第九話:黒衣森の急襲、あるいは次元の混線
再びのフリル山脈。王都へ帰った瞬間公爵邸から届く「お見合い力士(大関級)来襲」の報を聞き流し、リリーたちは間一髪で王都を脱出した。
ギルド側も、酒場での一件を重く見ていた。禁呪を用いた人体実験、および人身売買。「アミーバ」なる魔導士の存在は、結合した新世界の治安を揺るがす特級の脅威と断定された。
「緊急クエスト発動! 対象、魔導士アミーバおよび木偶狩り隊の討伐!」
この呼びかけに、ルシウス率いる勇者パーティー、そして「私も行く」と言ったリンを連れて冒険者登録を済ませたトキも合流。見た目幼女三人+白髪の聖者+ピンクの少女という、あまりにも異様な「最強の混成部隊」が結成された。
・・黒衣森の異変:不吉なファンファーレ・・
一行がフリル山脈の麓、地殻変動で突如出現した不気味な原生林**「黒衣森」**に差し掛かった時、異変は起きた。
周囲に立ち込める霧が、不自然なほど濃く、そして冷たくなる。 その時、リリーたちの脳内に、直接何者かの意志が響き渡った。
【緊急特殊任務:次元の歪みを討て】
「……何? このアナウンス。それに、どこからか荘厳なオーケストラ風のBGMが聞こえてくるんだけど……」
リリーが眉をひそめた瞬間、霧の向こうから漆黒の法衣を纏った不気味な集団――**『アシエン』**を名乗る者たちが現れた。彼らは嘲笑うかのように空間を指差す。
・・黒騎士、降臨・・
裂けた空間から蹄の音が響き渡り、巨大な黒い馬に跨った黒騎士が姿を現した。
その全身は禍々しい漆黒の甲冑に包まれ、手には次元を切り裂くような巨大な魔剣を携えている。一目で「これまでのモヒカンとは格が違う」と分かるほどの圧倒的な闘気。
「……あれは……ただの冒険者や魔導士の類じゃないわね。……ルシウス、下がりなさい。あれはあんたたちの手に負える相手じゃないわ」
「……ん。リリー、あの黒騎士……命の鼓動が聞こえない。……ただの亡霊でもない」
ミリィが杖を構える。トキもまた、その静かなる闘気を高めた。
「……宿命が、また別の世界の悲劇を連れてきたようですね。……ケンがいれば、『強敵』と呼んだかもしれませんが……」
「そんな呑気なこと言ってる場合!? アシエンだか黒騎士だか知らないけど、私たちの討伐対象はアミーバなのよ! 道を空けなさいッ!!」
リリーの瞳が黄金色に輝く。アフロヘーアとセレナ、二柱の神が共存し、世界が混ざり合った「カオス・レムリア」。 その歪みが、ついには別の「幻想」さえもこの地に引きずり込み始めたのである。
・・女神の雑な解説、あるいは全てを断つ魔剣・・
黒衣の騎士が巨馬スレイプニルに跨り、禍々しい魔力を放ち始めたその時、リリーの頭の中に、懐かしくも不愉快な声が響き渡った。
「リリーちゃん! 大変よ! 最近おかしな現象(濃ゆい人々)が続出してるわよねぇ? その原因が、ついに判明したわぁ!」
ハゲ女神、アフロヘーアからの通信である。相変わらずテンションが高い。
「……アフロヘーア!? あんた、また余計なことしたんじゃないでしょうね?」
「違うわよぉ! リリーちゃんが神々の試練に挑んでた時、一度魔神アビスに全世界が滅ぼされたじゃない? あの時ね、地球も滅ぼされてたのよぉ!」
「はぁ!?」
「でね、リリーちゃんが試練クリアして元の時間に戻ったわけだけど、どうやら地球やほかの世界とのパスが完全に切れずに、ちょっとだけ『繋がっちゃった』みたい! だから、これから先も、よくわからない混沌が待ってると思うわぁ!」
アフロヘーアは一方的に捲し立てた。つまり、リリーが神の試練に挑んだ数百億年の間に、地球も含めた様々な並行世界が滅びては復活する、というカオスな時間軸が複数発生しており、それが今、カオス・レムリアの地で融合しているらしい。
「でもね! それでこそ、冒険者の醍醐味でしょ! ねぇ、リリーちゃん!? あはははは!」
勝手なことを言って、女神の声はぷつりと途切れた。リリーは絶句した。
(……このハゲ女神! 自分(と私もか)のやらかしを全部『醍醐味』で片付けようとしてるわね!?一度神格を剥奪してアフロ固定にされた方が良いんじゃないの!?)
・・黒騎士、不可避の一撃・・
女神の雑な解説が終わるや否や、黒騎士が動き出した。 巨大な魔剣を地面に当て、火花を散らしながらスレイプニルを駆る。
ドゴォォォォォォンッ!!
魔剣が地面を切り裂いた軌跡から、黒い波動が空間を歪ませながらリリーたちへと迫る。それは、物理法則も因果もねじ曲げる、絶対的な「断絶の一撃」であった。
「……来るわよ! ミリィ、モミジ、ルシウス、トキ! 防御体勢ッ!!」
「これは避けられない! 受けるしかッ!」 ルシウスが光の剣を構える。トキもまた、無数の秘孔を指でなぞり、体内の闘気を極限まで高めた。
「……ん。リリー、この一撃……空間ごと消滅させる」
ミリィが無表情のまま、杖の先端に全魔力を集中させ始める。 しかし、その不可避の一撃を前に、リリーは顔を青ざめさせていた。
「……嘘でしょ? これ、私が神格を捨てた今、『絶対当たる核弾頭』と同じレベルの攻撃じゃないのよッ!?」
カオス・レムリアの第一歩。その始まりは、あまりにも唐突で、そして絶望的な一撃からであった。
・・混線するギルド、あるいは次元のパッチワーク・・
黒騎士が放った絶望の一撃。空間がひび割れ、全てを無に帰そうとしたその刹那、リリーの思考が超加速した。
「……神格はないけど、この程度の転移なら因果をこじ開ければ間に合うわ! 『広域事象転移』!!」
断絶の刃が届く直前、一行は光の中に消えた。
・・未知の集落、グリーンダリア・・
気がつくと、一行は深い森に囲まれた美しい水の街にいた。 「……ここは? 黒衣森の中みたいだけど、レムリアにこんな街はなかったはずだべ」 モミジが周囲を見渡す。そこは、自然と調和した木造建築が並ぶ幻想的な集落、グリーンダリア。
リリーたちが街の坂を登り切った先には、驚いたことに見慣れた(しかし意匠の異なる)看板を掲げた建物があった。**「冒険者ギルド」**である。
・・全次元ギルド緊急会議・・
中に入ると、そこは言葉通りの阿鼻叫喚であった。 受付嬢たちが通信魔道具を抱え、半狂乱で叫んでいる。
「レムリア本部の緊急クエスト『アミーバ討伐』を受信! ですが、応答してくる支部が意味不明です!!」
リリーが横から通信を覗き込むと、魔導スクリーンには信じがたいログが流れていた。
アレスガイア冒険者ギルド: 「こちらアレスガイア! 結合を確認。リリー様はご無事か!?」
第一世界エオルクガネ: 「未知のクエストを確認。黒騎士の目撃情報あり。協力可能」
アストラルティーア: 「お困りのようですね! こちらの冒険者も派遣できますよ!」
「もう訳が分からないわよ! 地球だけじゃなくて、第一世界だのアストラル何とかだの、どれだけパスが繋がっちゃったのよ! あのハゲ女神ぃぃ!!」
リリーの絶叫も虚しく、事態は深刻だった。 通貨は「G」だったり「ギル」だったり「ゴールド」だったり(ややこしい!)。ランク制度も「F~S」だったり「レベル」だったり、バラバラである。
「……ん。リリー、見て。あっちのテーブル……各世界のギルドマスターが集まってる」
奥の会議室では、強面の戦士、優雅なエルフ、そして何故か筋肉モリモリのポージングを決めた男(アンソニーの知り合いか?)が、腕を組んで通貨統一の打ち合わせを始めていた。
・・混沌の中の再始動・・
「とにかく、アミーバを放置すれば、この混ざり合った世界の人々がさらなる実験台にされるわ。アレスガイアの生徒も、異世界の住人も、みんなまとめてね」
リリーはEランクのプレートを握りしめた。 アミーバ、アシエン、黒騎士、そして続々と現れる異世界の強者たち。
「……面白いじゃない。世界が勝手に混ざるなら、私が全部『デリート』して整えてあげるわよ。……行くわよ、みんな! このカオス・レムリアの頂点を取るのは、私たちヴァランタン一行よ!」
「……ん。了解。……とりあえず、換金レートを調べてくる」
ミリィが最も現実的な行動に出る中、リリーたちの冒険は、一国家の討伐任務から「多世界合同クエスト」へと、その規模を劇的に拡大させていくのであった。




