第95章 ―山道の危機―
第95章 ―山道の危機―
ガストンの港町を後にし、すすむは馬車偽装をかけた車をゆっくりと走らせた。
朝市で買い込んだ魚介類はすべて収納能力で保存してある。
鮮度は落ちないし、匂いも漏れない。
これなら、グレン村に戻ってからも十分に楽しめるだろう。
白と青の町並みが遠ざかり、やがて草原の丘陵地帯へと景色が変わっていく。
朝の光が丘を照らし、風が草を揺らして波のように見える。
すすむは深呼吸し、気持ちを切り替えた。
「さて……帰るか」
ガストンからグレン村までは約百二十キロ。
行きと同じく、途中には険しい山道がある。
だが、行きに比べれば、岩をどけた分だけ走りやすいはずだ。
すすむはアクセルを踏み、車を進めた。
★★★★★
丘陵地帯を抜けると、山道の入り口が見えてきた。
岩肌がむき出しで、ところどころ雪が残っている。
だが、行きに比べれば、道はずいぶんと整って見えた。
「よし……このまま行けそうだな」
すすむは慎重にハンドルを切りながら山道へ入った。
昨日どけた岩が道の脇に転がっている。
そのおかげで、車はスムーズに進んだ。
だが――その油断が、思わぬ危機を招いた。
山道の中腹に差し掛かったときだった。
ガサッ……ガラッ……!
突然、道の脇の岩陰が動いた。
「……ん?」
すすむが目を凝らすと、そこから巨大な影がゆっくりと姿を現した。
ロックリザード。
灰色の岩のような鱗を持つ巨大な爬虫類。
行きでは姿を見なかったが、どうやら冬眠から半ば覚めた状態らしい。
動きは鈍いが、目はぎらりと光っている。
「うわっ……!」
次の瞬間、ロックリザードが車に向かって突進してきた。
ガンッ!!
車体が大きく揺れ、すすむは慌ててハンドルを切った。
「やばいっ……!」
崖側に寄りすぎれば落ちる。
山側に寄れば岩にぶつかる。
すすむは必死に車をバックさせ、ロックリザードとの距離を取ろうとした。
だが、ロックリザードは執拗に追ってくる。
寝ぼけているのか、怒っているのか、判断はつかない。
ただ、車を敵と認識していることだけは確かだった。
「どうする……どうする……!」
すすむは頭をフル回転させた。
武器はない。
車で轢くのは危険すぎる。
ショベルカーを出す余裕もない。
――何か、爬虫類が嫌がるものはないか?
その瞬間、すすむの脳裏にひらめきが走った。
(蛇避けスプレー……!)
前の世界で、山道やキャンプ場でよく使われていた。
爬虫類全般に効果があるとされていたはずだ。
「あるか……? いや、探すんだ!」
すすむは能力に意識を集中させた。
――蛇避けスプレー。
――毒蛇用の強力なやつ。
すると、アシストシートの上に、銀色のスプレー缶が四本、カチリと音を立てて現れた。
「よしっ!」
だが、安心する暇はなかった。
ロックリザードが再び突進してきた。
ガシャァン!!
フロントガラスに大きなひびが入る。
「くっ……!」
すすむは車を急停止させ、スプレー缶を掴んだ。
心臓が激しく脈打っている。
だが、手は不思議と震えていなかった。
「やるしかない……!」
すすむは運転席のドアを開け、外へ飛び出した。
ロックリザードが口を開け、低い唸り声を上げながら迫ってくる。
その巨体が揺れるたび、地面が震えた。
「うおおおおっ!!」
すすむはスプレーのノズルを押し込んだ。
シューーーーーッ!!
白い霧が勢いよく噴射され、ロックリザードの顔面に直撃した。
ロックリザードはギャッと叫び、体をよじらせた。
目を閉じ、頭を振り、後ずさる。
「効いてる……!」
すすむはさらに噴射した。
ロックリザードはよろめき、足を滑らせた。
そして――
ズルッ……ガラガラガラッ!!
そのまま崖下へと落ちていった。
しばらくして、静寂が戻った。
すすむは大きく息を吐いた。
「……助かった……」
膝が少し震えている。
だが、無事だった。
車に戻り、フロントガラスを見ると、ひびが蜘蛛の巣のように広がっていた。
「これは……ひどいな」
だが、すすむには“車改造”の能力がある。
彼は目を閉じ、フロントガラスの修復をイメージした。
すると、ひびがゆっくりと消え、ガラスは元の透明な状態に戻った。
「よし……これで大丈夫だ」
すすむは再び車に乗り込み、エンジンをかけた。
山道を慎重に進む。
ロックリザードの気配はもうない。
その後は、特にトラブルもなく、すすむは無事に山道を抜けた。
丘陵地帯を越え、森林地帯を抜け、やがて見慣れた景色が広がる。
グレン村だ。
村の門が見えた瞬間、すすむは心の底から安堵した。
「帰ってきた……」
ガストンでの買い付け、山道での危機――
すべてを乗り越え、すすむは無事に帰還したのだった。




