第76章 ― 高級政務官、グレン村視察 ―
第76章 ― 高級政務官、グレン村視察 ―
朝の空気は冷たく澄み、冬の陽光がエレニアの街並みに淡く差し込んでいた。
すすむは外見木造ポンチョの運転席に座り、深く息を吸い込む。
――今日が本番だ。
高級政務官クラコフの視察。
村の未来を左右する大きな節目だ。
商業ギルドの提案を断り、村長と村人たちの協力を得て準備を整えた。
ビジネスホテルBの開業、ヴィラ建物の建設、食堂の整備、歓迎の準備。
三日間、ほとんど寝ずに動き続けた。
(失敗はできない……)
外見木造ポンチョを発進させ、エレニアの行政府へ向かう。
★★★★★
行政府の前に到着すると、すでに三人の姿が見えた。
マンハイム上級政務官。
ローレント政務官。
そして、マーカス助手。
その中央に立つ人物――白髪混じりの髪を後ろに撫でつけ、深い皺の刻まれた目元が穏やかで、しかしどこか鋭さを秘めた男。
マンハイムがすすむに気づき、手を挙げた。
「すすむどの、紹介しよう。
こちらが王都クラコフの高級政務官だ」
「クラコフだ。よろしく頼む」
声は柔らかく、威圧感はない。
むしろ、初対面の相手にも気さくに接するような雰囲気があった。
「今回の視察をサポートさせていただきます。
白谷すすむと申します」
すすむが頭を下げると、クラコフは微笑んだ。
「若いのに、よくここまで村を発展させたと聞いている。
楽しみにしているよ」
その言葉に、すすむは背筋が伸びる思いだった。
すすむはドアを開け、三人を中へ案内した。
「これは……馬がいないのに動くのか?」
クラコフは慎重に足を踏み入れ、内部を見渡した。
座席を触り、天井を見上げ、窓の外を確認する。
「魔法素材でできていますので……」
(毎回この説明だ……)
苦し紛れの返答に、クラコフは「なるほど」と頷いた。
追及する気はないらしい。
すすむが運転席に座り、ゆっくりと発進させる。
町中を走ると、クラコフは驚いたように身を乗り出した。
「揺れが……ほとんどない。
馬車とは比べものにならんな」
ローレント政務官も感心したように窓の外を眺める。
「速度も安定していますね。
これは……王都でも導入できれば……」
「ローレント、まだ早い」
クラコフが笑って制した。
町を出ると、すすむは速度を60kmほどに上げた。
丘陵地帯に入ると少し速度を落としたが、それでも馬車の倍以上の速さだ。
「……これは驚いた。
揺れも少ないし、酔いもしない。
王都の馬車より快適だぞ」
クラコフは素直に感嘆の声を漏らした。
★★★★★
二時間ほどで、外見木造ポンチョはグレン村に到着した。
ビジネスホテルBの前に停車すると、村長、ギルバート、ハンス一家、従業員たちが整列していた。
「これは……壮観だな」
クラコフは目を細め、整列した村人たちに軽く会釈した。
ガラスの自動ドアが開くと、彼は一歩下がった。
「おお……勝手に開いたぞ?」
「魔法素材で……」
(もう言い訳のテンプレだ……)
クラコフは笑いながら中へ入った。
すすむはロビーへ案内した。
「こちらがビジネスホテルBのロビーです。
宿泊者の受付や、喫茶スペースもあります」
クラコフは天井を見上げ、壁を触り、ソファに腰を下ろした。
「……柔らかい。
座り心地が良いな。
王都の役所にも欲しいくらいだ」
ローレント政務官がメモを取る。
ロビー喫茶のカウンターには、湯気の立つポットや茶葉の瓶が並び、
村の女性たちが笑顔で準備をしていた。
「ここでは、宿泊者にお茶や軽食を提供できます」
クラコフは香りを嗅ぎ、目を細めた。
「良い香りだ……落ち着くな」
次に食堂へ案内する。
「こちらが食堂です。
ビュッフェ形式で、料理を並べるスペースも広く取っています」
クラコフは料理台の高さや配置を確認しながら歩いた。
「動線がよく考えられている。
大人数でも混雑しにくいだろう」
厨房も見せると、クラコフは感心したように頷いた。
「清潔だ。
これなら衛生面も問題ない」
次に大浴場へ案内する。
「こちらが男女別の大浴場です。
一度に十人ほど入れます。
露天風呂もありますが、温泉ではありません」
クラコフは湯船の縁に触れ、露天風呂を見て目を細めた。
「……湯気が立っているだけで、心が落ち着くものだな。
王都の浴場より広いぞ」
ローレント政務官も驚いたように言う。
「これは……貴族の屋敷でもなかなか見ない規模です」
卓球室では、クラコフが卓球台を興味深そうに眺めた。
「これは……球技か?」
「はい。
ラケットで球を打ち合う遊びです」
すすむが軽く説明すると、クラコフは笑った。
「面白そうだ。
後で試してみたいな」
次に外へ出て、屋外プールへ案内する。
冬のため氷が張っているが、その広さは一目でわかる。
「これは……水浴び場か?」
「夏季限定ですが、泳ぐための施設です」
クラコフは氷を見て、少し驚いたように眉を上げた。
「これほどの広さ……村にしては贅沢だな。
だが、子どもたちは喜ぶだろう」
すすむは説明を続ける。
「夏には水を張り、宿泊者が自由に利用できます。
浅いエリアと深いエリアがあり、監視員も配置します」
クラコフはプールサイドを歩き、足元の素材を確認した。
「滑りにくい……安全性も考えているのだな」
最後に、半円形のヴィラ建物へ案内した。
「こちらが、特別なお客様向けの宿泊施設です」
クラコフは外観を見て、目を丸くした。
「……これは、何という素材だ?
雪の家のようにも見えるが……」
「魔法素材で……」
(もう言わないと説明できない……)
中に入ると、クラコフは思わず息を呑んだ。
「……暖かい。
外は冷えていたのに、まるで春のようだ」
壁を触り、天井を見上げ、ベッドに腰を下ろす。
「柔らかいが、沈みすぎない。
これは……良いな」
浴室も確認し、クラコフは満足げに頷いた。
「王都の貴族でも、これほど暖かく、機能的で快適な部屋には泊まれまい。
素晴らしい。何も贅沢な装飾が一番良いという訳ではないのだからな。」
すすむは胸が熱くなった。
一通りの見学が終わる頃には、夕日が村を赤く染めていた。
すすむはクラコフたちをビジネスホテルBの食堂へ案内する。
「本日は、ささやかですが歓迎の晩餐をご用意しております」
クラコフは微笑み、すすむの肩に手を置いた。
「ここまでの案内、実に見事だった。
グレン村がこれほど発展しているとは……
正直、想像以上だ」
その言葉に、すすむは深く頭を下げた。
――今日の努力が、報われた気がした。
そして、晩餐会の幕が静かに上がろうとしていた。




