第46章 離れへの引っ越しと、増え続ける宿の灯り
第46章 離れへの引っ越しと、増え続ける宿の灯り
政務官たちがエレニアへ戻ってから、すすむは胸の奥に小さな違和感を抱えていた。
宿の玄関を開けるたび、食堂を覗くたび、どこか以前よりも賑やかに感じるのだ。
「……なんだか、お客さんが増えてないか?」
気のせいだろうか、と最初は思った。
だが、帳場の宿帳を確認すると、やはり宿泊者数がじわじわと増えている。
「まさか……政務官の皆さんが宣伝してくれたのかな?」
そう考えると、妙に納得がいった。
あの三人は、村の宿の対応に驚き、感謝の言葉を何度も述べていた。
特にマンハイム上級政務官は、帰り際にすすむの手を握り、
「あなたのような者が、この村にいるとは……必ずまた来る」
とまで言ってくれたのだ。
その言葉が、どうやら本当になってきているらしい。
宿の稼働率は五割から六割へと上昇し、改装工事を続けるかどうか悩むほどの忙しさになっていた。
だが、改装した部屋に泊まった客からは、口々に絶賛の声が上がっている。
「暖かくて、ぐっすり眠れたよ」
「窓がしっかり閉まるって、こんなに快適なんだな」
「また泊まりたい」
その声を聞くたび、すすむは胸が熱くなった。
「……やっぱり、続けよう。」
そう決めた瞬間、リリアが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「すすむさん……あの、今使っているお部屋なんですが……」
「はい?」
「お客様が増えてきて、どうしても客室として使いたいんです。
その……離れの二階に空き部屋がありますから、もしよければ、そちらに移っていただけませんか?」
すすむは即座に頷いた。
「もちろんです。僕の部屋なんて、いつでも空けられますから。」
リリアはほっとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます。本当に助かります。」
離れは宿のすぐ隣に建っており、家族が暮らす住居だ。
二階には八畳ほどの空き部屋があり、すすむはそこへ移ることになった。
「すぐ駆けつけられる距離ですし、むしろ便利ですね。」
そう言いながら、すすむは荷物をまとめ始めた。
とはいえ――荷物はほとんどない。
替えの背広やシャツ、靴下などは、すべて収納スキルで格納してある。
手で持つ荷物といえば、メモ帳と筆記具、そして少しの生活用品だけだった。
「……引っ越しって、こんなに楽だったっけ。」
苦笑しながら離れへ向かう。
二階の部屋は、木の香りが残る落ち着いた空間だった。
窓からは宿の裏庭が見え、朝日がよく入る。
「ここなら、十分すぎるくらいだな。」
すすむは通販スキルを使い、新しい寝具を取り寄せた。
ふかふかの掛け布団と枕、清潔なシーツ。
さらに、作業用の机と椅子も調達し、部屋の隅に配置する。
「よし……これで、ひとまず生活できる。」
荷物が少ない分、準備はあっという間に終わった。
すすむは窓を開け、冷たい風を吸い込む。
宿の方からは、客たちの笑い声が聞こえてくる。
鍋をかき混ぜる音、リリアの呼びかける声、レミーが走り回る足音。
「……いい宿だな。」
そう呟くと、胸の奥にじんわりと温かいものが広がった。
ここで働くことに、誇りを感じている自分がいる。
そして、この宿をもっと良くしたいという気持ちが、日に日に強くなっている。
「さあ……次の部屋も、しっかり改装しないと。」
すすむは軽く伸びをし、宿へ戻るため階段を降りた。
新しい生活が、また静かに始まろうとしていた。




