第4章 草原の救助と、初めての会話
馬車の残骸は、丘の斜面に無惨な姿で横たわっていた。
木片が散乱し、車輪は外れ、荷物らしき袋が草の上に転がっている。
すすむは息を切らしながら駆け寄り、まず御者の状態を確認した。
中年の男性――金髪を短く刈り込んだその男は、うつ伏せのまま呻き声を上げていた。
すすむはそっと肩に手を添え、体勢を整える。
「動かさないでください。まず怪我の具合を見ます。」
自然と口から出た言葉は、ホテルマンとして身についた“安心させる声”だった。
御者は苦しげに息をしながらも、すすむの声に反応し、わずかに頷いた。
すすむは素早く全身を確認する。
右腕は不自然な角度に曲がり、肋骨にも痛みがあるようだ。
そして、目の周りに血が滲んでいる。
「骨折……それに、目も……」
すすむは眉をひそめた。
応急処置が必要だ。
次に、投げ出された三人の乗客へ向かう。
若い金髪の少年、三十代ほどの男性、そして剣を帯びた青年。
三人とも気絶しており、うち二人は明らかに骨折していた。
「……これは、ひどい。」
すすむは深呼吸し、冷静さを取り戻す。
ホテルマンとして、事故現場に遭遇した経験は何度かある。
そのたびに、迅速な判断と落ち着いた行動が求められた。
「まずは、姿勢を整えて……」
すすむは周囲に散らばった馬車のフレームを拾い集め、折れた部分を添え木として利用した。
木片を布で固定し、簡易的なギプスを作る。
ホテルのバックヤードで、スタッフの怪我に応急処置をした経験が、ここで役に立った。
「……よし。」
三人の姿勢を整え終えたところで、御者がすすむを呼んだ。
「……あ、あんた……助けてくれたのか……?」
すすむは御者のそばに戻り、膝をついた。
「はい。事故を見て、急いで来ました。動かない方がいいですよ。」
御者は痛みに顔を歪めながらも、すすむの声に安心したように息を吐いた。
「……すまない……私は……ハンス。
この先の村で……宿屋をやっている……」
「宿屋……ですか。」
すすむは思わず反応した。
ホテルマンとしての血が騒ぐ。
ハンスは続ける。
「息子の……レミーも……乗っていた……あの金髪の……若いのだ……
それと……あとの二人は……村の農地を検地しに来た……政務官ローレント様と……
その助手の……マーカスだ……」
すすむは三人の顔を見比べ、ハンスの言葉を頭に刻む。
「皆さん、気絶していますが……命に別状はなさそうです。
ただ、骨折が多い。早く村に運んだ方がいいですね。」
ハンスは苦しげに頷いた。
「……助けてくれて……本当に……感謝する……
あんたは……どこの国の人だ……?」
すすむは一瞬、言葉に詰まった。
異世界に来たことを説明するわけにはいかない。
「私は……遠い国から商売のために旅をしてきた者です。
たまたま、この道を通りかかっただけです。」
ハンスは目を細め、すすむの背広姿を見つめた。
「……変わった服だな……だが……礼儀正しい……
あんたのような旅人に……助けられるとは……」
すすむは軽く頭を下げた。
「いえ、当然のことをしただけです。」
その時、遠くで風が強く吹き、草原がざわめいた。
すすむは周囲を見渡し、決断する。
「ハンスさん。
皆さんを村まで運びます。
私に、任せてください。」
ハンスは驚いたように目を見開いた。
「……あんたが……?」
すすむは頷き、車の方を振り返る。
「ええ。あの車……いえ、今は“馬車”に見えるようにします。」
自分でも何を言っているのかと思ったが、魔法《偽装LV1》の存在を思い出していた。
「……魔法を使うしかない。」
すすむは小さく息を吸い、覚悟を決めた。
異世界での最初の“ホスピタリティ”が、今まさに始まろうとしていた。




