表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/112

第七話:混沌の地殻変動、あるいは神々の誤算

フリル山脈の頂上。アンソニー枢機卿は、朝日に照らされながらポージングを決めていた。その身体には、もはや清楚なセレナ信仰の欠片も感じられない、毒々しいほどに鮮やかなピンクのフリルが躍っている。


「……ハッ! 見なさいリリーちゃん! 筋肉の剛と、フリルの柔……これこそが異世界を救う新たな真理ですわ!」


アンソニーは確信していた。彼はセレナの信徒となった今でも、その魂の奥底で創造神アフロヘーアの「カオスな審美眼」を信じ抜いていたのだ。清楚な女神セレナが、この「筋肉と女装の融合」を直視できずに顔を覆っていることなど、彼には関係のないことだった。


しかし、その「行き過ぎた信仰と美学」が、世界の理に致命的なバグを引き起こした。


・・地界融合:カオス・レムリアの誕生・・


突如として、レムリア全土を未曾有の大地震が襲った。


「な、なんだべ!? 大地が……大地が混ざり合っていくべさッ!!」


モモジが斧を地面に突き立てて耐える中、リリーは空を見上げ、絶句した。 空間が裂け、その裂け目から「本来そこにあるはずのない風景」が雪崩れ込んできたのだ。


アフロヘーアの未練か、あるいはアンソニーの執念が次元の壁を溶かしたのか。決別したはずのアレスガイアの大地が、レムリアの上に重なるようにして**「結合」**してしまったのである。


新扶桑の隣に、かつてのエルフの森が出現。


セレナ聖王国の地下に、帝国の兵器庫が埋まる。


学園都市の目の前に、魔神に滅ぼされたはずの秘境が復活。


かくして、この世界には創造神が二柱(檻の中のアフロと、戸惑うセレナ)存在し、国家と地形がパッチワークのように入り乱れる**「混沌大陸レムリア・アレス」**が爆誕した。


・・各地の悲喜交交・・


この未曾有の事態に、人々はそれぞれの反応を見せた。


「リリーお姉様ぁぁ! また同じ空気が吸えるのですねッ!!」 帝国のアリシア皇帝は、結合の知らせを聞くや否や、全軍にリリー捜索の号令を出し、歓喜の舞を踊った。


一方、アレスガイアの魔法学園。 ようやく「デブとガリ」という二大変態を放逐し、平和を取り戻したはずの生徒会長は、報告書を手に会計と共にどんよりと肩を落としていた。 「……終わった。せっかく清浄な学園に戻ったのに、同じ大陸に『あの二人』が戻ってきたなんて……。空気が……空気が重いわ……」


・・リリーの困惑と、冒険者の矜持・・


「……ねぇ。あれほど覚悟を決めて、家族も連れてこっちに来たのに、何なのこの結末は?」


リリーは、遠くに見える「かつて自分の庭だったはずの森」を見つめ、深いため息をついた。神格を捨て、不退転の決意で異世界へ来たというのに、向こうから世界が追いかけてくるとは予想外すぎる。


「……ん。リリー、前向きに。……地形が変わった。見たことないダンジョンが、たくさん増えてる。……デリートし甲斐がある」


ミリィが冷静に指摘する。 確かに、この融合現象により、二つの世界の魔力が混ざり合い、未知の秘境や高難易度ダンジョンが各地に自然発生していた。


「……そうね。お見合い写真を持ったお父様や、鼻息の荒い王様たちから逃げるには、丁度いい隠れ蓑になるわ」


リリーはEランクのプレートを握りしめ、不敵に笑った。 世界が混ざり、カオスは加速する。だが、それこそが冒険者リリー・ヴァランタンにとって、最高の「遊び場」の完成を意味していた。


・・修羅の終焉、あるいは赤き涙の再会・・


アンソニーの狂気が世界を融合させていたその裏で、結合の衝撃が最も激しかった地――活火山「ムスペルヘイム」の火口付近にて、もう一つの宿命が幕を閉じようとしていた。


カオス・レムリア誕生による凄まじい地殻変動は、大地を裂くだけでなく、地底に眠る溶岩を狂ったように噴出させていた。黒煙と火柱が渦巻く中、二人の漢が対峙していた。


一人は、ボロボロになりながらも不動の闘気を放つ男、ケン。 そしてもう一人は、魔神の如き威圧感を放ちながらも、その胸に致命的な一撃を受けた漢。


・・魔神の涙と、兄弟の絆・・


「……見事だ、ケン。わが拳を、わが宿命を……お前が断ち切ったか」


膝を突いた漢の瞳から、それまでの狂気が消え、一筋の温かい光が差し込んだ。彼は傍らに倒れていた、宗家の血を引くもう一人の男、ヒョウをその逞しい腕で静かに抱き上げた。


「ヒョウよ……。長く、辛い道のりだったな。だが、ようやく……ようやく重荷を降ろせる時が来たようだ」


火口から溢れ出した溶岩が、二人を飲み込もうと迫る。逃げる術はいくらでもあるはずの男だったが、彼はその場を動こうとはしなかった。ここはもはや戦場ではなく、彼らが失った「愛」を取り戻すための聖域であった。


「ヒョウよ。また、あの幼き日に戻って……共におやつを食べ、共に泥にまみれて遊ぼうぞ……」


男は、弟の温もりを噛みしめるように目を閉じ、微笑んだ。 次の瞬間、怒り狂う溶岩の奔流が二人を包み込み、その姿を赤き熱の中に飲み込んでいった。


・・宿命の向こう側・・


火口の縁で、ケンは静かに拳を握り、その最期を見届けた。


「……さらばだ。おとこよ」


ケンの頬を、熱風ではない何かが伝い、瞬時に蒸発した。 カオス・レムリアの誕生という世界の変革の裏で、一つの時代が、そして一人の覇者の物語が、溶岩と共に伝説へと昇華されたのである。


・・リリーの予感・・


同じ頃、遠く離れたフリル山脈で、リリーは突如として背筋に走った奇妙な悪寒に足を止めた。


「……何かしら。今の、胸が締め付けられるような感覚は」


「……ん。リリー、空が赤い。……どこかで、大きな星が消えた気配」


ミリィが遠くの火山の方角を見つめて呟く。 リリーは、あの「墓標はいらぬ」と言って去った男の背中をふと思い出したが、すぐに首を振って歩き出した。


「……漢の宿命なんて、私には重すぎるわ。今は目の前の『お見合い力士』と『変態皇帝』から逃げ切る方が先決よ! 行くわよ、ミリィ、モミジ!」


世界は混ざり、古い宿命は消え、新たなカオスが幕を開ける。 最強のEランク冒険者たちの旅路は、まだ始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ