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第十一話:聖者の偽物、あるいは木偶の館

ゴールドソーサーの喧騒を離れ、一行は再びグリーンダリアから黒衣森へと足を踏み入れた。トキの顔の口紅は、ミリィが「……ん。落ちない。……呪いの口紅」と無感情に宣告しつつ、魔法でなんとか洗浄したものの、当のトキ本人は悟りを開いたような顔で山を見つめていた。


「いい、みんな。あの幼稚園児の地図は捨てなさい。目的地はあの『一番高くて変な形の山』よ。あそこ以外にアミーバみたいな変態が住む場所なんてないわ!」


リリーの直感(という名のメタ読み)を頼りに進む一行だったが、道中で鎧の擦れる音と、聞き慣れた「絶望の溜息」に遭遇した。


・・迷子たちの合同捜索・・


「……ああ、この『ニコちゃんマーク』の角を曲がれとはどういう意味だ……。レムリアの地図は、我が国の魔導書よりも難解なのか……」


現れたのは、新生アレスガイア王国の騎士団だった。彼らもまた、ゴールドソーサーの景品交換所で同じ「落書き」を掴まされ、山中で迷子になっていたのだ。


「あ、あんたたち! 何やってるのよ、こんなところで!」


「リ、リリー様! おお、光の導きか……! 我ら、アミーバを討伐しリリー様への忠誠を示すべく参りましたが、この地図のせいで三日間同じ岩の周りを回っております!」


合流した一行は、総勢三十名を超える大所帯で捜索を開始。しかし、アミーバの隠れ家は巧妙な結界に隠されているのか、一向に見つからない。


・・アミーバからの挑戦状:空からの招待・・


「……ん。リリー、上。……魔力の揺らぎ」


ミリィが空を指差すと同時に、雲の間から一枚の紙がヒラヒラと舞い落ちてきた。リリーがそれをキャッチすると、そこには禍々しくも優雅な筆致でこう記されていた。


『愛すべき冒険者諸君。私の芸術(木偶)を見に来る勇気はあるかな? 君たちの強靭な肉体と、豊かな魔力……。それこそが、私の次なる最高傑作に必要なパーツなのだ。山頂の“絶望の館”にて待つ。』


「空間魔術で直接送り込んできたわね。やるわね、あの変態魔導士……」


「……リリーさん、これは誘い。しかし、行かねば悲劇は終わりません」 トキの瞳に、かつてない怒りの火が灯る。アミーバは、これだけの数の冒険者が山に入ったことを知り、自ら「良質な素材」として収穫するために口を開いたのだ。


「……ふん。私たちの身体をパーツ扱いするなんて、いい度胸じゃない。ミリィ、モミジ! 招待状は受理したわ。返礼品は、あの男の『存在消去デリート』よ!」


・・絶望の館:アミーバの審美眼・・


一行が案内通りに山頂へ辿り着くと、そこには岩肌と一体化した不気味な洋館が聳え立っていた。


「ひゃっはー! ようこそ、アミーバ様の工房へ!!」


館の門が開くと同時に、中から溢れ出してきたのは、以前よりもさらに精巧に「改造」された木偶デクの軍団だった。中には、異世界から迷い込んだと思わしき、見たこともない装備を付けた冒険者の成れの果ても混じっている。


「……ん。リリー、あの木偶……一つ一つに爆発魔法の回路が仕込まれてる。……近づくと危険」


「……構わぬ、ミリィさん。彼らの魂を解放するのが、私の役目だ」


トキが前に出る。それと同時に、館のバルコニーに一人の男が姿を現した。 純白のローブを纏い、髪を逆立て、鏡を片手に自分の顔に酔いしれる男。


「……ふふ、見なさい。この私のアミーバの美しさを。そして、私の最高傑作たちを! トキ、お前の肉体を手に入れた時、私は神をも超える存在となるのだ!!」


「……アミーバ。お前のやまい、もはや私の拳でも……癒やすことはできんようだな」


カオス・レムリアの山頂で、偽りの聖者と、悲しみを背負う聖者の、最後の戦いが幕を開けようとしていた。


・・偽りの天才、聖者の引導・・


絶望の館の前庭は、地獄の様相を呈していた。 アミーバが操る木偶軍団は、倒しても倒しても、魔法の紋章から無限に再召喚され、ゾンビのように立ち上がってくる。


「あーもう、しつこいべさ! 投げても投げてもキリがない、村の収穫祭のジャガイモの方がまだ行儀がいいべッ!」


モミジが巨漢の木偶を三体まとめて背負い投げ、火薬の爆発を強引に力業で封じ込める。しかし、その背後から無数の「アミーバ」が湧き出してきた。


「ふふふ……因果を操る小娘よ、どれが本物の私かな? 空間を捻じ曲げたところで、この私のアミーバの美しさは消せんよ!」


無数の幻影がリリーを取り囲み、因果改変の照準を狂わせる。リリーは舌打ちをした。 「……チッ、数だけは一丁前ね。でも、あんたのその『借り物の美学』、反吐が出るわよ!」


・・天才の傲慢、聖者の宿命・・


混戦の中、ついにアミーバがその真の姿を現した。 だが、その姿は先ほどまでの魔導士のものではない。長い白髪をなびかせ、悲しげな眼差しを湛えた……トキそっくりの姿であった。


「……トキ、お前のすべてを奪ってやる。技も、名声も、そしてその肉体も! 俺は天才だ! 俺の名を言ってみろぉぉッ!!」


アミーバの放つ突きは、見た目だけではなく、その速度も威力もトキと同等にまで引き上げられていた。人体実験の果てに、彼は自分自身の肉体を「トキ」という完璧なテンプレートへと作り変えていたのだ。


二人の「トキ」が、目にも止まらぬ速さで突きを繰り出し、闘気が激突する。周囲の石畳が砕け、衝撃波で木偶たちが吹き飛ぶ。


「……アミーバ。お前は確かに、私の技を完璧に模倣した。……だが、お前には決定的なものが欠けている」


「黙れぇ! 欠けているものなどない! 私はお前を超えたのだッ!!」


アミーバの剛拳がトキの頬をかすめる。しかし、トキは一歩も引かず、静かにその拳を受け流した。


・・宿命の終焉:有情の拳・・


「……お前に欠けているのは、他者の悲しみを背負う『心』だ。……借り物の力では、宿命の重さには耐えられん」


アミーバが「天才」の慢心ゆえに、一瞬だけ踏み込みを深くしすぎた。その刹那、本物のトキの指先が、アミーバの胸元の秘孔を正確に貫いた。


「な、なにッ!? 身体が動か……ば、馬鹿な、俺は天才……俺はトキだぁぁッ!!」


「……さらばだ、アミーバ。……いや、かつての学友よ。……『北斗有情破顔拳』」


トキの両手から放たれた目も眩むような闘気の光が、アミーバを包み込む。 「……あ、あぁ……。な、なんだ、この温かさは……。身体が……心地よい……」


アミーバの姿は、崩れ落ちる瞬間に元の魔導士の姿へと戻り、最後は安らかな表情で光の中に溶けていった。彼に操られていた木偶たちも、魔法の糸が切れたように静かにその場に倒れ伏した。


・・戦いの終わり、そして・・


「……終わったわね。全く、最後まで騒々しい男だったわ」


リリーが杖を収めると、トキは静かに空を見上げていた。その横顔には、また一つ重い宿命を背負った漢の哀愁が漂っていた。


「……リリーさん。これでこの地の悲劇は止まりました。……しかし、カオス・レムリアの歪みはまだ消えてはいないようです」


「……ん。リリー、見て。……アミーバが死んだのに、館の地下から、さらに巨大な『異世界の魔力』が漏れ出してる」


ミリィが館の奥を指差す。アミーバの死が、逆に何かの封印を解いてしまったのか。 一行の戦いは、一つの巨悪を倒した安堵に浸る間もなく、次なるステージへと引きずり込まれようとしていた。

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