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第五話:宿命の別れ、そして不滅の種もみ

カサンドラの外、荒野に沈む夕日が一行を赤く染めていた。 そこには、無事に救出されたレイの妹、アイリが力なく佇んでいた。彼女の瞳は依然として濁り、絶望の闇に閉ざされたままである。


「……あーもう、見てられないわね。感動の再会に水を差すようで悪いけど、不便でしょ」


リリーは「やれやれ」と肩をすくめると、アイリの目の前に小さな手をかざした。神格を捨てたとはいえ、魂に刻まれた権能の片鱗を少しだけ呼び覚ます。


「『因果修復・光華開眼ライト・オブ・リバース』」


リリーの指先から柔らかな光が溢れ、アイリの瞳に吸い込まれていく。次の瞬間、アイリは眩しそうに瞬きをし、ゆっくりと視力を取り戻した。


「……あ、光が……。お兄ちゃん、お兄ちゃんの顔が見えるわ!」


「リリー、恩に着る。……これで妹に俺の庇護は必要なくなった。自らの意志で光の中を歩み、そして生きていくだろう。それが……宿命だ」


レイは銀髪をなびかせ、短く、しかし深い感謝を述べた。


・・ド・ゲス・ワルナ公の「爆速」退場・・


そこへ、豪華絢爛な、しかし悪趣味な黄金の馬車が、砂煙を上げて突っ込んできた。


「ひゃっはー! 誰が私のカサンドラを壊したのだ! 賠償金を払え! 命で払えぇぇ!」


中から現れたのは、宝石をジャラジャラと身に付けた肥満体の男、悪徳貴族ド・ゲス・ワルナ公である。彼は最新式の魔導カノン砲をリリーたちに向けようとしたが……。


「……ん。リリー、うるさいのが来た。……モモジ、お願い」 「合点だべさ! 邪魔だべーーーッ!!」


モモジが巨大な斧を横一文字に薙ぎ払う。**「ドォォォォン!」**という音と共に、黄金の馬車はド・ゲス・ワルナ公ごと真っ二つに両断され、空の彼方へと消し飛んだ。悪徳貴族の統治、終了である。


・・荒野の別れ:長兄ラオウの不在・・


その後、一行はドワーフの里で、依頼されていた「薬草(実は世紀末的な滋養強壮ハーブ)」の採取を完了。ギルドへの報告を残すのみとなったところで、ケンが静かにリリーたちへと向き直った。


「……リリー。俺たちは別の道を行く。……さらばだ」


「えっ、ちょっと待ちなさいよ。これから『長兄』とか『世紀末覇者』とか、あのもっとデカい馬に乗ったお兄さんとか出てくるんじゃないの? 拳王侵攻隊だけ出しといて、それは中途半端すぎでしょ!」


リリーの正当なツッコミに対し、ケンは哀しみを湛えた瞳で遠くを見つめた。


「……俺の名に墓標はいらぬ。死すならば、戦いの荒野で……。お前の行く道に、死兆星が輝かぬことを祈ろう」


「いや、死兆星いらないから! 縁起でもないこと言わないでよ!」


リリーが叫ぶのも虚しく、ケン、トキ、レイ、そしてバットとリン、アイリの一行は、夕陽の向こうへと消えていった。彼女たちの星が再び交わる日が来るのか、それは神ですら知らない。


・・不滅の種もみ:終わらない北斗・・


「はぁ……。結局、なんだったのかしら、あの濃ゆい人たち。……さ、王都のギルドへ戻りましょう。薬草の納品もしなきゃ」


リリーたちが王都への帰路を急いでいると、街道の真ん中で一人の老人が、泥だらけになりながら小さな袋を抱えて震えていた。


「ああ……ああ……。これさえあれば、わしの村も、来年には……」


リリーは嫌な予感がして、思わず足を止めた。 「……ちょっと、おじいさん。何を持ってるのよ」


「これかえ? これは、今日食べる物ではない。明日植える『種もみ』じゃよ。 これさえあれば、村は救われる……。あ、あそこにモヒカン軍団が……ッ!!」


「北斗終わったんちゃうんかいっ!!」


リリーの絶叫が荒野に響き渡る。 どうやらレムリアの世紀末は、そう簡単に幕を閉じてはくれないようだった。


・・実らぬ種もみ、あるいは死にゆく明日・・


街道の向こうから、砂煙を上げて「ひゃっはーーー!」と鳴くモヒカン軍団が迫る。ターゲットは、泥まみれで種もみの袋を抱える老人だ。


「……ん。リリー、またクズが来た。……消す」


「ええ、もういいわ。あの老人を助けて、さっさと終わらせましょう。『事象変換:鶏肉への置換チキン・デリート』!」


リリーが指を鳴らした瞬間、襲いかかろうとしたモヒカンたちの身体がポコポコと膨らみ、瞬時に香ばしい匂いを漂わせる巨大な鶏の唐揚げへと姿を変えた。レムリアの荒野に、突如として揚げ物の香りが充満する。


「……よし、これで……」


だが、リリーの言葉は最後まで続かなかった。 彼女の放った魔法よりもわずかコンマ数秒早く、モヒカンの一人が放ったボウガンの矢が、老人の細い胸を深く貫いていたのだ。


「あ……が……。きょう、より、あす、な……ん、じゃ……」


老人は種もみの袋を抱きしめたまま、その場に崩れ落ちた。


・・墓標に託す明日・・


「おじいさん!!」


リリーたちが駆け寄ったが、矢は老人の心臓を正確に射抜いていた。 神格を捨てた今のリリーには、魂の抜けた肉体を完全に蘇生させる術はない。老人の瞳から光が消え、抱きしめられていた袋から、数粒の種もみが乾いた地面にこぼれ落ちた。


「……間に合わなかった。神格を捨てた代償が、これなのね……」


リリーは拳を握りしめ、沈痛な面持ちで立ち尽くした。 三人は荒野の傍らに穴を掘り、老人の遺骸を手厚く葬った。盛り土を作り、リリーは老人が命懸けで守った種もみを、その墓標の周りに一粒一粒、丁寧に蒔いていった。


「……ちゃんと芽吹くだべか? ここは砂ばかりで、水も少ねえだべ……」


モモジが不安そうに呟く。 本来なら、あの胸に七つの傷を持つ男が、哀愁漂うBGMと共に言うべきセリフだった。だが、あの男は「俺の名に墓標はいらぬ」などと言って去ってしまった後だ。


リリーは空を仰ぎ、去っていった漢たちの背中を思い浮かべながら、その台詞を代読した。


「……きっと大丈夫よ。ここには、あのおじいさんが眠っているから」


「……ん。おじいさんの想い、この土地が忘れない」


リリーが少しだけ魔力を込めて地面を撫でると、乾いた土がわずかに湿り気を帯びた。 それは、田中太郎としての記憶と、レムリアの少女としての心が混ざり合った、静かな弔いの儀式であった。


・・王都への帰還、そして……・・


「……さあ、行きましょう。おじいさんが守ろうとした『明日』を、私たちがこの世界で作らなきゃ」


三人は老人の墓に背を向け、再び王都へと歩き出した。 だが、その背後――蒔かれた種もみが、リリーの魔力と老人の執念によって、あり得ない速度で小さな緑の芽を出し始めたことに、彼女たちはまだ気づいていなかった。


王都冒険者ギルドはもう目の前だ。 そこには、世紀末的な宿命とはまた別の、カオスな「レムリアの日常」が待ち構えているはずであった。

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