第十話:強制バカンス、あるいは空飛ぶ混乱
ギルド内は、レートの計算に頭を抱える事務員と、ギルだのゴールドだので揉める冒険者たちの怒号で溢れかえっていた。リリーたちがそのカオスに呆気に取られていた、その時である。
会議室の扉が勢いよく開き、一人の男が歩み寄ってきた。 彫刻のような筋肉、整えられた髭、そして圧倒的な「ギルマス」の風格を纏った筋肉隆々の壮年男性である。彼は無言でリリーたちの前に立つと、太陽のような眩しい笑顔(と、サイドチェストのポーズ)を決めた。
「……みなさん。どうやら通貨とランクの統合打ち合わせは、数日はかかりそうですな。この熱気に当てられては、せっかくの冒険者としての冴えも鈍るというもの」
「え? ええ、まあ、確かに暑苦しいわね……」
リリーが引き気味に応じると、男は力強く頷いた。
「ならば、どうですかな? 我がエオルクガネが誇る最新鋭の飛空艇に乗って、一時の安らぎを得ては。ギルドの地下に発着場がございます。そこへ行けば、あらゆる娯楽が集結するテーマパークへお連れしましょう!」
「テーマパーク? ちょっと、アミーバの討伐はどうなるのよ」
「……ん。リリー、落ち着いて。……あの男、アンソニーと同じ匂い(プロテイン)がする。……悪い人ではない、たぶん」
ミリィが冷静に分析する間もなく、リリーたちは「さあさあ!」と筋肉質な男たちに促され、なし崩し的に地下へと誘導されてしまった。
・・ギルド地下発着場:次元を越える翼・・
地下に広がる広大なドックには、レムリアの機械技術とも、アレスガイアの魔法船とも異なる、洗練されたフォルムの飛空艇が鎮座していた。
「すっげぇべさ! 船が浮いてるべ!」 モミジが目を輝かせ、ルシウスも「僕たちの世界の船より速そうだ……」と圧倒されている。
「……リリーさん、これもまた宿命。少し心を休めるのも、次なる戦いへの布礼かもしれませんね」 トキは穏やかに言いながら、リンの手を引いてタラップを登っていく。
「ちょっと! 待ちなさいよ! なんでみんなそんなに順応が早いのよッ!?」
リリーの抗議も虚しく、飛空艇の魔導エンジンが重厚な音を立てて始動した。
・・雲海を抜けて:黄金の遊技場へ・・
「……はぁ。もう勝手にして。……で、そのテーマパークってのはどこにあるのよ」
リリーが諦めて船縁から外を眺めると、飛空艇は黒衣森の上空を抜け、結合によって出現したばかりの「砂漠のど真ん中」へと向かっていた。
そこには、巨大なサボテンを模したタワーや、夜でもないのにネオンが輝く巨大なドーム状の施設が建っていた。
「見えてきましたぞ! 夢と希望の遊技場、**『ゴールドソーサー・レムリア店』**ですッ!!」
ギルマスの高らかな宣言と共に、飛空艇は着陸態勢に入る。
「……何よこれ。カジノにチョコボレース、挙句の果てにカードゲーム? 世界が滅びかかってるって時に、どれだけ浮かれてるのよ……」
リリーは呆れ返ったが、そこにはアレスガイアから迷い込んだ生徒たちや、異世界の冒険者、そしてなぜか**「まわし姿でポーカーに興じる力士」**たちの姿もあった。
「……ん。リリー、見て。……あそこの景品交換所。……アミーバの居場所が記された『極秘地図』が、MGPで交換できるみたい」
「……結局、遊んでポイントを稼げってこと!? どこまでもメタな世界ね……いいわ、受けて立とうじゃないの!」
リリーは不敵に微笑むと、手元のわずかな「ギル」をチップに換え、カオス・レムリア最大の遊技場へと乗り込んでいった。
・・桃色の試練、あるいは落下する勇者たち・・
ゴールドソーサーの喧騒は、リリーの想像を絶していた。 チョコボが駆け抜け、カードを叩きつける音が響き、奥の雀荘からは「ロン!」という勇ましい叫びが聞こえてくる。
「……ん。リリー、麻雀は時間がかかる。カードは運の要素が強い。……もっと効率よくMGPを稼ぐ方法を探すべき」
ミリィの冷静な進言に従い、一行が施設内をうろついていると、ひときわ異彩を放つ一角に辿り着いた。そこには、丸っこくて奇妙な、しかしどこか愛嬌のあるマスコットキャラクターが立っていた。
「……何よ、あの変な生き物」
その背後のステージには、**『FallGays』**という巨大な看板が掲げられている。
「ひゃっはー! いらっしゃい冒険者諸君! ここはピンクのタイツを履いた愛すべきゲイたちが主催する、究極のアスレチック・サバイバルだぁ!!」
説明によれば、24人一組でスタートし、回転する棒を避け、動く床を飛び越え、3つのステージを勝ち残った最後の一人には、アミーバの地図を十枚は買えるほどの莫大なMGPが与えられるという。
・・ピンクの軍団、襲来・・
「……ん。リリー、見て。……参加者が全員、ピンクの全身タイツに着替えさせられてる。……アンソニー枢機卿が、嬉しそうに準備運動してる」
「ちょっと待って、アンソニーも参加してるの!? あの人、いつの間に飛空艇に乗ってたのよ!!」
リリーが叫ぶ中、アンソニーは「フリルの次は、機能美のタイツですわ!」と、ムキムキの肉体をピンクの布に包み、周囲の参加者にポージングを強要していた。
「面白そうだべさ! オラ、こういうの得意だべ!」 モミジは既にやる気満々で、支給されたピンクの着ぐるみを(サイズが合わなくて破けそうになりながら)着用している。
「……仕方ないわね。ミリィ、モミジ。私たちがトップ3を独占して、さっさとMGPを分取るわよ。トキ、あんたも……って、トキ!?」
振り返ると、トキは既にピンクのタイツを完璧に着こなし、哀しみを湛えた瞳でスタートラインに立っていた。
「……これもまた宿命。……リン、見ていてください。私の『柔の拳』なら、回転するハンマーさえも受け流せるはずだ……」
・・第一ステージ:地獄のシーソー・・
「レディ……ゴーッ!!」
合図と共に、24人のピンク色の塊が一斉に走り出した。
「うわあああ! 床が傾くべぇぇ!」 「ひゃっはー! 突き落としてやるぜぇ!!」
阿鼻叫喚の図。アンソニーが華麗なステップで回転ポールを避け、トキが静かな歩法で揺れるシーソーの均衡を保つ。そしてリリーは、迫りくる巨大なフルーツの模型を魔法で消滅させようとしたが……。
「……くっ、このエリア、魔法が封じられてる!? 身体能力だけで競えっていうのね!」
リリーは小さな身体を活かし、ピンクの波を縫うように進む。だが、その視線の先には、同じくピンクタイツを履きこなし、異常なまでの俊敏さで障害物を突破するアレスガイアの**エドワード国王とポークミート公爵**の姿があった。
「リリーたぁぁぁん! 今、助けに行きますぞぉぉぉ!!」
「こっちに来るな、変態どもーーーッ!!」
リリーの怒号が響く中、カオス・レムリア最大の障害物レースは、友情・努力・変態が入り混じる混沌の極みへと突入していくのであった。
・・聖者の受難、あるいは絶望の地図・・
『FallGays』の最終ステージ。 回転する巨大ハンマーが唸りを上げ、足場の床が次々と溶岩(という名のピンクのペンキ)へと沈んでいく極限状態。最後まで生き残ったのは、リリー、ミリィ(実は隠れて生き残っていた)、アンソニー、そしてトキの四人であった。
中央の台座に輝く一本の王冠。それを手にした者が、莫大なMGPとアミーバへの地図を手にする。
「……悪いわねみんな、これは私がいただくわ!」 リリーが小柄な体躯を活かして跳躍するが、横からアンソニーが「美しさが足りませんわ!」と、フリル付きタイツの筋肉による重圧で進路を塞ぐ。
「……ん。リリー、任せて。……アンソニー、デリート」
ミリィの冷徹な妨害(魔法ではない)がアンソニーを襲う中、静かに、しかし誰よりも速く動いたのは、白髪の聖者であった。
「……北斗……いや、レムリア有情断迅拳ッ!!」
トキの姿が残像となり、全ての障害物をすり抜けた。次の瞬間、王冠はトキの細い指先に収まっていたのである。
・・聖者トキ、愛の洗礼・・
「勝者、トキィィィィィッ!! ひゃっはーーー! 優勝者には、我ら主催者たちからの**『熱い情熱のキッス』**を贈呈するぜぇぇ!!」
「えっ」
リリーの顔から血の気が引いた。ステージを埋め尽くしたのは、ピンクのタイツにバッチリメイクを決めた、筋肉隆々のゲイたちの集団である。
「「「トォォォキ様ぁぁぁーーー!!」」」
「……あ、いや、私は……む、むぐっ!? ぬ、ぬうん……ッ!」
逃げる間もなく、トキはマッチョな男たちに囲まれた。 一回ではない。二回、三回。 顔面中に真っ赤な口紅の跡を付けられ、もみくちゃにされるトキ。その光景は、なんとも言葉には表しがたい、まさに『悲劇』リリーたち女性陣が勝たなくてよかった。もしも幼女に対し大人数のマッチョなゲイたちが一斉にもみくちゃにしたとしたら、それはもはや事案発生以外の何物でもない。リリーとミリィは、遠くで「……勝たなくて本当によかったわね」「……ん。有情の代償、重すぎる」と、戦慄しながら見守ることしかできなかった。
しかし、トキは顔中を赤く染めながらも、聖者の微笑みを崩さなかった。
「……ふふ、構いませんよ。かつて、ケンやユリアをシェルターに逃がし、死の灰を浴びたあの日……あの絶望の爆風に比べれば、この程度の『熱気』……どうということもないのです……」
(いや、どう見ても死の灰よりダメージ受けてるでしょ!? 魂が削れてるわよ!) リリーのツッコミも虚しく、トキはボロボロになりながらも優勝景品の「地図」(MGPで交換済)を手に戻ってきた。
・・幼稚園児の落書き・・
「……さあ、リリーさん。これが、アミーバの隠れ家を示す地図です」
「ありがとうトキ、あんたの犠牲(唇の跡)は忘れないわ。……どれ、見てみましょうか」
リリーが期待を込めて、古びた羊皮紙を広げた。
「…………何これ」
そこに描かれていたのは、地形図でも何でもなかった。 クレヨン風のタッチで描かれた「お山の絵」と、その横に「アミーバのいえ」という拙い文字、そしてニコちゃんマーク。
「……幼稚園児が描いた適当な地図じゃないのよォォォォォ!!」
「……ん。縮尺、不明。……方位磁石、意味なし。……そもそも、背景がただの緑の三角」
リリーは地図を地面に叩きつけようとしたが、トキの顔面の口紅の跡を見て、ぐっと堪えた。
「……金と時間を返しなさいよ!! あのハゲ女神、パスを繋ぐならGoogleマップを繋ぎなさいよッ!!」
カジノのネオンが虚しく輝く中、リリーたちの叫びがゴールドソーサーに響き渡る。 地図は手に入った(?)が、目的地に辿り着ける確証はゼロ。 最強のEランク冒険者一行の迷走は、さらなるカオスへと突き進むのであった。




