第94章 ガストンの朝市
第94章 ガストンの朝市
翌朝、すすむは夜明けとともに目を覚ました。
窓を開けると、潮風がひんやりと頬を撫で、遠くからカモメの鳴き声が聞こえてくる。
港町の朝は、どこか特別な空気をまとっていた。
昨日の夕方に見た港は、すでに活気を取り戻しているようだった。
宿の前の通りを歩く人々の足取りは早く、皆が港の方へ向かっている。
「朝市が始まってるんだな」
すすむは軽く伸びをし、階段を降りて食堂へ向かった。
焼いた小魚を黒パンに挟んだ簡素な朝食を平らげ、水を飲み干す。
今日は、ガストンに来た最大の目的――新鮮な魚の買い付けだ。
収納能力を使えば、鮮度を保ったまま大量に持ち帰ることができる。
グレン村の人々にも、久しぶりに“海の味”を届けられるだろう。
宿を出ると、朝日が白い壁と青い屋根を照らし、町全体が淡い金色に染まっていた。
潮風に混じって、魚の匂いが微かに漂ってくる。
すすむは港へ向かって歩き出した。
★★★★★
港に近づくにつれ、賑わいが増していった。
露店がずらりと並び、漁師や商人、町の住民が行き交っている。
魚を並べる音、値段を叫ぶ声、カモメの鳴き声――それらが混ざり合い、活気に満ちた朝市の空気を作り出していた。
すすむは思わず足を止め、目の前の光景に見入った。
――これが、港町の朝市か。
前の世界でも、テレビでしか見たことがないような光景だった。
木箱に山盛りにされた魚、氷の上に並べられた貝類、網に入ったエビやカニ。
どれも新鮮で、光を反射してきらきらと輝いている。
「お兄さん、見ていきなよ! 今日のはどれもいいよ!」
「こっちは朝に揚がったばかりだよ!」
店主たちの声が飛び交う。
すすむは、まず最初の露店に近づいた。
そこには、銀色に光る小魚が山のように積まれていた。
イワシに似ているが、少し体が丸い。
「これは何という魚ですか?」
すすむが尋ねると、店主の中年男性がにこやかに答えた。
「“シルバ”って魚だよ。こいつは焼いても煮ても旨い。朝市じゃ一番人気だね」
「なるほど……」
すすむは魚を手に取り、目を凝らした。
目は澄んでいて、身は張りがある。
鮮度は申し分ない。
「これを……五キロほどいただけますか?」
「五キロ? お兄さん、料理屋かい?」
「いえ、ちょっと村に持ち帰りたくて」
「なるほどねぇ。よし、任せな!」
店主は手際よく魚を選び、木箱に詰めていく。
すすむは代金を払い、周囲を見回して人目がないのを確認し、そっと収納能力で木箱ごと消した。
店主は気づかず、次の客に声をかけている。
(よし……順調だ)
すすむは次の店へ向かった。
二軒目は、貝類を扱う店だった。
大きな桶に海水が張られ、その中で貝が口を開けたり閉じたりしている。
「これは……ホタテに似てるな」
「“ラウラ貝”だよ。焼いても煮ても旨いし、スープにすると最高だよ」
店主の女性が胸を張って言う。
「じゃあ……二十枚ほどお願いします」
「はいよ!」
貝は海水ごと木桶に入れられた。
すすむは代金を払い、また人目を避けて収納能力でしまう。
次の店では、カジキのような大きな魚が丸ごと吊るされていた。
その隣には、切り身にされた白身魚が並んでいる。
「これは“ブルーフィン”って魚だよ。刺身でもいけるくらい新鮮だ」
「刺身……!」
すすむの心が跳ねた。
この世界で刺身が食べられるとは思っていなかった。
もちろん、寄生虫や衛生面の問題はあるが、収納能力で冷凍保存すれば安全に食べられる可能性が高い。
「これを……三キロほどお願いします」
「毎度あり!」
切り身は丁寧に包まれ、すすむはそれを収納した。
朝市を歩くうちに、すすむの荷物――正確には収納空間――はどんどん魚で満たされていった。
シルバ
ラウラ貝
ブルーフィン
赤身の“レッドスケイル”
小エビの“スプリングシュリンプ”
干物用に開かれた“サンライトフィッシュ”
どれも新鮮で、見ているだけで食欲が湧いてくる。
すすむは、ふと港の方を見る。
漁船が次々と戻ってきており、漁師たちが網を引き上げている。
その光景は、まさに“海の恵み”そのものだった。
「……来てよかったな」
すすむは小さく呟いた。
この世界に来てから、肉中心の食生活が続いていた。
能力の通販で魚は調達できるが、この世界で仕入れた新鮮な魚というのが良い。
そうした魚を食べたいという思いはずっとあったが、内陸の村ではどうしようもなかった。
だが、今は違う。
収納能力がある。
車がある。
そして、ガストンという港町がある。
これからは、グレン村でも海の幸を楽しめるようになるかもしれない。
★★★★★
朝市を回り終えた頃、太陽はすでに高く昇っていた。
時計を見ると、まだ九時前だ。
「よし……予定通りだな」
すすむは港の端に立ち、潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。
魚の買い付けは十分すぎるほどできた。
収納空間には、村の人々が数日楽しめるほどの海産物が入っている。
あとは――帰るだけだ。
山道は険しいが、昨日通った道だ。
慎重に行けば問題ないだろう。
すすむは宿へ戻り、預けていた荷物を受け取り、馬車偽装をかけた車へ向かった。
ガストンの町を振り返ると、白と青の建物が朝日に輝いていた。
「また来よう」
すすむは小さく呟き、車に乗り込んだ。
エンジンをかけ、ゆっくりと港町を後にする。
こうして、すすむはガストンでの買い付けを終え、グレン村への帰路につくのだった。




