第83章 ― 王女セシリア来訪 ―
第83章 ― 王女セシリア来訪 ―
グレンリゾートホテルが開業して数日。
村の空気はどこか誇らしげで、従業員たちの動きにも自信が宿り始めていた。
そんなある日の午後、外見木造ポンチョがグレンホテルの前に停まり、
上級政務官マンハイムが降り立った。
「すすむどの、急ぎの話がある」
その表情は、いつになく真剣だった。
すすむは村長宅の応接室に案内し、話を聞いた。
「王都から視察隊が来る。
しかも……第3王女セシリア殿下が同行される」
すすむは思わず目を見開いた。
「王女殿下が……この村に?」
「そうだ。
王都での評判が広がり、殿下が“ぜひ見てみたい”と強く希望されたらしい。
視察隊は総勢二十名ほど。護衛隊、メイド、高級政務官……
宿泊は、もちろんグレンリゾートホテルでお願いしたい」
すすむは深く頷いた。
「わかりました。全力で準備します」
こうして、王女を迎えるための調整が始まった。
村長、ギルバート、ローレント、マーカス、ハンス、ミーシャ、クラレス、セレス。
村の有力者と従業員が総出で準備に取りかかった。
・リゾートホテルのロビー装飾
・客室の最終チェック
・歓迎会のメニュー調整
・村の案内ルートの確認
・周遊ポンチョの運行調整
・護衛隊のためのスペース確保
村全体が、まるで祭りの前日のように活気づいていた。
セレスは清掃用具を手に、ホテルの廊下を磨きながら言った。
「王女様が来るんじゃ、埃ひとつ許されんわい!」
ミーシャは厨房で新しいメニューを試作しながら、
「王女様って、どんな方なんだろう……緊張する……」
ローレントは受付カウンターの前で深呼吸を繰り返していた。
「……大丈夫、大丈夫……王女殿下でも、客は客……」
すすむはそんな皆を見て、胸が熱くなった。
「……みんな、本当に頼もしいな」
そして二週間後。
村の入口に、王宮の紋章が刻まれた豪華な馬車がゆっくりと姿を現した。
馬車は三台。
護衛隊の騎馬が前後を固め、
村人たちは道の両脇に整列して見守った。
馬車の扉が開き、
金髪の少女が姿を現した。
セシリア王女。十八歳。
陽光を受けて輝く金髪のストレート。
淡い青のドレスが風に揺れ、
その立ち姿はまさに“王女”そのものだった。
しかし、彼女の瞳には好奇心が宿り、
どこか年相応の無邪気さも感じられた。
「ここが……グレン村なのですね」
セシリアは微笑み、村長に軽く会釈した。
「ようこそお越しくださいました、セシリア殿下。
村を代表して歓迎いたします」
村長が深く頭を下げる。
ギルバートも胸に手を当てて挨拶した。
「殿下のご来訪、村の誇りにございます」
護衛隊長、高級政務官たちが続き、
視察隊は整然とホテルへ向かった。
すすむはロビーで待ち構え、深く頭を下げた。
「グレンリゾートホテルへようこそ。
白谷すすむと申します。
本日は、心ゆくまでおくつろぎください」
セシリアはすすむを見て、少し驚いたように目を丸くした。
「あなたが……このホテルを?」
「はい。村の皆と協力して運営しております」
「まあ……素敵ですわね」
セシリアはロビーを見渡し、
ピアノ、喫茶スペース、売店、そして大きな窓から見える池の景色に目を輝かせた。
「まるで……王都の高級宿のようですわ」
「ありがとうございます。
どうぞ、自然の中でゆっくりお過ごしください」
すすむは、あえて“自然の中で”という言葉を強調した。
王女はその言葉に微笑んだ。
「ええ……楽しみにしておりますわ」
セシリアはホテルの設備に興味津々だった。
「この鏡……曇らないのですか?」
「このベッド……ふわふわですわ!」
「お湯が……すぐに出るなんて……!」
「この“冷蔵庫”という箱は……どうして冷たいのですの?」
メイドたちも驚きの連続で、
護衛隊の男たちでさえ、シャワーの仕組みに目を丸くしていた。
すすむは丁寧に説明しながら、
王女の反応を微笑ましく見守った。
「殿下、ここでは何もかも忘れて、
自然の中でゆっくりお過ごしください」
「……そうですわね。
王都では、いつも忙しくて……
こういう場所で過ごすのは初めてですわ」
セシリアは窓の外の池を眺め、
静かに息を吐いた。
「……なんて、穏やかな場所なのでしょう」
夕食は、リゾートホテルのレストランで行われた。
ビュッフェ形式で、上級政務官をもてなした時のメニューをさらに豪華にしたものだ。
・ふかひれスープ
・パエリア
・ビリヤニ
・ローストビーフ
・豚の角煮
・餃子、シュウマイ
・ジェノベーゼ、カルボナーラ
・サラダ各種
・デザート盛り合わせ
セシリアは一口食べるたびに目を輝かせた。
「……おいしい……!
王宮の料理より……ずっと……!」
高級政務官たちも驚き、
護衛隊の男たちは夢中で皿を重ねていた。
「すすむどの、これは……本当に村で作ったのか?」
「はい。村の食材と、少しだけ特別な調味料を使っています」
「特別な……?」
「詳しく教えてしまうと、次の楽しみがなくなってしまいます。」
すすむが笑うと、皆も笑った。
夜。
すすむがロビーで片付けをしていると、
ローレントが駆け寄ってきた。
「すすむさん、セシリア殿下からルームサービスのご注文です。
紅茶とケーキを……とのことです」
「わかりました。僕が行きます」
すすむは紅茶とケーキをトレイに乗せ、
王女の部屋へ向かった。
ノックすると、メイドが扉を開けた。
「お待ちしておりました。どうぞ」
部屋に入ると、セシリアが窓辺のソファに座っていた。
夜の池が月光に照らされ、幻想的な光景が広がっている。
「紅茶とケーキをお持ちしました」
「ありがとうございます。
……少し、お話してもよろしいかしら?」
すすむは頷き、王女の前に座った。
「すすむ様は……どこから来られたのですか?」
「……とても遠い国からです。
この世界とは、まったく違う場所から」
セシリアは目を丸くした。
「まあ……!
では、あのホテルの設備は……その国のものなのですか?」
「はい。
僕はその国でホテルに勤めていました。
お客様にくつろいでもらうために、できる限りのことをする……
それが僕の仕事でした」
セシリアは紅茶を口に運び、静かに言った。
「……だから、こんなにも心地よいのですね。
今日一日で、心が軽くなりましたわ」
すすむは微笑んだ。
「この村に来る人には、
本当にゆっくりしてほしいんです。
王都のことも、仕事のことも忘れて……
自然の中で、心を休めてほしい」
セシリアはしばらく黙り、
そして深く頷いた。
「……ありがとうございます。
本当に……ありがとうございます。
また必ず来ますわ」
すすむは頭を下げた。
「お待ちしております」
★★★★★
翌朝の朝食もビュッフェ形式だった。
・パン各種
・サラダ
・卵料理
・スープ
・果物
・ヨーグルト
セシリアは控えめに皿を取りながら言った。
「朝はこれくらいがちょうど良いですわね。
自分で量を調節できるのが嬉しいですわ」
護衛隊も満足げに食べ、
メイドたちはパンのふわふわさに感動していた。
やがて、視察隊が帰る時間となった。
セシリアはすすむに言った。
「エレニアの行政府まで……
あの“馬無し高速馬車”に乗ってみたいのです」
すすむは微笑んだ。
「わかりました。
準備します」
ホテルの裏で、外装を木造風に偽装した長距離バスを召喚する。
――ドンッ。
巨大な車体が現れ、
護衛隊もメイドも目を丸くした。
「これが……馬無し高速馬車……!」
すすむがドアを開けると、
セシリアは興味津々で車内を覗き込んだ。
「まあ……座席が……ふかふかですわ!」
護衛隊長が言った。
「殿下、王宮の馬車より安全かと」
「ええ、乗ってみたいですわ!」
王宮の馬車はお付きの者が回送することになり、
セシリア、護衛隊、メイドたちは馬無し高速馬車に乗り込んだ。
すすむは運転席に座り、ゆっくりと発進させた。
丘陵地帯に入ると、すすむは速度を上げた。
「きゃっ……!
速い……!」
しかし揺れはほとんどない。
「殿下、景色が……流れていきます!」
「なんて滑らかな乗り心地……!」
「これが……馬無し高速馬車……!」
セシリアは窓に顔を寄せ、
流れる景色を食い入るように見つめた。
「……素晴らしいですわ……!」
そして、あっという間にエレニアの行政府に到着した。
馬無し高速馬車を降りたセシリアは、
すすむの前に立ち、深く頭を下げた。
「すすむ様。
この度は、本当にありがとうございました。
また……お忍びで参りますわ」
そして、護衛隊長が一歩前に出て宣言した。
「白谷すすむ殿。
王家より“王家御用達”の称号を授与する」
すすむは驚き、そして深く頭を下げた。
「……光栄です。
ありがとうございます」
セシリアは微笑み、
行政府の中へと歩いていった。
すすむはその背中を見送りながら、
静かに息を吐いた。
――グレン村は、また一歩前へ進んだ。
そして、王女の言葉が胸に残った。
「また来ますわ」
すすむは空を見上げ、
新しい未来を思い描いた。




