第8章 宿屋での滞在と、村長との対面
第8章 宿屋での滞在と、村長との対面
怪我人たちがそれぞれの部屋や自宅へ運ばれ、宿屋の前に静けさが戻った頃。
すすむは、ようやくひと息つくことができた。
リリアは深く頭を下げ、すすむに向き直る。
「白谷さん……本当に、ありがとうございました。
夫も息子も、あなたがいなければどうなっていたか……」
すすむは軽く首を振った。
「いえ、当然のことをしただけです。
困っている方を見過ごすわけにはいきませんから。」
リリアは胸に手を当て、安堵の息をついた。
「……もしよければ、この宿に泊まっていってください。
もちろん、宿代はいただきません。
お礼の気持ちです。」
すすむは丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。
では、お言葉に甘えさせていただきます。」
リリアは微笑み、すすむを宿の裏手へ案内した。
「馬車は、こちらの馬つなぎ場に置いてください。
……あら?」
偽装馬車の“馬”を見て、リリアは不思議そうに首をかしげた。
「この馬……とても静かですね。
普通なら、こんなに落ち着いていないはずなのに……」
すすむは苦笑しながら答える。
「ええ……ちょっと、特別な馬なんです。」
リリアは深く追及することなく、頷いた。
「そうなんですね。
では、馬車の車体は空いている場所に置いてください。」
すすむは馬をつなぎ、馬車の車体部分を指定された場所に移動させた。
偽装魔法のおかげで、見た目は完全に“普通の馬車”だ。
宿に戻ると、入口の前で数人の村人が集まっていた。
その中心に、先ほどの村長ローガンが立っている。
「おお、白谷殿。
改めて礼を言わせてほしい。」
ローガンは穏やかな笑みを浮かべ、すすむに近づいた。
「あなたのおかげで、グレン村の大切な者たちが救われた。
村を代表して、心から感謝する。」
すすむは丁寧に頭を下げた。
「恐縮です。
私はただ、できることをしただけです。」
ローガンはすすむの背広姿を見つめ、静かに言った。
「……その衣装、やはり珍しいな。
遠い国から来たのだろう?」
すすむは一瞬だけ迷い、しかし落ち着いた声で答えた。
「はい。かなり遠い国から来ました。
この辺りとは文化も違うと思います。」
ローガンは何かを察したように頷いた。
「旅には事情があるものだ。
無理に聞くつもりはない。
ただ、あなたのような人物がこの村に来てくれたことを、私は嬉しく思う。」
そして、柔らかい声で続けた。
「しばらくこの村に滞在していくといい。
宿代はもちろん無料だ。
食事もこちらで用意しよう。
村を挙げて歓迎する。」
すすむは苦笑しながらも、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。
では、お言葉に甘えさせていただきます。」
リリアがすすむに向き直り、微笑んだ。
「白谷さんのお部屋は三階です。
荷物があればお持ちしますが……」
すすむは軽く手を振った。
「いえ、大丈夫です。
荷物はほとんどありませんから。」
リリアは頷き、階段を指し示した。
「では、ごゆっくりお休みください。
夕食の時間になったら、お呼びしますね。」
すすむは階段を上りながら、胸の奥で静かに呟いた。
「……本当に、異世界に来てしまったんだな。」
三階の部屋に入ると、そこは中世ヨーロッパのような質素な空間だった。
わらのベッド、木のテーブル、粗末な椅子。
隙間風が吹き込み、部屋は少し寒い。
すすむはベッドに腰を下ろし、深く息を吐いた。
「……これから、どうするか。」
ホテルマンとしての経験が、この世界でどこまで通用するのか。
そして、自分はこの村で何ができるのか。
すすむは、わらのベッドに横になりながら、静かに目を閉じた。
異世界での新しい生活が、ゆっくりと動き始めていた。




