第43章 闇夜の帰還と、宿の灯り
第43章 闇夜の帰還と、宿の灯り
アクセルを踏み込んだ瞬間、車体が低く唸り、すすむの身体はシートに押し付けられた。
ヘッドライトの光の中、ゴブリンの影が一気に迫る。
「――っ!」
鈍い衝撃。
車体がわずかに揺れ、ゴブリンが弾かれるように闇へ消えた。
しかし、終わりではなかった。
その先にも、同じように緑色の影が数体、道を塞ぐように立っている。
(止まったら囲まれる……!)
すすむは迷わずアクセルを踏み増した。
エンジンが吠え、車は矢のように加速する。
二体目、三体目――
ライトに照らされたゴブリンたちは、驚愕の表情を浮かべる間もなく跳ね飛ばされていった。
「……っはぁ……!」
息を吐き出した時、ようやく背中の緊張がほどけた。
車の速度を落とし、すすむは慎重に周囲を確認する。
(……なんとか、切り抜けた……)
夜の丘陵地帯は、昼間とはまるで別世界だ。
闇が深く、風の音すら不気味に聞こえる。
そんな中での遭遇戦は、心臓に悪すぎた。
しばらく走り続けると、見慣れた地形が近づいてきた。
丘陵地帯を抜け、草原が広がり、遠くに木の塀が見える。
「……村だ。」
胸の奥に安堵が広がる。
だが、このまま車で入るわけにはいかない。
すすむは村から少し離れた場所で車を停め、深呼吸をしてから偽装を発動した。
光が車体を包み込み、形が変わっていく。
数秒後、そこにはいつもの木製の馬車が現れた。
「よし……これで大丈夫。」
すすむは御者席に座り直し、馬車をゆっくりと村の門へ向けた。
門の前には、松明を手にしたブランが立っている。
すすむが軽く手を挙げると、ブランはすぐに気づき、笑顔で迎えた。
「おお、すすむさん! 無事に戻ったんだな!」
「はい。少し遅くなりましたが……問題ありません。」
「よかったよかった。夜は危ないからな。入ってくれ。」
ブランが門を開け、馬車は静かに村の中へ入った。
宿の裏の広場に馬車を停めると、すすむはそっと地面に降り立った。
夜風が頬を撫で、緊張がようやく完全に解けていく。
「ふぅ……」
偽装馬車を収納し、すすむは宿の裏口から中へ入った。
廊下を抜け、ロビーへ向かうと、そこにはランプの灯りの下で帳簿を整理しているリリアの姿があった。
すすむの足音に気づき、リリアが顔を上げる。
「すすむさん! お帰りなさい!」
その声には、心からの安堵が滲んでいた。
「ただいま戻りました。エレニアまでお送りして……無事に帰ってきました。」
「本当に……よかった……!」
リリアは胸に手を当て、ほっと息をついた。
「遅かったから、心配していたんですよ。
ブランも、レミーも、みんな気にしていました。」
「すみません。少し道中で……手間取ってしまって。」
ゴブリンの件を話すべきか迷ったが、
余計な心配をかけたくない気持ちが勝った。
「でも、無事で何よりです。
今日はもう休んでください。夕食は……軽いものでよければすぐに用意します。」
「ありがとうございます。でも、今日はもう大丈夫です。
少し休んで、明日に備えます。」
リリアは微笑み、すすむの肩にそっと手を置いた。
「本当に、お疲れさまでした。」
その言葉に、すすむは胸の奥が温かくなるのを感じた。
部屋に戻ると、すすむはベッドに腰を下ろし、深く息を吐いた。
(……異世界で車を走らせて、ゴブリンを跳ね飛ばす日が来るなんて……)
思わず苦笑が漏れる。
だが、今日の旅路で改めて実感した。
この世界は、危険と隣り合わせだ。
そして、自分の力は――まだまだ必要とされている。
「……明日からも、頑張らないとな。」
すすむはそう呟き、静かに目を閉じた。
宿の外では、夜風が木々を揺らし、
どこか懐かしいような音を奏でていた。




