第6章 偽装馬車と、村への道のり
第6章 偽装馬車と、村への道のり
偽装された馬車は、草原の風に揺れながら静かに佇んでいた。
木製の車輪、頑丈な車体、そして二頭の“馬”。
近くで見れば、どこか機械的な精巧さがあるが、遠目には完全に本物の馬車にしか見えない。
すすむは御者席に座り、手綱を握った。
その瞬間、頭の奥にふわりと情報が流れ込んでくる。
――手綱の扱い方
――馬の動かし方
――坂道での減速
――停止の合図
「……これが、偽装の効果か。」
まるで長年の御者であるかのように、操作方法が自然と理解できる。
すすむは深く息を吸い、ゆっくりと手綱を引いた。
「進め。」
馬車は滑らかに動き出した。
草原の上を木製の車輪が転がり、軽い振動が御者席に伝わる。
後ろでは、ハンスとレミー、ローレント、マーカスが横たわっている。
すすむは何度も振り返り、揺れが大きくないか確認した。
「大丈夫……もう少しで村に着くはずだ。」
ハンスが弱々しく声を上げた。
「……すまない……あんたに……全部任せてしまって……」
すすむは微笑み、落ち着いた声で答える。
「気にしないでください。今は休んでください。
村まで、必ずお連れします。」
ハンスは安心したように目を閉じた。
馬車は丘陵地帯の道をゆっくりと進む。
道は舗装されておらず、ところどころに大きな石や窪みがある。
すすむは慎重に手綱を操り、揺れを最小限に抑えた。
「……この道、かなり険しいな。」
ホテルマンとして、乗り物の揺れや快適さには敏感だ。
すすむは自然と“乗客の快適さ”を意識していた。
二時間ほど進むと、景色が変わり始めた。
丘陵が終わり、雑木林が広がり、小川が流れ、池が見える。
鳥の声が増え、風の匂いも変わった。
「……村が近いのかもしれない。」
すすむがそう思った矢先、前方に木製の柵が見えた。
丸太を組んだ簡素な防壁だが、村を守るためのものだとすぐにわかる。
入口には、槍を持った若い兵士が立っていた。
軽鎧を身につけ、真剣な表情で馬車を見つめている。
すすむは馬車をゆっくりと止め、御者席から声をかけた。
「こんにちは。怪我人を運んできました。」
兵士は怪訝そうに眉をひそめた。
「……見ない顔だな。どこの者だ?」
すすむは落ち着いた声で答える。
「私は国外から来た旅人です。
道で馬車の事故を見かけ、助けに来ました。
御者のハンスさんと、乗っていた方々が大怪我をしています。」
兵士は驚いたように目を見開き、馬車の中を覗き込んだ。
「……ハンスさん!? レミーも……!
ローレント様まで……!」
兵士の顔色が変わる。
「す、すまない! 疑ってしまった!
俺はブラン。この村の警備役だ。
すぐに宿屋まで案内する!」
ブランは慌てて門を開け、馬車の前に立って走り出した。
すすむは手綱を握り直し、馬車をゆっくりと進める。
村の中は、木造の家々が並び、土壁や石造りの建物も混在していた。
人々がすすむの馬車を見てざわつき、子どもたちが興味深そうに覗き込む。
「……本当に、異世界なんだな。」
すすむは胸の奥で静かに呟いた。
やがて、村の中心部に立派な石造りの三階建ての建物が見えてきた。
ブランが振り返り、叫ぶ。
「ここだ! ハンスさんの宿屋だ!」
すすむは馬車を停め、深く息を吐いた。
「……着いた。」
異世界での最初の“仕事”を終えた瞬間だった。




