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第89章 ―雪原を切り拓く者―

第89章 ―雪原を切り拓く者―


グレン村に降り続いた雪は、ついに今季最大の積雪を記録した。村の広場も、宿屋の前の石畳も、すべてが白い毛布に覆われている。朝日が昇ると、雪面は淡い金色に輝き、まるで村全体が静寂の中で息を潜めているようだった。


しかし、その美しさとは裏腹に、村の生活は完全に麻痺していた。

 道という道が雪に埋もれ、馬車は一台も動けない。五日間、雪は降ったり止んだりを繰り返し、そのたびに積雪は増えていった。村人たちは家に閉じこもり、宿泊客たちはホテルから出られず、グレン村はまるで孤立した小さな島のようになっていた。


グレンイン、グレンホテル、グレンリゾートホテル――三つの宿泊施設の食料備蓄は、日に日に減っていく。厨房の棚に並ぶ食材は、もう残りわずかだ。

 このままでは、宿泊客たちの食事を維持することすら難しくなる。


そんな状況を見かねて、すすむは動いた。


彼がこの世界に持ち込んだ車――元の世界の技術で作られた四輪車を、能力でスタッドレスタイヤに改造し、雪道でも走れるようにしたのだ。

 そして彼自身が運転し、三つのホテルを巡っては能力で食料を補充していった。


宿泊客たちは、すすむの姿を見るたびに安堵の表情を浮かべた。

 「助かった……」「これでしばらくは大丈夫だ」

 そんな声が、すすむの背中を押した。


だが、問題は食料だけではない。

 宿泊客たちはエレニアへ帰ることもできず、ホテルに閉じ込められたままだ。

 雪が止む気配はなく、馬車が動けるようになるまで、あと何日かかるか分からない。


――このままではいけない。


すすむは、雪に閉ざされた村の中で、ひとり静かに考えた。

 そして、ある可能性に思い至る。


彼が以前、能力で改造した「馬のいない長距離馬車」――元は長距離バスだった車両だ。

 あれを、雪道でも走れるようにできないか。


すすむはすぐに能力を使い、長距離馬車の構造を確認した。

 スタッドレスタイヤへの変更は可能。

 さらに、バンパーに雪をかき分ける装備――いわば簡易スノープラウのようなものも取り付けられる。


「……いける」


すすむは確信した。


能力を発動すると、目の前に現れたのは、スタッドレスタイヤを履き、前方に雪かき装置を備えた長距離馬車だった。

 その姿は、まるで雪原を切り拓くために生まれた新しい獣のようだ。


すすむは運転席に乗り込み、ゆっくりとアクセルを踏んだ。

 車体は雪を押し分けながら、確かな手応えをもって前へ進む。


「……これなら、いける」


試運転は成功だった。


すすむはそのまま、エレニアまでの道を試しに走ってみることにした。


村を出て丘陵沿いの道に入ると、そこは一面の白銀の世界だった。

 馬車が通っていないため、雪面はまっさらで、風に吹かれてできた細かな波紋が続いている。

 すすむは慎重にハンドルを握り、道を外さないように注意しながら進んだ。


雪の深さは10〜15センチほど。

 雪かき装置が雪を押しのけ、車体はゆっくりと進む。

 速度は20km/hほどだが、この状況では十分だった。


白い世界を走り続けること四時間――

 すすむはついにエレニアへ到着した。


街の門番たちは、雪をまとった奇妙な馬車を見て目を丸くした。

 「な、なんだこれは……?」

 すすむは軽く会釈し、すぐに引き返す。


帰り道、雪はさらに深くなっていた。

 ある地点では積雪が20センチに達し、車体がスタックしてしまう。


すすむは車両を降り、深呼吸した。

 そして、能力で車両を一度収納し、再び出現させる。

 すると、車体は雪に埋もれた状態から解放され、再び走行可能になった。


「ふぅ……危なかった」


夕方、すすむは無事にグレン村へ戻ってきた。


試運転を終えたすすむは、雪道での限界を悟った。

 ――降雪量15センチまで。

 それ以上になると、長距離馬車でも運行は難しい。


翌日の降雪量次第で、エレニアへの運行を決める必要がある。


すすむは宿へ戻り、暖炉の前で温かいスープを飲みながら、明日の天気を思った。

 窓の外では、静かに雪が降り続いている。


――明日は、どうなるだろうか。


その問いは、すすむだけでなく、村の誰もが抱えていた。

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