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第86章 ― 商業ギルドの影、忍び寄る嫉心 ―

第86章 ― 商業ギルドの影、忍び寄る嫉心 ―


その日、グレンリゾートホテルのフロントに、ひとりの女性が静かに姿を現した。

深い紺色の外套をまとい、フードを深くかぶっている。

だが、その立ち居振る舞いには隠しきれない気品があった。


「ご予約の……マーサ様でございますね?」


セレストが確認すると、女性はわずかに頷いた。

声を潜めているが、その目は鋭く、観察者のそれだった。


マーサ――エレニア商業ギルドの幹部。

普段は豪奢な馬車で移動し、護衛を従えている人物だ。

そんな彼女が“お忍び”で来るということは、ただの宿泊ではない。


(何を探りに来たのだろう……)


すすむは胸の奥で小さな警戒心を灯しつつ、

いつも通りの笑顔で彼女を迎えた。


チェックインを済ませたマーサは、

荷物を置くや否や、ホテル内の売店へと足を運んだ。


棚に並ぶ商品を見た瞬間、

彼女の眉がわずかに跳ね上がる。


「……これは、どういうこと?」


並んでいたのは、エレニアの市場では見たことのない品ばかりだった。


・香りの強い山岳地帯のハーブ

・保存性の高い乾燥果実

・加工技術の高い革小物

・繊細な木工細工

・珍しい調味料


どれも、商業ギルドが把握している流通網には存在しない。

少なくとも、エレニアの朝市には絶対に並ばない品だ。


(どこから仕入れた……? 誰のルートだ?)


マーサの胸に、じわりと熱いものが湧き上がる。

それは好奇心ではなく、

商人としての“焦り”に近い感情だった。


夕刻。

マーサはダイニングで夕食をとることにした。


運ばれてきた料理を見た瞬間、

彼女は思わず息を呑む。


「……これは……」


皿に並ぶのは、エレニアではまず手に入らない食材ばかり。


・淡い桃色の川魚のカルパッチョ

・香草を練り込んだ山羊乳チーズ

・山岳地帯でしか採れない高級キノコ

・甘味の強い黄金色の根菜

・香り高いスパイスを使った肉料理


どれも、商業ギルドが“管理しているはず”の品だ。


(エレニアの朝市には……無かった。

 いや、そもそもこの地域では流通していないはず……)


料理の味は素晴らしかった。

だが、マーサの胸に広がったのは感動ではなく、

“嫉妬”だった。


(なぜ……?

 なぜ辺境の村が、こんな品を揃えられるの?

 私たち商業ギルドの目をかいくぐって……?)


嫉妬は、やがて怒りへと変わっていく。


宿泊を終えたマーサは、

翌朝、誰にも気づかれぬようにホテルを後にした。


だが、彼女の胸にはひとつの決意が芽生えていた。


(エレニアの市場で、グレン村の仕入れを止める……)


商業ギルドの権限を使えば、

市場の仲買人に圧力をかけることなど容易い。


そして数日後――

ガンツが険しい顔で、すすむのもとを訪れた。


「旦那……ちょっと、まずいことになってる」


ガンツの報告は、予想以上に深刻だった。


・エレニアの市場で、グレン村への販売を拒否する動き

・仲買人たちが急に態度を変えた

・裏で商業ギルドが動いている可能性が高い


すすむは静かに目を閉じた。


(やはり……マーサさんか)


村長ローガンは、すすむの話を聞くと、

腕を組んでしばらく考え込んだ。


「……エレニアが駄目なら、ガストンで仕入れるという手もある」


ガストン――

グレン村から120km離れた街で、

エレニアよりも大きな市場を持つ商業都市だ。


「ただし……」


ローガンは重い声で続けた。


「ガストンへ向かう街道は、山道が続く。

 距離もエレニアより40kmほど遠い。

 それに……ロックリザードが出る」


ロックリザード。

昼間でも出没する危険なモンスターで、

馬車をひっくり返すほどの力を持つ。


「もう一方の街道は国境の砦へ続く道だが……

 その先の隣国の町までは180km。

 輸入手続きも必要で、現実的ではない」


すすむは深く息を吐いた。


(物流の選択肢が……ほとんど無い)


エレニアの市場は、商業ギルドの影響下にある。

ガストンは遠く、危険が多い。

国境越えは論外。


ならば――。


すすむは静かに結論を出した。


「……当面の仕入れは、すべて僕の能力で調達します」


収納スキルと、

“通販”という異世界では理解されない能力。


それを使えば、

エレニアの市場に頼らずとも、

必要な物資を揃えることができる。


「旦那……本気か?」


ガンツが驚いた声を上げる。


すすむは頷いた。


「ホテルの運営を止めるわけにはいきません。

 お客様の期待を裏切ることもできない。

 だから……僕がやります」


その目には、

ホテルマンとしての強い意志が宿っていた。


マーサの嫉妬は、

グレン村の物流を揺るがす事態を引き起こした。


だが、すすむはそれに屈しない。


むしろ、

“依存していた流通網からの脱却”

という新たな可能性が見えてきた。


・エレニアに頼らない仕入れ

・ガストンとの新たな交易ルートの検討

・ホテル独自の物流網の構築


それは、

グレン村が“地方のモデルケース”として成長するための

大きな一歩になるかもしれない。


すすむは、

静かに、しかし確かな決意を胸に刻んだ。


(この村を……ホテルを守るために。

 僕は、できることをすべてやる)


そして、

グレンリゾートホテルの新たな戦いが始まる。


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