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第十四話:砂塵の行軍と、北の断裂

王都アレスガイアが陥落し、かつての栄華が灰塵に帰してから三日。 国王、教皇、そして勇者を抱えたヴァランタン公爵家の一行は、南方に広がる死の土地**「焦熱の赤砂漠」**へと足を踏み入れていた。


「……ん。……砂、熱い。……魔力が、熱気に吸われる」


十六歳のミリィが、熱風からリリアーヌ(六歳)を守るように多重の結界を張る。 背後の馬車には、石化したままのセレスティーヌ先生、そして煤で真っ黒になったままの「くまちゃん」を抱きしめ、虚空を見つめる母エレナがいた。


王を連れているとはいえ、国を追われた身。南のドワーフ国家「鉄鋼の連峰」は排他的なことで知られ、砂漠の魔物や昼夜の過酷な寒暖差を乗り越えたとしても、彼らが門を開く保証はない。 リリアーヌは、黄金の瞳に焦燥を滲ませながら、煤けた「くまちゃん」の頭をそっと撫でた。


(……待ってて、セレスティーヌ先生。すぐに、すぐに石化を解いてみせっるから。……今は、生き延びるのが先決だ)


一方その頃、北方国境地帯。


王都が蹂躙されたという凶報は、この地で帝国軍十万を食い止めていたラグナ公爵の元にも届いていた。


「……王都が、落ちただと? 陛下と、我が家族の安否は!」


野営地の天幕。ラグナの怒号に、辺境伯と三人の騎士団長(第五・第六・十一)が沈痛な面持ちで俯く。王国軍七万は、公爵の指揮により五万以上の兵力を維持していたが、状況は最悪だった。


帝国本土からの十万の進軍。そして、陥落した王都から「勇者討伐」のために南下する追手の軍、それとは別に公爵軍を背後から突こうとする魔王軍の別働隊。 まさに、袋の鼠。


「公爵、もはや一刻の猶予もありません。……退路を決めねば、全軍瓦解しますぞ」


辺境伯の言葉に、ラグナは地図を睨みつけた。 西には港町があるが、五万の軍勢と物資を載せる船などあるはずもなく、港で立ち往生すれば全滅は必至。


「……東だ。東の『獣人の大密林』を抜け、王都を脱出した陛下らと合流を目指す」


「密林は魔境ですぞ! ですが……」 騎士団長たちが顔を見合わせる。西の海路が絶望的な以上、険しくとも東の陸路を突破し、大陸を大きく迂回して南下するしかない。


「全員一致だな。……全軍、東へ! 辺境伯は殿しんがりを、私は先陣を切る! 死んでもこの包囲網を食い破るぞ!」


ラグナは、愛用の大剣を握りしめた。 その胸に去来するのは、妻と、まだ幼い娘と息子の姿。


「待っていろ、エレナ、リリアーヌ、ルシウス……。この父が、必ずや追いついてみせる!」


砂漠を彷徨うリリアーヌたちと、魔物の森へ突き進むラグナたち。 王国アレスガイアの命運は、二つに分かたれた過酷な撤退戦の行方に託された。


そんな中、砂漠の夜。リリアーヌはミリィと共に、砂の下にわずかに湧き出した「霊水の泉」を発見する。 そこは、煤けたぬいぐるみと、汚れにまみれた心を洗うための、束の間の聖域だった。


「……ん。……お湯じゃないけど、綺麗。……くまちゃん、洗おう」


「ええ。……明日からは、もう泣かないわ」


6歳の少女は、冷たい霊水に手を浸し、再び立ち上がるための決意を固めるのだった。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



焦熱の赤砂漠は、アレスガイア一行の気力を削り取っていく。 水魔法で喉を潤すことはできても、大地から立ち昇る陽炎が視界を歪め、疲弊した避難民の足取りは重い。


その沈黙を破ったのは、地鳴りだった。


「……ん。……砂の底。……巨大な、振動」


ミリィが杖を突き立てた瞬間、砂丘が爆発した。現れたのは全長百メートルを超える巨大砂地竜メガ・サンドワーム。ドワーフの国境付近を縄張りとする、砂漠の王だ。 遠くの岩陰では、侵入者を監視していたドワーフの斥候たちが「これではアレスガイアの王も終わりだ」と、隠し扉を閉じようとしていた。


だが、彼らは目撃する。 プラチナブロンドの髪をなびかせた一人の幼女が、ゆらりと前に出るのを。


「ルシウスの眠りを妨げる者は……許さない。《単体極大魔導》——《星貫く黄金のアステリズム・パイク》!」


リリアーヌの指先から放たれたのは、細く、けれど太陽よりも眩い超高密度の光線。 それはサンドワームの強固な外殻を紙細工のように貫き、体内から蒸発させた。絶命した巨獣が砂に沈むのと同時に、リリアーヌは岩陰の斥候へ冷徹な視線を向けた。


「……見ているのでしょう? ドワーフ国まで案内してもらえるかしら?」


ドワーフの王国「鉄鋼の連峰」——鉄鋼の門前。


斥候の報告を受けたドワーフの議会は、紛糾を極めていた。 「たった一撃でサンドワームを仕留める幼女など、もはや人間ではない!」「王国を滅ぼした『何か』が、彼女を追ってここへ来るのではないか!」


門の前に立ったリリアーヌは、拡声魔法を用いて城壁の上で騒ぐドワーフ王と議会議員たちに声を放った。


「無意味な議論はやめなさい。私たちは施しを乞いに来たのではないわ。……**『取引』**に来たのよ」


「取引だと? 亡国の民に何が出せる!」 ドワーフ王の罵声に、リリアーヌは不敵に微笑む。


「王様、そんなこと言わずにこれを見て。……あなたたちが今、高温精錬でどうしても解決できない『リンの除去』。この**『ベッセマー転炉』**のライニングを酸性から塩基性に変える……つまり、石灰石を混ぜるだけで解決するって言ったら、どうする?」


「……な、何だと!?」


ドワーフ王の目が見開かれた。それは、彼らが数百年かけても「鉄が脆くなる」原因として突き止められなかった、精錬の壁だった。


(——フフン、さすが『異世界転生ガイド・冶金編』。読んでてよかった……!)


リリアーヌは内心でガッツポーズをした。田中太郎は、いつか来る転生の日を夢見て、火薬の調合から製鉄、果ては農作物の三圃式農業まで、およそファンタジーで役立ちそうな知識を網羅していたのだ。


「他にもあるわよ。コークスを使った高炉の効率化に、蒸気機関の基礎理論……。私たちを受け入れるなら、この知識はすべてあなたたちのもの。アレスガイアの復興を手伝ってくれるなら、世界最高の『工業帝国』を築かせてあげてもいいわ」


リリアーヌの不敵な笑みに、ドワーフの技術者たちがざわめく。 しかし、ドワーフ王の懸念は技術だけではなかった。アレスガイアを滅ぼした「未知の恐怖」——魔王への本能的な拒絶だ。


そのためドワーフ王の表情は依然として険しかった。 「……小娘。その知識は魅力的だ。だが、お前たちを受け入れれば、アレスガイアを滅ぼした『厄災』がこの連峰を襲う。一時の技術と引き換えに、我が民を死滅させるわけにはいかん」


沈黙が流れる。 リリアーヌは知っていた。ドワーフたちは「魔王」の存在をまだ知らないが、その本能が正しく恐怖を察知していることを。


「……ならば、決断なさい。……門を開け、共に『壁』となるか。あるいは、私たちがここで滅ぼされるのを眺めた後、準備不足のまま次の獲物として魔王に食われるか」


リリアーヌの黄金の瞳が、これまでにないほど冷たく輝く。


「……決断は下された。アレスガイアの一行よ……!」


ドワーフ王が斧を振り上げた。 議会が導き出した、非情かつ合理的な「最後の回答」とは——。

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