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第80章 ― 王都の波紋 ―

第80章 ― 王都の波紋 ―


クラコフ高級政務官がグレン村を訪れてから、三週間が過ぎた。

村は相変わらず穏やかで、外見木造ポンチョの運行も順調。

新しく加わった従業員たちも、すすむの指導のもとで少しずつ仕事に慣れ始めていた。


しかし――王都では、静かに、そして確実に大きな波紋が広がりつつあった。



王都の政務庁舎は、朝から慌ただしい空気に包まれていた。

クラコフは自室の机に向かい、分厚い書類の束を前にしていた。


机の上には、グレン村視察の報告書が置かれている。

表紙には、彼の筆跡でこう記されていた。


「グレン村視察報告書 ― 王国発展の新たな可能性について ―」


クラコフは深く息を吸い、最後の署名を記した。


「……これで、提出できる」


報告書は、王国の政務を司る評議会に提出される。

その内容は、王都の未来を揺るがす可能性を秘めていた。


報告書には、グレン村で見たすべてが記されていた。


・馬のいない高速馬車の性能

・ビジネスホテルというものの設備

・ヴィラ建物の快適さ

・温水が出る風呂

・暖かい家

・冷蔵庫という物

・清潔なトイレ

・ビュッフェ形式の食事

・村人の活気と協力体制

・すすむという人物の存在


クラコフは、特に“生活の快適さ”について強調していた。


「王宮よりも快適な宿泊施設が存在する」


この一文は、王都の役人たちに衝撃を与えることになる。


さらに、報告書の最後にはこう記されていた。


「グレン村の技術と設備は、王国の発展に大きく寄与する可能性がある。

 慎重な調査と、適切な支援が必要である」


クラコフは、すすむの能力を“魔法素材”と説明したが、

その裏にある“異質な技術”を薄々感じ取っていた。


だが、それをそのまま書くことは避けた。

王都の混乱を避けるためでもあり、

すすむの秘密を守るためでもあった。


★★★★★


報告書が提出されて三日後。

王都の政務評議会が開かれた。


円卓に座るのは、王国の中枢を担う十数名の高官たち。

その中央に、クラコフが立っていた。


「クラコフ殿、報告書を読ませてもらったが……

 これは、にわかには信じがたい内容だな」


一人の評議員が眉をひそめる。


「王宮より快適な宿泊施設?

 温水が出る風呂?

 暖かい家?

 そんなものが、辺境の村にあると?」


別の評議員が書類を叩きながら言う。


「馬無し高速馬車……馬なしで動く乗り物だと?

 そんなもの、王都の魔導技術でも不可能だぞ」


クラコフは静かに答えた。


「私も最初は信じられませんでした。

 しかし、すべてこの目で見てきました。

 嘘偽りはありません」


評議会の空気がざわつく。


「では、その技術はどこから来たのだ?」

「村人が作れるはずがない」

「魔導師の仕業か?」

「いや、魔導師でも無理だ」


クラコフは、すすむの存在を思い浮かべながら言った。


「……村には、特別な力を持つ人物がいます。

 彼が中心となって、村を発展させているのです」


「その人物は何者だ?」


「白谷すすむ。

 年齢は40代前半ほど。珍しい黒髪で、

 温厚で、村のために尽力している人物です」


評議員たちは顔を見合わせた。


「……危険人物ではないのか?」

「王国の技術体系を揺るがす存在だぞ」

「監視すべきでは?」

「いや、味方につけるべきだ」


議論は紛糾した。


クラコフは静かに言った。


「彼は、王国に敵意はありません。

 むしろ、村の発展を通じて王国に貢献したいと考えているように見えました」


評議会は静まり返った。


「……クラコフ殿。

 あなたは、彼をどう評価する?」


クラコフは迷わず答えた。


「信頼に足る人物です。

 王国にとって、脅威ではなく“希望”となるでしょう」


その言葉は、評議会の空気を変えた。


評議会は数時間にわたって議論を続け、

最終的に次の方針が決まった。


・グレン村への追加調査隊の派遣

・村の発展を支援するための予算検討

・白谷すすむの人物調査

・外見木造ポンチョの技術調査

・村との友好関係の強化


ただし――


「王都からの干渉は最小限にする」


というクラコフの意見が強く反映された。


「彼の村を乱すような真似は、決してしてはならない。

 あの村は、自然な形で発展している。

 王都が無理に介入すれば、すべてが壊れる」


クラコフの言葉に、評議会は静かに頷いた。


王宮にも報告書が届き、王の側近たちが目を通した。


「……これは、王国の未来を変える可能性があるな」


「馬無し高速馬車……

 もし王都で運用できれば、物流が劇的に改善される」


「温水の風呂……

 王宮の設備にも導入できるのでは?」


王宮の技術官たちも興味を示し、

グレン村への視察を希望する者が増え始めた。


しかし、クラコフは慎重だった。


「今はまだ早い。

 村の負担になる」


王宮は、クラコフの判断を尊重した。


報告書の内容は、政務庁舎の中で瞬く間に広まった。


「辺境に、王宮より快適な宿があるらしい」

「馬なしで動く乗り物があるそうだ」

「温水が出る風呂? 本当か?」

「その村の料理は、宮廷料理より美味しいらしいぞ」


噂は誇張され、尾ひれがつき、

王都中に広がっていった。


そして――


「グレン村に行ってみたい」


という声が、役人や商人の間で増え始めた。


クラコフは、自室の窓から王都の街並みを眺めていた。


「……あの村は、王国の未来を変えるかもしれない」


すすむの笑顔、村人たちの温かさ、

ビジネスホテルというものの快適さ、

ヴィラの居心地の良さ。


そして――

あの晩餐会の味。


「……また行きたいものだな」


クラコフは静かに微笑んだ。


だが同時に、胸の奥に不安もあった。


――王都が、あの村を飲み込んでしまわないか。


すすむの力は、王国にとって魅力的すぎる。

利用しようとする者も、奪おうとする者も現れるだろう。


「……守らねばならない」


クラコフは決意した。


グレン村を、そしてすすむを守る。

それが、自分の役目だ。


その頃、グレン村では――

すすむが新しい従業員たちに接客の基本を教えていた。


ローレントは真剣にメモを取り、

マーカスは笑顔で子どもたちを迎える練習をし、

グラントは力仕事を率先してこなし、

ミーシャとクラレスは料理の補助を覚え、

セレスは清掃の腕を磨いていた。


村は活気に満ちていた。


しかし、まだ誰も知らない。


王都が、静かに動き始めていることを。

グレン村の未来が、大きく揺れ動こうとしていることを。


そして――

その中心に、すすむがいることを。


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