表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/225

第91章 ―白雪の街と静かな魔導士だった元ギルマス―

第91章 ―白雪の街と静かな魔導士だった元ギルマス―


エレニアの市場は、いつもの喧騒を失っていた。

 露店の並ぶ通りは、どこもかしこも棚が空に近く、野菜の籠にはしなびた葉が数枚残るだけ。

 肉屋の店先には、普段なら吊るされているはずの肉塊が一つもなく、代わりに「入荷未定」の札がぶら下がっている。


雪は止んだり降ったりを繰り返し、街道を塞ぎ続けていた。

 周辺都市からの物資はほとんど届かず、農作物の入荷も激減している。

 市場の人々は、寒さよりも、食料不足の不安に顔を曇らせていた。


ギルバートは、すすむに状況を説明しながら、深刻な表情を隠さなかった。


「この長期的な雪は……本当に珍しいんだ。

 俺が子どもの頃にも、一度あったかどうか……いや、それでもここまで長くは続かなかった」


すすむは、ギルバートの言葉を聞きながら、エレニアの街並みを見渡した。

 雪に覆われた石畳の道、寒さに震える人々、空になった市場。

 グレン村も雪に閉ざされているが、村は小さく、宿泊客の食料は自分が補充できる。

 しかし、エレニアは人口が多く、街全体の食料不足は深刻だ。


――このままでは、街が持たない。


すすむは、胸の奥に重いものを感じた。


すすむが運行する「馬のいない馬車」は、今や唯一の交通手段となっていた。

 雪に閉ざされた街道を走れるのは、この車両だけだ。


すすむは、グレン村から乗客を乗せてエレニアへ向かい、到着後は冒険者ギルドへ立ち寄る。

 そこで、ギルドの協力を得て、広い倉庫に食料を補充するつもりだった。


この提案は、ギルバートを通じてエレニアの冒険者ギルドのギルドマスター――カイルにも伝わっていた。


カイルは四十代半ばの男性で、ギルバートとは対照的に、静かで知的な雰囲気をまとっている。

 元冒険者であり、魔導士として名を馳せた経歴を持つ。

 物腰は柔らかく、言葉遣いは丁寧で、思慮深いが、同時に人への思いやりを忘れない人物だ。


すすむがギルドに到着すると、カイルはすでに倉庫の前で待っていた。


「すすむ殿。お越しいただき、感謝します。

 ギルバートから話は聞いております。……あなたの力を、お借りしたい」


静かな声だが、その奥には切迫した思いが滲んでいた。


「倉庫はすでに人払いしてあります。

 どうか……街を救うために、力を貸していただけませんか」


すすむは頷き、倉庫の扉を開けた。


倉庫の中は広く、天井まで届く棚が並んでいる。

 しかし、その棚はほとんど空だった。

 普段なら、冒険者たちの依頼品や街の備蓄が並んでいるはずだが、今は何もない。


すすむは深呼吸し、能力を発動した。


次の瞬間、倉庫の床に大量の野菜が現れた。

 キャベツ、玉ねぎ、じゃがいも、にんじん――どれも新鮮で、色鮮やかだ。

 続いて、肉類が現れる。牛肉、豚肉、鶏肉。

 さらに、小麦、豆類などの穀物が袋ごと積み上がっていく。


倉庫は、みるみるうちに食料で満たされていった。


カイルは、その光景を静かに見つめていた。

 ギルバートから話は聞いていたが、実際に目の前で見ると、言葉を失うほどの迫力があった。


「……これほどとは……」


カイルは思わずつぶやいた。


すすむは、最後の袋を出し終えると、能力を解除した。


「これで、しばらくは持つと思います」


カイルは深く頭を下げた。


「……心から感謝します。

 あなたがいなければ、エレニアは本当に危険な状況でした。

 街の者たちも、あなたの助力を知れば、どれほど救われることでしょう」


すすむは照れくさそうに笑った。


「僕は、できることをしているだけです。

 困っている人がいるなら、助けたい。それだけです」


カイルは静かに頷いた。


「その心が、街を救っているのです」


それからの日々、すすむは毎日のようにグレン村とエレニアを往復した。


朝、グレン村で乗客を乗せ、雪道を慎重に走り、エレニアへ届ける。

 到着後は冒険者ギルドへ向かい、倉庫に食料を補充する。

 そして、帰りの乗客を乗せてグレン村へ戻る。


雪は相変わらず降り続いていたが、すすむの運行する馬車だけは、白銀の道を切り拓いて進んだ。


エレニアの市民たちは、冒険者ギルドが食料を供給していることを知り、ギルドへの信頼を深めていった。


「ギルドが食料を確保してくれたらしい」

「本当に助かった……」

「商業ギルドは何もしてくれなかったのに……」


自然と、商業ギルドの発言力は落ちていった。

 彼らは街道が塞がれたことで何もできず、ただ状況を見守るしかなかったのだ。


一方、冒険者ギルドは、街の危機を救った存在として評価が高まっていく。


カイルは、すすむに何度も感謝を伝えた。


「あなたの力が、街を救いました。

 エレニアの人々は、あなたの存在を忘れないでしょう」


すすむは首を振った。


「僕は裏方でいいんです。

 ギルドが前に立ってくれれば、それで十分です」


カイルは静かに微笑んだ。


「……あなたは、本当に不思議な方だ。

 力を持ちながら、それを誇らず、ただ人のために使う。

 その姿勢こそが、街を救ったのです」


こうして、すすむの奔走によって、エレニアの食料不足は徐々に解消されていった。

 街は再び活気を取り戻しつつあり、人々の表情にも明るさが戻ってきた。


雪はまだ降り続いている。

 しかし、街はもう恐れてはいなかった。


白銀の道を往復する一台の馬のいない大きな馬車――

 その存在が、街に希望をもたらしていたからだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ