第90章 ―白銀の道を往く―
第90章 ―白銀の道を往く―
翌朝、グレン村は静かな白に包まれていた。
夜のあいだに雪は降り続いていたものの、昨日ほどの勢いはなく、積雪量はほとんど増えていない。
屋根に積もった雪は薄く柔らかく、朝日を受けて淡く光っている。
すすむは宿の窓から外を眺め、深く息をついた。
――これなら、行ける。
昨日の試験運行で、積雪15センチまでなら問題なく走れることが分かった。
今日の雪はそれを超えていない。
ならば、閉じ込められている宿泊客たちをエレニアへ送り届けることができる。
すすむはすぐに準備に取りかかった。
能力で呼び出した長距離馬車――元の世界のバスを改造した車両は、昨日と同じくスタッドレスタイヤを履き、前方には雪かき装置を備えている。
エンジンをかけると、低い唸り声が雪の静寂を震わせた。
まず向かったのはグレンイン。
宿の前に停車すると、宿泊客たちが窓から顔を出し、驚いたようにすすむの車両を見つめた。
「本当に……動くんですか?」
「ええ。昨日、試験運行しました。エレニアまで行けます」
すすむがそう告げると、客たちの表情に安堵が広がった。
五日間、雪に閉ざされていた不安が、ようやく解け始めたのだ。
グレンインで十数名が乗車し、次にグレンホテルへ向かう。
ここでも多くの客がすすむの姿を見て胸をなでおろした。
「助かった……。もう帰れないかと思っていたよ」
「雪が止むのを待つしかないと思っていたのに……」
すすむは笑顔で応え、乗車を促す。
最後にグレンリゾートホテルへ向かうと、広いロビーで待っていた客たちが一斉に立ち上がった。
昨日から「すすむが何か動いているらしい」という噂が広がっていたのだろう。
期待と不安が入り混じった視線が、すすむに向けられる。
「エレニアまで行けるんですね?」
「はい。今日の雪なら問題ありません」
その言葉に、客たちはほっと息をつき、次々と乗車していった。
こうして三つの宿を回り、集まった乗客は42名。
車両の定員は60名なので、余裕をもって乗せることができた。
すすむは乗客の点呼を終えると、ゆっくりとアクセルを踏んだ。
長距離馬車は、白銀の村を抜け、丘陵地帯へと向かう街道へ入っていく。
★★★★★
街道は相変わらず雪に覆われていた。
馬車が通らないため、雪面はまっさらで、風紋が続いている。
すすむは慎重にハンドルを握り、昨日と同じように20km/hほどの速度で進んだ。
車内では、乗客たちがざわめいていた。
「こんなに雪が積もっているのに……本当に走れるんだな」
「馬もいないのに、どうやって動いているんだ?」
「魔道具なのか? それとも……」
すすむは聞こえないふりをしながら、前方の雪道に集中する。
雪かき装置が雪を押し分け、車体はゆっくりと進む。
ときおり深い雪の溜まりに差し掛かると、車体がわずかに揺れ、乗客たちが息を呑む。
ある地点では、車輪が雪に取られ、車体がわずかに沈み込んだ。
「お、おい……止まったんじゃないか?」
「大丈夫なのか?」
すすむはアクセルを微調整し、タイヤが空転しないように慎重に操作する。
雪かき装置が雪を押しのけ、車体はゆっくりと前へ進み始めた。
「……よし、抜けた」
すすむが小さくつぶやくと、車内から安堵の声が漏れた。
その後もいくつか危険な箇所はあったが、すすむの技術と車両の性能で乗り越えていく。
白銀の丘陵地帯を走り続けること四時間――
ついに、エレニアの城壁が見えてきた。
城門の前に到着すると、門番たちが目を丸くした。
「な、なんだこの馬車は……?」
「グレン村から来た? こんな日に?」
すすむは窓を開け、軽く手を挙げた。
「グレン村からの運行です。乗客をお送りします」
門番たちは驚きながらも道を開け、車両はエレニアの町中へと入っていく。
町の広場、行政府前、市場――
乗客たちはそれぞれの目的地で降りていき、すすむに深々と頭を下げた。
「本当に助かりました」
「あなたがいなければ、いつ帰れたか分からなかった」
「ありがとう、ありがとう……!」
すすむは照れくさそうに笑いながら、ひとりひとりに見送られた。
最後に立ち寄ったのは冒険者ギルド。
受付の女性が驚いた顔で駆け寄ってくる。
「すすむさん、この雪の中を……?」
「はい。今日くらいの積雪なら、グレン村まで運行できます。
しばらくは、必要に応じて往復するつもりです」
「助かります……! 村との連絡が途絶えて困っていたんです」
すすむは頷き、乗客のいなくなった車両をグレン村へ回送する。
帰り道は、行きよりも雪が深くなっていたが、昨日の経験が活きた。
危険な箇所では慎重に速度を落とし、雪に埋もれた道を確かめながら進む。
夕方、空が薄紫に染まる頃――
すすむは無事にグレン村へ戻ってきた。
村の人々は、雪をまとった車両を見て驚き、すすむの帰還を喜んだ。
「おかえりなさい、すすむさん!」
「本当に……よくやってくれた!」
すすむは深く息をつき、微笑んだ。
――これで、しばらくは大丈夫だ。
雪に閉ざされた村と街をつなぐ道は、まだ細く脆い。
だが、すすむの手によって、その道は確かに開かれたのだった。




