第72章 ― グレンホテル調達部、始動 ―
第72章 ― グレンホテル調達部、始動 ―
グレンインとグレンホテルの厨房では、今日も湯気が立ちのぼっていた。
だが、すすむの胸の奥には、どうしても拭えない引っかかりがあった。
村の地物、通りすがりの商隊、冒険者ギルドからの魔物肉。
そして――自分の能力で出した食材。
「……このままじゃ、いけないよな」
すすむは、厨房の隅で野菜の箱を見つめながらつぶやいた。
葉物は少ない。根菜も細い。能力で補えば簡単だが、それでは村の経済が育たない。
エレニアの市場で見た、あの豊富な食材の山が脳裏に浮かぶ。
――あそこから仕入れられれば、どれだけ助かるだろう。
すすむは決意し、グレンホテルのレストランの一角に、三人の支配人を呼び集めた。
リリア、ハンス、そして最近めきめき頭角を現しているミーナ。
三人が揃うと、すすむは姿勢を正し、静かに切り出した。
「エレニアの市場から、食材を定期的に仕入れたい。
そのために――調達部を立ち上げようと思う」
「えっ……エレニアって、片道80キロですよ?」
リリアが目を丸くする。
「毎日往復なんて、馬車じゃ無理だろう」
ハンスが腕を組む。
ミーナも眉を寄せた。
「商隊のスケジュールに合わせるだけじゃ、安定供給は難しいですし……」
すすむは、席を立った。
「だから、これを使う」
外に出て、手をかざす。
空気が揺らぎ、木造の馬車のようなものが、音もなく姿を現した。
――外見木造ポンチョ。
馬がいない。
車輪はあるが、どこか異質。
木造に見えるが、触れれば金属のような硬さがある。
三人は息を呑んだ。
「すすむさん……これ、どうやって動くんですか?」
リリアが恐る恐る近づく。
そこへ、ギルマスとガンツがやって来た。
「おおっ……なんだこりゃあ!」
ガンツが目を輝かせる。
ギルマスは、もう慣れたように肩をすくめた。
「どうせすすむの魔法だろ」
すすむはドアを開け、中を見せる。
客席は十数人分。荷物スペースも広い。
「これなら、食材を大量に運べる」
すすむが言うと、ギルマスが腕を組んで唸った。
「……なあ、すすむ。
今の大型馬車、これに置き換えられないか?」
「えっ、そんな大それた……」
すすむは戸惑う。
「エレニアに“魔法馬車運行開始!”って宣伝すりゃ、客は殺到するぞ」
ギルマスはニヤリと笑った。
確かに、魅力的な案だ。
だが、魔法の乗り物を一般客に使わせるのは、少し不安もある。
「……まあ、考えてみます」
そう答えると、ガンツがすでに運転席に乗り込んでいた。
「おいおい、勝手に触るなよ」
すすむが慌てて言う。
「いやあ、こりゃ面白い。
だが……運転席、ちと狭いな。ドワーフには合わん」
ガンツの体格では、ペダルに足が届かない。
すすむが説明しようとしたが、ガンツは胸を叩いた。
「改造すりゃいいだけだ。任せとけ!」
その言葉に、すすむは逆に不安になる。
「いや、魔法の構造を勝手にいじるのは……」
「大丈夫だ! 鋼の匠をなめるなよ!」
ガンツは自信満々だ。
ギルマスも「任せとけ」と笑う。
結局、すすむは二台の外見木造ポンチョを彼らに預けることにした。
★★★★★
ガンツに呼ばれ、すすむは工房を訪れた。
扉を開けた瞬間、金属の焼ける匂いと、ハンマーの音が響く。
「おう、来たか!」
ガンツが満面の笑みで迎える。
「見ろ、完璧だぞ!」
外見木造ポンチョの運転席は、見事に改造されていた。
ペダルは伸縮式。
座席は前後にスライドし、背もたれも調整可能。
ドワーフでも人間でも運転できるようになっている。
「……すごい。
これ、どうやって……?」
「簡単なもんよ。魔法の構造は触ってねえ。
あくまで“物理的に”延長しただけだ」
ガンツは誇らしげに胸を張った。
すすむは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
魔法と技術が、こうして自然に融合していく。
それは、この世界が少しずつ変わっていく証でもあった。
「じゃあ、試運転してみるか!」
ガンツが乗り込み、すすむも助手席に座る。
「いくぞ!」
ガンツがアクセルを踏むと、外見木造ポンチョは静かに滑り出した。
馬車とは思えない滑らかさ。
振動も少ない。
「おおおおっ! こりゃあすげえ!」
ガンツが大声を上げる。
速度を上げると、風が頬を撫でる。
村の景色が流れていく。
「これなら……エレニアまで、余裕で往復できますね」
すすむが言うと、ガンツは満足げに頷いた。
「調達部、いよいよ本格始動だな!」
試運転を終え、村に戻ると、すでに噂が広まっていた。
「魔法馬車が走ったらしいぞ!」
「エレニアまで昼前に行けるんだって!速い。」
「市場の食材が手に入るのか?」
村人たちの期待が膨らむ。
リリアは仕入れリストを作り始め、
ミーナは市場の価格調査表をまとめ、
ハンスは運行スケジュール案を練っていた。
――グレンホテル調達部。
それは、村の未来を変える新しい一歩だった。
すすむは空を見上げ、静かに息を吐いた。
「よし……ここからだな」
村の発展は、まだ始まったばかりだ。




