第十七話:鉄壁の揺りかご、急造の要塞
ドワーフ王から貸し与えられた「嘆きの要塞」の実態は、要塞と呼ぶにはあまりに心許ないものだった。 そこは砂漠の中に突如として現れる、岩肌が剥き出しになった赤茶けた岩石地帯。盛り上がった岩石の丘を天然の防壁に見立て、その周囲にドワーフ軍が有事の際に駐屯するための石造りの兵舎と武器庫が、わずかに点在しているに過ぎなかった。
「……ん。……面積、狭い。……五千人で、満員」
ミリィが冷静に指摘する通り、既存の設備で受け入れられるのは数千人。しかし、王都と公爵領から流れてきた避難民は、既に数万の規模に膨れ上がっている。
「……いいわ。足りないなら、広げればいいのよ」
リリアーヌは、煤を洗い流した「くまちゃん」を片手に、前世で学んだ「近代要塞」の知識を広げた。 本来なら数年はかかる大事業。だが、ここには異世界の理を超える「力」があった。
・・一時の安らぎ、くまちゃんのおやすみ・・
工事の合間、リリアーヌは完成したばかりの指揮官用私室へと向かった。 これまでは安住の地がなく、馬車の荷物の隙間や、移動中もずっと抱きしめて歩くしかなかった「くまちゃん」。煤を洗い流し、霊泉で綺麗になったリリアーヌの心の友である。
リリアーヌは、まだ木の香りが新しいベッドに、くまちゃんをそっと横たえた。
「……やっと、広いベッドでお休みさせてあげられるわね」
小さな手で、ふかふかの布団をくまちゃんの首元まで引き上げ、優しくトントンと叩く。
「ごめんね、これまでずっと連れ回して。……ここならもう、砂埃も煤も飛んでこないわ。ゆっくりおやすみなさい、くまちゃん」
その瞬間だけは、復讐に燃える勇者の姉でも、知識をひけらかす転生者でもなかった。ただの、ぬいぐるみを愛する六歳の少女の顔で、リリアーヌは満足そうに微笑んだ。その様子を扉の影から見守っていたミリィも、口元をわずかに緩める。
「……ん。……リリアーヌも、少し休んで。……くまちゃん、寂しがる」 「ふふ、そうね。……でも、もう少しだけ。この要塞を、誰にも壊されない『揺りかご』にしなきゃいけないから」
・・突貫工事の魔術工程・・
リリアーヌの指揮のもと、驚異的な速度で改修が始まった。 まずミリィが時空魔法を応用し、岩石地帯の空間そのものを拡張。同時に、リリアーヌがドワーフから買い付けた資材と、周囲の岩石を分子レベルで再構成し、鉄筋コンクリートに近い強度を持つ「魔法障壁混じりの外壁」を次々と練り上げていく。
「ミリィ、そこの居住区は三階建てにして! 排水設備は私の設計図通りに!」 「……ん。……重力制御、開始。……建物、置く」
ミリィが魔法で組み上げた住居を、空間ごとスライドさせて配置していく。この「建物移動」という荒業により、数ヶ月はかかるはずの建築が、数週間単位にまで短縮されていった。
・・盤石の防衛陣容・・
要塞の第一外郭は、天然の岩丘を活かしつつ、リリアーヌの設計による「多角形要塞(星型要塞)」の理論を取り入れた防壁で固められた。
ここを死守するのは、生き残ったアレスガイアの精鋭たちだ。
最前線: 公爵領から逃げ延びたミリィのパーティーメンバーと、領都冒険者ギルドの面々。
遊撃: 王都で壊滅を免れた上級冒険者パーティー(S級・A級・B級)が、リリアーヌの知識による「ゲリラ戦術」を叩き込まれる。
中核: 王国騎士団の生き残りと、教皇率いる大聖堂の「聖筋騎士団」。彼らは教皇の筋肉指導により、さらに肉体をパンプアップさせていた。
王の守り: 国王陛下の周囲は、最強の盾を自負する「近衛騎士団」が鉄帽の如く固めており、防衛戦における最後の砦となっていた。
そして、公爵家の馬車の周囲を守るのは、ミリィと、今回生き残ったメイド・執事たち。 彼らは一見、主を案ずる健気な使用人に見えるが、実は全員がラグナ公爵によって選別され、セバスチャンに鍛え上げられた**「武闘派隠密部隊」**としての顔を持っていた。
「リリアーヌ様、お飲み物はいかがですか?」
優雅に紅茶を淹れるメイドが、そのエプロンの下に隠し持った数十の投擲ナイフを、リリアーヌは知っている。
「……ありがとう。魔族の追手は、もうそこまで来ているわね」
リリアーヌは、要塞のバルコニーから北の空を見上げた。 そこには、砂漠の熱風に乗って、禍々しい魔力の影が刻一刻と近づいていた。
「間に合わせてみせる。ここはもう『嘆きの要塞』じゃない。……私たちの、逆襲の拠点よ」




