第十二話:去りゆく影、慈愛の巨漢
アミーバが絶命し、主を失った館の地下からは、どろりとした濃密な次元の歪みが溢れ出していた。リリーたちが最深部へ駆け込むと、そこには魔法陣の中心で胎動する、機械と肉体が融合したような異形の存在があった。
アミーバが異世界より召喚しようとした究極の兵器――「デウス・エクス・マキナ」。
「……ん。リリー、あれ……危ない。……存在そのものが、この世界の理を蝕んでる」
ミリィが杖を向けるが、その異形は産声を上げると同時に、周囲の空間を鏡のように叩き割った。生まれたばかりのそれは、リリーやトキという強大すぎる存在を本能で察知し、位相をずらして次元の狭間へと逃走を図ったのである。
「逃げる気!? 待ちなさいッ!!」
リリーの因果改変も、次元を跨ぐ速度には間に合わなかった。 「……今はまだ、私を完成させるための『餌』が足りぬ……。リリー・ヴァランタン、そして北斗の男よ。いずれ完全体となった時、貴様らの絶望を糧にしてやろう……」
残響だけを残し、究極の木偶は姿を消した。その後、カオス・レムリアの各地で村人が干からびた死体で見つかるという不穏な事件が多発するが、姿を隠した「それ」を今のリリーたちが追う術はなかった。
・・解放された命、荒野の孤児院へ・・
「……今は、目の前の命を救うのが先決ね」
リリーたちは館の檻を次々と破壊し、未だ改造を免れていた冒険者や子供たちを解放した。冒険者たちは感謝を述べながら自力で下山していったが、行き場のない子供たちはリリーたちが責任を持って送り届けることになった。
一行が訪れたのは、フリル山脈の裾野に広がる荒野の小さな集落。 そこには、戦火や飢えで親を失った子供たちが集う、古びた、しかし温かい空気の流れる孤児院があった。
「……フドウの父さーーーんッ!!」
子供たちが駆け出す。その視線の先に立っていたのは、岩山のような巨躯を持つ一人の男であった。
・・山のフドウ:鬼の過去と父の顔・・
現れた男、フドウは、あまりの巨体にリリーたちを見下ろす形になったが、その瞳にはかつて「鬼」と呼ばれた凶暴さの欠片もなく、深い慈愛だけが宿っていた。
「……おお、お前たち、無事だったか……。よかった、本当によかった……」
フドウは大きな手で子供たちを優しく抱きしめた。その姿は、荒野に立つ一本の大樹のようであった。
「……あんたがこの子たちの父親代わり? 随分とデカいわね。公爵家の門番をさせたら、お父様が喜びそうだわ」
リリーが呆れ半分に言うと、フドウは深々と頭を下げた。 「……感謝いたします、冒険者の方々。この子たちは私の命。……あなた方の恩、一生忘れませぬ。……トキ様、あなたもお元気そうで何よりだ」
「……フドウ。その優しい瞳……今のあなたなら、子供たちを守り抜けるでしょう。……しかし、カオス・レムリアの闇は、この平穏さえも狙っている」
トキの言葉に、フドウの表情がわずかに引き締まった。 逃げ出したデウス・エクス・マキナ、そして融合し続ける世界の歪み。 束の間の再会に、新たな戦いの予感が影を落としていた。
・・山の動かぬ決意と、空気の読めない奇跡・・
「ぜひ、泊って行ってくだされ。」フドウの勧めで一行は孤児院に一泊することとなった。孤児院の夜は、騒がしくも温かかった。 「うおっ!?」 真夜中、巨漢のフドウが寝返りを打った瞬間、**メキメキッ!**という派手な音と共にベッドの木枠が砕け散った。その上で折り重なって寝ていた子供たちがコロコロと床に投げ出される。 「えへへ、父さんの寝返りは大惨事だね!」 「大丈夫だべか? 怪我はねえか?」 モミジが心配するのを余所に、子供たちは笑い声を上げる。そんな光景を、リリーは「平和ねぇ」と眺めていた。
だが、翌朝。その平穏は「究極の木偶」の手によって無残に引き裂かれた。
・・孤児院の決戦:引けぬ一線・・
「餌(命)を寄こせ……。完全体への贄が必要だ……」 霧と共に現れたのは、昨日逃げ去ったはずのデウス・エクス・マキナ。
「……子供たちには、指一本触れさせん」 フドウは、かつて「鬼」と呼ばれた時代に身に付けていた、傷だらけの防具を再びその身に纏った。その眼光は鋭く、立ち上がるだけで大地が震える。
「待ちなさい、フドウ! 」前世の知識から嫌な予感しかしなかったリリーが止める。「あんたのその展開は死亡フラグよ! 私たちがやるから座ってなさいッ!!」 リリーが叫ぶが、フドウの決意は岩よりも固かった。
「いいえ、リリーさん。あなた方は客人。……永遠の光(子供たち)のために、五車の星は天を舞い地を駆けます。粉塵に砕け散っても、それが私の本望……ッ!!」
デウス・エクス・マキナは、目の前の巨漢に興味を抱き、背後の地面に一本の線を引いた。 「よかろう。その心意気に免じて……この線より一歩でも私を下げさせたら、お前の勝ちとしてやろう」
戦いは凄惨だった。ブランクのあるフドウに対し、次元の魔力を有する木偶の攻撃は苛烈を極める。血に染まり、肉が裂けても、フドウは一歩も引かない。 「弱いくせに、よくやる。」「……貴様には分かるまい。この身体が血の一滴になろうと、私は退かぬ!!」
その凄まじい気迫に、理屈で動くはずのデウス・エクス・マキナが、本能的な恐怖で僅かに腰を引き……気付けば線を越えていた。 しかし、自らの後退に気付かなかった木偶の一撃が、無慈悲にもフドウの胴を貫いた。
・・涙の別れ……?・・
「父さん!!」 「……お……お前たち。父さんは……勝ったのだ……」 膝を突くフドウ。その瞳からは光が消えかけ、まさに伝説の「最期」を迎えようとしていた。
「リ……リリーさん。こ……これからはその手で、この子供たちを……そしてこの時代を……抱き包んでくだされ……。それが、山のフドウの……」
「はいはい、そこまでよ。」
リリーは無造作に歩み寄ると、感動の場面を遮るようにフドウの胸に手を当てた。
「『因果逆転・完全再生』!!」
**シュパァァァァン!!**という神々しい光がフドウを包む。 一瞬で風穴が塞がり、失われた血が戻り、なんならお肌のツヤまで良くなったフドウが、呆然と座り込んでいた。
「…………え?」
フドウ、子供たち、そしてトドメを刺したはずのデウス・エクス・マキナ。 全員が、開いた口が塞がらない状態で固まった。
「な、何よ。死なれたら寝覚めが悪いじゃない。宿命だか本望だか知らないけど、私の前で勝手に命を散らさないでくれる?」 リリーがパンパンと手を払う。
デウス・エクス・マキナは、このあまりにも空気を読まない奇跡を黙って見せられ、静かに位相をずらした。 「……約束は、約束だ。今日のところは引き下がる。だが……次こそが貴様らの最後だ」
・・完全体へのカウントダウン:デウス・エクス・マキナゲーム・・
退却したデウス・エクス・マキナは、確信した。 雑魚を何万匹吸収しても、あの「小さな少女」や「白髪の聖者」には届かない。
「強者のエキスが必要だ……。ならば、一堂に集めて食い尽くせばよい」
かくして、カオス・レムリア全土へ、次元を越えた招待状が再びばら撒かれた。 世界中の強者を一箇所に集め、殺し合わせ、最後に残った極上の魂を吸収するための狂宴――『デウス・エクス・マキナゲーム』。
その参加者リストには、リリーたちの名はもちろん、各地のギルドマスター、そして未だ見ぬ「異世界の覇者」たちの名が刻まれようとしていた。




