第69章 ビジネスホテルA・内覧ツアー
第69章 ビジネスホテルA・内覧ツアー
四人を連れて自動ドアの前に立つと、すすむは軽く息を整えた。
ガラスの扉がシュッと音を立てて開くと、ハンスたちは一斉に目を見開いた。
「おお……勝手に開いたぞ」
「これは……風か?」
「いや、違うな。仕掛けだ」
ガンツが真っ先に前へ出て、扉の上部を覗き込む。
金属の枠を指で叩き、耳を近づけ、何かを探るように眉を寄せた。
「どういう仕組みで……」
「魔法です」
すすむは即答した。
ガンツが口を開きかけたところで、すかさず続ける。
「細かい理屈は僕にも説明しづらいので……魔法、ということで」
「む……そうか。魔法なら仕方ない」
ガンツは名残惜しそうに枠を撫でたが、他の三人が困惑し始めていたので、すすむは軽く肩を押してロビーへ誘導した。
ロビーはこぢんまりとしているが、清潔感があり、木目調の床と白い壁が落ち着いた雰囲気を醸し出している。
ソファーが二脚、観葉植物が一つ。
受付カウンターの奥には事務室へ続く扉がある。
「ここがロビーです。宿泊客が最初に来る場所ですね」
「ほう……落ち着いた空間じゃのう」
村長がソファーに触れ、感心したように頷く。
「座り心地も悪くないな」
ハンスが腰を下ろし、軽く弾むような感触に目を細めた。
一方、ガンツは受付カウンターの裏側を覗き込み、引き出しを開けたり閉めたりしている。
「この木材……いや、木ではないな。何だこれは?」
「魔法素材です」
「む……魔法か」
ガンツは納得したような、していないような表情で頷いた。
ギルマスは自動販売機の前で立ち止まり、眉をひそめる。
「これは……飲み物を売る箱か?」
「そうです。鉄硬貨一枚で飲み物が買えます」
「ほう……試してもいいか?」
「どうぞ」
ギルマスが鉄硬貨を入れ、リンゴジュースのボタンを押すと、ガコンッと音がしてペットボトルが落ちてきた。
「おおっ……! 本当に出てきた!」
ギルマスは子どものように目を輝かせた。
村長も興味津々で覗き込む。
「これは便利じゃのう……村にも置けんか?」
「ええ、いずれは」
すすむは笑って答えたが、ガンツだけは自販機の裏側を覗こうとしていた。
「どうやって中身が補充されるんだ……?」
「魔法です」
「……魔法か」
ガンツは三度目の納得をした。
「では、こちらが事務室です」
すすむが扉を開けると、四人は中を覗き込んだ。
机が二つ、棚が一つ、簡易的な書類整理スペースがある。
「ここで宿泊者の管理をするのか?」
「そうですね。鍵の管理や帳簿なども」
「ふむ……村の役所より整っておる気がするのう」
村長が苦笑する。
奥の宿直室にはベッドと小さな机が置かれていた。
「ここで従業員が休むのか?」
「はい。夜間対応用ですね」
「従業員……誰がやるんじゃ?」
村長が振り返る。
「それは……これから考えます」
すすむは曖昧に笑った。
ホテルを建てることに夢中で、運営のことはまだ何も決めていなかった。
次に案内したのは食堂だ。
テーブルがいくつか並び、壁際には給茶機のような設備もある。
「ここが食堂です。朝食などを提供できます」
「広いな……村の宴会場より使い勝手が良さそうだ」
ギルマスが腕を組む。
厨房に入ると、ガンツの目が一気に輝いた。
「おお……これは……!」
彼は金属製の調理台を撫で、コンロを覗き込み、換気扇の下に潜り込む勢いで観察し始めた。
「この火口……どうやって火を出すんだ? 魔石か? いや、違う……」
「魔法です」
「む……魔法か」
ガンツは四度目の納得をしたが、まだ名残惜しそうにコンロを見つめていた。
「しかし、これだけの設備があれば、かなりの料理が作れそうだな」
ハンスが感心したように言う。
「ええ。村の食文化も広がると思います」
「それは楽しみじゃのう」
村長が嬉しそうに頷いた。
「では、次は大浴場です」
すすむが扉を開けると、四人は一斉に息を呑んだ。
「おお……!」
広い脱衣所、洗い場、そして湯気の立つ浴槽。
木の香りがほのかに漂い、照明は柔らかく、落ち着いた雰囲気を作り出している。
「これは……贅沢じゃのう……!」
村長が目を丸くする。
「グレンホテルの風呂より広いな」
ギルマスが腕を組む。
ガンツはというと、湯船の縁を触り、壁を叩き、排水口を覗き込んでいた。
「この湯は……どうやって温めているんだ? 薪は……使っていないな」
「魔法です」
「……魔法か」
五度目の納得である。
「しかし、これは村の者たちも喜ぶだろうな」
ハンスがしみじみと言う。
「ええ。宿泊客だけでなく、日帰り入浴もできるようにしたいですね」
「それは良い。村の活気にもつながるじゃろう」
村長が満足げに頷いた。
次に案内したのはランドリールームだ。
洗濯機と乾燥機が並び、洗剤の棚もある。
「これは……衣類を洗う道具か?」
ギルマスが首をかしげる。
「はい。自動で洗ってくれます」
「自動で……?」
村長が驚いたように目を見開く。
ガンツは洗濯機の蓋を開け、中を覗き込み、回転軸を指で回してみた。
「この回転……どうやって……」
「魔法です」
「……魔法か」
六度目の納得である。
エレベーターに乗ると、四人は再び驚いた。
「箱が……勝手に動いておる……!」
「これは……落ちたりせんのか?」
「魔法で制御されています」
すすむが言うと、三人は安心したように頷いた。
ガンツだけは天井を見上げ、何かを探るように眉を寄せていた。
「この動力は……」
「魔法です」
「……魔法か」
七度目の納得である。
二階に着くと、客室が並ぶ廊下が広がっていた。
「ここが客室フロアです。全部で三十二室あります」
「三十二……! そんなにか」
村長が驚く。
すすむは一室の扉を開けた。
シングルベッド、テーブル、椅子、冷蔵庫、ユニットバス。
必要なものがすべて揃った、まさにビジネスホテルの一室だった。
「これは……快適そうだな」
ハンスがベッドを押してみる。
「ふむ……柔らかすぎず、硬すぎず……良い寝具じゃ」
村長も満足げに頷く。
ギルマスは冷蔵庫を開け、空っぽなのを確認してから閉めた。
「これは……食べ物を冷やす箱か?」
「そうです。魔法で冷えています」
「魔法か……便利だな」
一方、ガンツはユニットバスの蛇口をひねり、水が出るのを見て目を輝かせた。
「この水は……どこから……」
「魔法です」
「……魔法か」
八度目の納得である。
一通り案内を終え、四人をロビーへ戻すと、村長が深く息を吐いた。
「いやはや……これは村の未来が変わるぞ」
「本当にすごい建物だな」
ハンスがしみじみと言う。
「冒険者も喜ぶだろう。泊まる場所が増えるのは助かる」
ギルマスが頷く。
ガンツは腕を組み、ホテル全体を見渡しながら呟いた。
「魔法というのは……すごいものだな」
「ええ、まあ……そうですね」
すすむは苦笑しながら答えた。
ガンツの視線はまだどこか名残惜しそうで、もう一度分解して見たいと言い出しそうだったが、すすむはさりげなく話題を変えた。
「では、運営についてはまた相談しましょう。皆さん、今日はありがとうございました」
四人は満足げに頷き、ホテルを後にした。
すすむはロビーに一人残り、静かに息をついた。
(……さて。ここからが本番だな)
新しい建物が村にもたらす変化。
その責任と期待を胸に、すすむはホテルの中をもう一度見渡した。




