第十三話:黄金の終焉、そして絶望の序曲
王都アレスガイアは、文字通り「地獄」と化していた。 空を切り裂く不気味な赤き亀裂《奈落の門》からは無数の魔物が溢れ出し、地上では山をも凌ぐ**超弩級巨獣「ガルガンチュア」**が、その一足ごとに王都を瓦礫へと変えていた。
「第一、第二騎士団、壊滅!S級パーティー『暁の星』も全滅しました!第一騎士団長は討ち死に!第二騎士団長行方不明ですっ!」 「教皇様が……殿を務められ、瓦礫の下に!」
悲痛な報告が飛び交う中、護衛のバランとセレスティーヌも、ルシウスを守るため限界を超えた戦いを強いられていた。絶体絶命——誰もがそう確信した瞬間だった。
ドォォォォォォンッ!!
王都の地下から、天をも貫くプラチナ色の光柱が立ち昇った。 あまりの魔圧に、ガルガンチュアが初めてその動きを止める。光の中から現れたのは、長い修行を終えたミリィと、プラチナブロンドの髪をなびかせた六歳のリリアーヌだった。
「セレスティーヌ先生。……遅くなって、ごめんなさい」
「リリアーヌ様……? その御姿は一体……」
「話は後です。ミリィ、やるわよ。七年間の集大成、見せてあげましょう」
二人の手が組み合わされる。数百年分の魔力と七年の月日が、一点に収束する。 「《二重合体極大魔法》——《終焉を告げる黄金の輝光》!!」
黄金の奔流が王都の空を洗い流し、ガルガンチュアを分子レベルで消滅させた。一瞬の静寂。救世主の帰還に誰もが沸いた。
「……ふぅ。ミリィ、お腹空いた。今日の夕飯は、私が作るわね」 「……ん。……期待してる。……トカゲ以外で」
プラチナブロンドの髪をなびかせ、平然と会話する六歳児の姿に、生き残った者たちは腰を抜かしていた。だが、感動に浸る時間は一瞬しかなかった。
「ぬ、ぬぅん……! まだだ……筋肉は、滅びぬ……ッ!」
瓦礫の山が内側から爆発するように弾け、そこからテカテカとオイルで光り輝く「肉の山」が這い上がってきた。教皇である。 聖女ドレスはズタボロになり、黄金のビキニパンツは半分が破け、本来なら神聖なモザイクが必要なほどに際どい状態だった。
「教皇様! ご無事で!」 「ああ……だが、この格好では女神様に顔向けできぬ。着るものを……」
教皇は瓦礫の中から男性用の頑丈なズボンを見つけ、一度は手に取った。だが、拾い上げた瞬間に「……フンッ!」とそれをポイ捨てした。 「……これは私の大腿四頭筋のカットを隠してしまう。美しくない」 次に見つけたのは、どこの誰のものかも分からぬボロボロの女性用フレアスカートだった。それを腰に巻いた教皇は、「ふむ、可動域も申し分ない」と満足げに頷き、再びダブルバイセップスのポージングをキメた。その背後では、生き残った聖筋騎士団たちが「キレてるよーー!」と涙ながらに叫んでいた。
だが、その狂騒を切り裂くように、世界の「音」が消えた。
ところ変わって、帝国。
「……ガルガンチュアが、消されたか。クク……アレスガイア、想定以上に楽しませてくれる」
玉座に座る皇帝ガイゼルの身体が、内側から黒い泥のような魔素で膨れ上がっていく。 次の瞬間、皇帝の影から這い出したのは、邪神そのものの化身であった。 皇帝になりすましていた高位魔族すらも、そのあまりに強大なプレッシャーに耐えきれず、絶叫を上げて霧散、消滅した。
邪神の権能を直接その身に降臨させた「皇帝だったもの」。 それはもはや生物の理を超えた、究極の「化け物」へと変貌を遂げた。
「全軍、進め。塵一つ残すな」
その言葉一つで、北方の空が黒く塗りつぶされた。帝国軍十万、そしてそれを指揮する魔王そのものが南下を開始したのだ。
王都アレスガイア。 救世主として帰還したはずのリリアーヌとミリィだったが、その顔に余裕はない。
「……ミリィ。今の一撃で、私たちの魔力貯蔵庫は空っぽよ」 「……ん。……一週間分の魔素、全部使った。……次、撃てるのは、一ヶ月後」
七年間の修行を経てなお、今の二人には「連射」の力はない。 そして、北方から押し寄せる「絶望」の気配を、リリアーヌの鋭敏な感覚が捉えていた。
そんな折、王都の中心に国王が姿を現した。 「……貴公が、ヴァランタン公爵家のリリアーヌ嬢か。この力があれば、帝国に勝てるのではないか?」
希望に縋る国王の目を、リリアーヌは真っ直ぐに見据えた。 「陛下。今のは一発きりの奇跡です。そして今、北から来ているのは、これの何倍も質が悪い。……陛下、あなたには『絶望』を感じる力はありますか?」
リリアーヌが指した北の地平線。そこには太陽を塗りつぶすほどの黒い壁——邪神を身に宿した「魔王」へと変貌した皇帝が、十万の軍勢を率いて迫っていた。
「……王都を、捨てます。一刻も早く、全軍を持って南へ」
幼い少女が放つ、抗いようのない真実。直後、肌を刺す毒のような魔圧が王都を襲った。 「……全軍、撤退だ」 国王の力の抜けた号令が、悲劇の始まりだった。
リリアーヌのその一言に、アレスガイア国王は絶句した。 だが、その後に続いた地響きのような魔圧に、誰もが悟った。ここに居ては、全滅する。
撤退戦は苛烈を極めた。国王、教皇、そして公爵家一同。 王国の象徴であった王都アレスガイアは、魔王軍の黒い波に飲み込まれ、燃え盛る炎の中に消えていった。逃げ遅れる民衆を逃がすため、殿を務めたバラン先生が、帝国の先遣隊として現れた魔族将軍の刃に倒れた。 「リリアーヌ様……勇者様を……頼み……ました……ぞ……」 その最期を見届ける暇もなく、セレスティーヌ先生もまた、降り注ぐ魔の雷から母エレナとルシウスを庇い、石化の呪いに飲み込まれていった。
「セレスティーヌ先生! バラン先生!」
泣き叫ぶリリアーヌの腕を、ミリィが無理やり引きずるように走る。 「……ん。……行かないと。……死なせたくないなら、今は、走る」
背後で、王国の象徴であった王都が黒い波に飲み込まれ、燃え盛る炎の中に消えていった。
命からがら脱出したリリアーヌの手には、煤で真っ黒に汚れ、熱風に晒された「くまちゃん」のぬいぐるみが握りしめられていた。
「……待ってろ。絶対に、やり返してやる……!」
黄金の瞳から一筋の涙が溢れ、煤けた頬を伝う。 最強の力を手に入れながらも、守れなかった仲間たちの温もりを刻みつけるように、リリアーヌは真っ黒になったくまちゃんを強く、強く抱きしめた。




