愛おしい「新しい家族」だった。
「わかったわ。寝る時は、ぬいぐるみ専用のセーフティゾーンを作るから。……さあ、家族が増えたお祝いよ! 今夜は冷蔵庫から特大のアイスクリームを出して、みんなでパーティーにしましょう!」
「賛成だにゃ!」 「アイス、ぴよ!」 「……ん。……バニラ、多め」
一万年の修行は、最高のオチと共に最終段階へと突入する。 次は、いよいよ一万階の最下層。そこには、この賑やかな日常を終わらせてでも守るべき「明日」が待っている。




