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第二十二話:断絶の太刀と超越の連撃

「真・精神と時間の部屋」に三人が降り立ってから、さらに数千年の時が流れた。 外界の時間軸から完全に切り離されたこの神域では、日々の鍛錬こそが唯一の真実。地下一万階を目指すダンジョン攻略は、今や「修行」を通り越し、世界そのものを再定義する作業と化していた。


その日、モミジは第八千層の広大な荒野に立っていた。 周囲に蠢くのは、地上であれば「一瞥しただけで精神が崩壊し、存在が消滅する」と謳われた古の邪神たちの成れ果て。だが、ここではそれらさえ、数分おきにリポップ(再出現)する「ただの雑魚」に過ぎない。


「……遅いべ。あだしの斧についてこれねぇなら、ただの薪だべ」


モミジが巨大な戦斧を無造作に一閃する。それだけで、空間を埋め尽くしていた数千の異形が、因果ごと断ち切られて塵へと還った。 このダンジョンの「お得システム」——倒せば倒すほど、より高密度に、より強力に敵が湧き上がる仕様を、モミジは心から楽しんでいた。


「さて……リリーに言われた通り、次は『次元』ごと叩き切ってみるべ」


ちなみにこのころ、リリアーヌのことは全員リリーと呼んでいた。リリアーヌ、では長いというか、親しみを込めた愛称が必要だったというか、まぁそういうことだ。


モミジは斧を構え、リリアーヌから教わった近代物理の「特異点」の概念と、己の純粋な筋力をシンクロさせた。 一万年以上の歳月、ただひたすらに重力、質量、そして速度のみを追求し続けた結果、彼女の斧はついに「物質」という境界線を突破した。


「——物理奥義・次元裂じげんざき


放たれた一撃は、もはや「振る」という動作すら視認できなかった。 ただ、モミジの前方の空間が、薄い紙を引き裂くように「黒い亀裂」となって口を開いた。そこにあるのは無。防御や回避という概念すら存在しない、次元そのものの断絶である。


「……ん。……当たったべ。これなら、リリーやミリィにも、ちょっとは掠るかもしれねぇべ!」


この攻撃であれば、普段「別次元」に身を置いている三人であっても、理論上は干渉が可能となる。とはいえ、修行を極めた彼女たちにとっては、次元の裂け目など「飛んでくる羽虫」を避ける程度の造作もないこと。万が一食らっても、懐のポーチから溢れ出すエリクサーが、傷ついた瞬間に細胞を再構成してしまうため、もはや死という概念そのものが彼女たちを忘却していた。


「よぉし、ボス! 待たせたべな! 次は三回連続でおかわりだべ!」


モミジは喜び勇んで、第八千層のボス部屋へと突き進む。 そこに鎮座していたのは、かつて数多の世界を喰らい尽くしたと言われる、超越的な高位の「虚無」。その存在感だけで銀河が震えるほどのプレッシャーを放つボスであったが、モミジの表情は「美味しそうな薪を見つけた」程度の明るさだった。


「だらぁッ!!」


次元を切り裂く連撃。 超越者は叫ぶ暇すら与えられず、ただの物理現象として、文字通り「細切れの概念」へと成り果てた。 モミジは斧を肩に担ぎ、再び敵が湧き上がるまでの数分間、満足げに鼻歌を歌いながら、リリアーヌが用意してくれたキンキンに冷えたスポーツドリンクを煽るのだった。


「……ふぅ。一万二千階くらいまで行ったら、もっと手応えあるべが?」


実際には一万階までしか作っていないわけだが、実はこの時にはリリアーヌ、ミリィの二人は完全なる創造魔法が使えるようになっていた。もはや神の所業である。

そして、必要があればダンジョンにおかわり(さらなる深層を追加するか?)という議論がたびたびおこなわれていた。とはいえ、まだ一番進んでいるモミジでさえ八千層だ。考えるのはその時(一万階踏破)したときで良いか、という話になった。


神を薪にする少女の探求は、終わりを知らぬまま加速し続けていた。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



神をまきのように切り刻む、あまりに苛烈な修行の一日が終わる。 モミジが次元の裂け目から戻り、ミリィが叡智の深淵から意識を引き揚げた頃、三人は白亜の館のダイニングテーブルに集まっていた。


「……ん。……お腹、空いた。……リリー、今日のご飯、何?」


ミリィが無機質な瞳を僅かに期待に輝かせる。 リリアーヌ(リリー)は、この部屋の創造時に最もこだわった「究極の冷蔵庫」の前に立った。


「ふふ、今日はちょっと趣向を変えてみたわよ。……前世……じゃなくて、私が昔いた世界の、最高峰の『背徳飯』よ」


リリーが冷蔵庫の扉を開けると、そこから溢れ出したのは、異世界の住人であるミリィとモミジが一度も目にしたことがない、暴力的なまでに芳醇な香りの料理だった。


「こ、これはなんだべ……? パンの間に、肉の塊と……この黄金色に溶けてるドロドロしたものは……?」


「『ダブル・厚切りベーコン・チーズバーガー』、それと山盛りの『フレンチフライ』よ。飲み物はこれ、キンキンに冷えたコーラ。……さあ、召し上がれ!」


かつて田中太郎という男子高校生だったリリーが、深夜に渇望して止まなかったジャンクフードの王道。 モミジがおっかなびっくり、顔の半分ほどもあるバーガーにかぶりつく。


「…………っ!! な、なんだべこれ! 肉の汁が口の中で爆発したべ! それにこの黄金のソース(チーズ)、濃厚で、脳に直接ガツンとくるべ!」


「……ん。……ポテト、止まらない。……コーラ、喉がパチパチする。……けど、それがいい」


普段、数万年の時を経て「概念」に近い存在となった彼女たちだが、この瞬間だけは年相応……あるいは前世の記憶に浸る一人の少女として、無我夢中で地球の料理を頬張った。エリクサーで全回復する体にとって、カロリーや栄養バランスなどはもはや考慮に値しない。ただ「美味しい」という一点のみが、この神域における最高の贅沢だった。


「あー……生きてる心地がするべな。一万階のボスを倒すより、この黒いシュワシュワ(コーラ)を飲んでる時の方が、自分が強い気がするべ」


モミジが大きなゲップを一つして、幸せそうに腹を叩く。その豊かな胸が揺れるのを見て、リリーは苦笑しながらポテトを口に運んだ。


「……満足してくれたなら良かったわ。さあ、食べた後は一緒にお風呂よ。今日はミリィが開発した『バブルバス・ストロベリーの香り』を試すんだから」


「……ん。……泡、楽しみ」


一万年の歳月が流れても、三人が共に過ごす夜はいつも新しい。 神話級の力を持ち、近代兵器を操り、次元を裂く。そんな規格外の少女たちは、今夜も一つのベッドに集まり、互いの温もりを感じながら眠りにつく。


外界ではまだ、一分も経っていない。 だが、この部屋を出る時、アレスガイアの、そして世界の歴史は「物理的」に塗り替えられることになる。


彼女たちの長い、あまりに長い「前夜祭」は、静かに、そして美味しく更けていった。


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