表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/225

第92章 ーガストンへの道ー

第92章 ガストンへの道


エレニアの冒険者ギルドに通うようになってから、すすむはすっかりカイルと打ち解けていた。

 最初は、異世界の常識に疎い自分を気遣ってくれる、面倒見の良い兄貴分という印象だったが、

話してみれば彼は気さくで、冗談もよく言う。ギルドの裏話や、冒険者たちの失敗談、エレニアの歴史まで、幅広く教えてくれた。


そんなカイルから、ある日ぽつりと興味深い情報がもたらされた。



ギルドのカウンターで書類を整理していたカイルは、すすむの姿に気づくと、穏やかに微笑んだ。

その仕草はいつも通り落ち着いていて、どこか知的な雰囲気をまとっている。


「すすむさん。先日お話ししていた件ですが……少し、お役に立てる情報がありまして」


「え、何か分かったんですか?」


「ええ。ガストンという港町をご存じでしょうか。良港に恵まれ、海産物が豊富な場所です。

 特に、朝に揚がったばかりの魚は、非常に質が良いと評判ですよ」


カイルは言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。


「エレニアでは、どうしても海の幸は手に入りにくいでしょう。

 もし、すすむさんが新鮮な魚をお求めなら……ガストンは、訪れる価値があると思います」


すすむは思わず前のめりになる。


グレン村村長から、ガストンは、およそ120㎞で、山道がある道ということは聞いていた。


グレン村からエレニアの道を考えると、この街道も舗装されていないことは分かる。

今日の様な雪が溶けたタイミングで行かなければと思う。



すすむは、カイルに、ガストンに行ってみる旨伝える。

カイルは、すすむの目をまっすぐ見て、静かに言葉を添えた。


「無理はなさらないでくださいね。

 旅は、目的地に着くことよりも、無事に戻ってくることの方が大切ですから」


その声音には、冒険者としての経験と、すすむを気遣う優しさが滲んでいた。


車があるとはいえ、舗装されていない道を走るのは骨が折れる。

 だが、今がチャンスなのではないか?と思った。


すすむはその夜、久しぶりに胸が高鳴るのを感じていた。


――新鮮な魚。

 ――刺身。

 ――海の匂い。


この世界に来てから、ずっと遠ざかっていたものが、手を伸ばせば届く場所にある。


行くしかない。


そう決めたのは、自然な流れだった。


★★★★★



そして三日後。

 まだ空が薄青く、朝靄が村を包む頃、すすむは車のエンジンをかけた。


この世界に来たときに乗っていた車――今ではすっかり相棒だ。

 馬車偽装の魔法をかければ、村人にも怪しまれない。

 道に障害物があったら、収納の能力でしまっている、小型ショベルカーでどけるつもりだ。

山道での障害物除去には欠かせない装備だ。


「よし……行くか」


村の門番に軽く挨拶し、すすむはガストンへ向けて車を走らせた。


最初は森林地帯が続いた。

 木々の間から差し込む朝日が、車体に斑模様の光を落とす。

 鳥の声が響き、森の匂いが窓から流れ込んでくる。


だが、道はエレニアへ向かう街道よりも荒れていた。

 轍は深く、溶けた雪で、ところどころぬかるんでいる。

 車体が揺れるたび、すすむは慎重にハンドルを切り、比較的平らな部分を選んで進んだ。


「交通量が少ないって、こういうことか……」


森を抜けると、草原の丘陵地帯に入った。

 視界が一気に開け、遠くまで続く緩やかな起伏が美しい。

 だが、道は相変わらず荒れている。


そして、丘陵地帯を越えると、ついに山道が始まった。


そこは、まるで別世界だった。


植物はほとんど生えておらず、岩肌がむき出しになっている。

 雪もまだ残っており、日陰では凍結している場所もある。

 道幅は狭く、崖側は急斜面だ。


「これは……なかなかの難所だな」


慎重に進んでいくと、道の真ん中に大きな岩が転がっている場所があった。


「うわ……マジか」


車を停め、小型ショベルカーを出す。

 エンジンをかけ、岩を押し、崖下へ落とす。


ゴロゴロ……ガラガラ……!


岩が転がり落ちる音が山に響いた。


この作業を、すすむは何度も繰り返した。

 冬季はほとんど使われない街道というのも納得だ。


途中、すすむはふと考えた。


(ロックリザード……出てこないな)


エレニア近郊で遭遇した巨大な爬虫類の魔物。

 あれが出てきたら、車でも危険だ。


(爬虫類……変温動物……冬は苦手……もしかして冬眠?)


そんな仮説を立てながら、すすむは慎重に山道を進んだ。


やがて、夕日が山の端に沈みかけた頃、ようやく山道を抜けた。


「ふぅ……なんとか越えたか」


空は茜色に染まり、遠くの地平線が金色に輝いている。

 山を下り、しばらく走ると、視界の先に町の影が見えた。


すすむは車を停め、馬車偽装をかける。


「よし……これで大丈夫だろう」


そして再び車を走らせ、夕闇が迫る中、ガストンの町へと向かった。


* * *


ガストンの町は、近づくにつれてその存在感を増していった。


まず、潮の匂いが風に乗って届いた。

 この世界に来てから初めて嗅ぐ、懐かしい海の香り。


「……海だ」


胸が熱くなる。

 海を見たかった。

 魚を食べたかった。

 その思いが、ようやく現実になろうとしている。


町の外壁はエレニアよりも低く、どこか開放的だ。

 港町らしく、外からの人の出入りが多いのだろう。


門の前には数台の馬車が並び、荷物の検査を受けている。

 すすむも列に加わり、順番を待った。


門番は、偽装された馬車――つまりすすむの車――を見て、特に怪しむ様子もなく、簡単な質問だけで通してくれた。


「ガストンへようこそ。港の方は夕方でも賑わっているから、迷ったらそっちへ行くといい」


「ありがとうございます」


門をくぐった瞬間、すすむは思わず息を呑んだ。


町の中は活気に満ちていた。

 魚を運ぶ荷車、網を修理する漁師、酒場から聞こえる笑い声。

 潮風が吹き抜け、どこか懐かしい港町の空気が広がっている。


すすむはゆっくりと馬車偽装の車を走らせながら、町の中心へ向かった。


――ここが、ガストン。


――新鮮な魚の町。


胸の奥で、期待が静かに膨らんでいく。


こうして、すすむはついにガストンの町へたどり着いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ