第一話:鏡の中の「超」絶美少女
「うふふ、それじゃあ行ってらっしゃーい! 次に会う時は、もっともっと可愛がってあげるわねぇ~~~ん♡」
女神の投げキッス——物理的な衝撃波を伴うようなそれ——を最後に、俺の意識は再びホワイトアウトした。
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「……う、ん……」
まぶたの裏に差し込む光に、俺はゆっくりと意識を浮上させた。 体温、重力、そして肌に触れる柔らかな布の質感。 どうやら無事に転生を果たしたらしい。
「(……ん? なんだか体が軽いな……)」
起き上がろうとして、違和感に気づく。 自分の腕が、驚くほど細い。そして短い。 視線を落とすと、そこにあったのは白磁のようなキメの細かい肌と、小さく華奢な手のひらだった。
「お嬢様、お目覚めですか?」
聞き慣れない言語のはずなのに、なぜか意味がスッと頭に入ってくる。 傍らに控えていたのは、モノトーンのシックな服に身を包んだ、いかにも「メイド」といった風貌の女性だった。
「お、じょうさま……?」
自分の口から出た声に、俺は二度目の衝撃を受ける。 鈴を転がしたような、透き通った高い声。 ……これ、どう聞いても野郎の声じゃない。
「はい、リリアーヌお嬢様。本日はお父様との初顔合わせの日でございますよ。さあ、こちらへ」
促されるまま、俺——リリアーヌ(仮)は、大きな姿見の前に立たされた。
「…………は?」
鏡の中にいたのは、神話の中から抜け出してきたような美少女だった。 陽光をそのまま紡いで織り上げたような、輝く黄金の髪。 どこまでも続く晴天の空を写し取ったような、深く澄み渡る碧眼。そして、触れれば壊れてしまいそうなほど儚げで、かつ完成された造形美。
「(超が付くほどの可愛い子にしてあげましょう!)」
脳内で、あのアフロおっさんの声がリフレインする。 なるほど、嘘は言っていなかった。確かに「超」が付くほど可愛い。 ……だが、俺は「人族で」とは言ったが、「女にしてくれ」とは一言も言っていない。
「(やってくれたな、あのハゲ女神……!)」
心の中で絶叫する。 美少女に転生、というのは一部の層にはご褒美かもしれないが、中身が16歳の健全な男子高校生(田中太郎)である俺にとっては、これは死活問題だ。
しかも、そのままの年齢の場合って元の身体じゃないんかいっ!
しかし、今の身体は16歳にはとても見えない。
良いとこ5歳~6歳の幼女だろう。父親と初顔合わせという点からも16歳などという異世界なら成人の年齢まで父親に会ってないのもおかしいし、いったいこれはどういうこと??
「さあ、お召し替えをいたしましょう。公爵様もお待ちです」
「……こうしゃく?」
「はい。アレスガイア王国が誇る四翼公爵家の一角、ラグナ・ド・ヴァランタン様がお父様でございます」
どうやら、ただの一般家庭ではないらしい。 貴族、それも公爵家。 恵まれた環境ではあるが、先ほど女神が言っていた言葉が脳裏をよぎる。 『奴隷制度や貴族制度なども普通に存在する世界』。 この美貌で公爵令嬢。……これ、政略結婚の道具にされるフラグがビンビンに立ってないか?
「(……ダメだ。このままじゃ、どこぞの脂ぎった貴族のオヤジに嫁がされる未来しか見えない)」
俺は鏡の中の自分を睨みつける。 可愛い。確かに可愛いが、俺が求めていたのはこれじゃない。 俺は、強くなりたかったんだ。 剣を振り、魔法を極め、このファンタジー世界を縦横無尽に駆け巡る。そんな冒険者ライフを夢見ていたんだ。
「(……そうだ、あの『部屋』がある!)」
女神からもらった「精神と時間の部屋」の権利。 これさえあれば、見た目がどれほど弱々しい美少女だろうと、中身を最強の戦士に鍛え上げることができるはずだ。
「リリアーヌお嬢様? どうかなさいましたか?」
「……ううん。なんでもないわ」
俺は、慣れない猫なで声で返事をした。 まずはこの家での地位を確立し、隙を見て「部屋」に引きこもる。 そして、世界を驚かせるほどの力を手に入れてやる。
美少女公爵令嬢として、清く正しく、そして圧倒的な武力で、俺はこの世界を生き抜いてやると決意した。
「(見てろよ、アフロヘーア。お前のくれた加護、骨の髄までしゃぶり尽くしてやるからな……!)」
こうして、田中太郎改めリリアーヌの、波乱に満ちた第二の人生が幕を開けた。




