第41章 草原を越えて、エレニアへ
第41章 草原を越えて、エレニアへ
上級政務官マンハイム、政務官ローレント、助手マーカスの三人を乗せた馬車は、
朝の澄んだ空気の中をゆっくりと走り始めた。
すすむが御者席で手綱を握り、偽装馬車は滑るように草原の道を進む。
内部には厚手のクッションと柔らかなマットが敷かれ、
エアサスペンションの効果で揺れはほとんど感じられない。
最初、三人はその快適さに目を丸くしていた。
「……揺れない……?」
「馬車とは思えん……」
「座ると沈む……なんだこの椅子は……」
驚きの声がしばらく続いたが、
やがて三人は深く座席に身を預け、
静かな揺れに身を任せるように目を閉じていった。
すすむは後ろを振り返り、三人がすっかり眠り込んでいるのを確認すると、
小さく息をついて前を向いた。
「……よかった。これならエレニアまで楽に行けそうだ。」
御者としての責任感が胸に宿る。
草原の丘陵地帯は見た目以上に道が荒れている。
だが、偽装馬車の性能と、すすむの慎重な操縦があれば問題はない。
しばらく進むと、すすむの視界に見覚えのある地形が広がった。
「……ここは……」
初めてこの世界に来た時、
車ごと落ちてきたあの草原の丘だ。
そして――
斜面の下には、いまだに壊れた馬車の残骸が散らばっていた。
木片は風雨にさらされ、色が抜け、
車輪は半ば草に埋もれている。
すすむは一瞬だけ手綱を緩め、
静かにその光景を見つめた。
(……あの時、助けられなかったら、今の自分はなかったんだよな。)
ハンス、レミー、ローレント、マーカス。
あの事故が、すべての始まりだった。
すすむは軽く頭を下げるように視線を落とし、
再び手綱を握り直した。
「行こう。」
馬車は残骸を横目に、静かに走り去っていった。
やがて道は尾根へと続き、
視界が一気に開けた。
草原の向こう側が見渡せる高台。
風が吹き抜け、馬車の幌を軽く揺らす。
すすむは遠くに目を凝らした。
丘陵地帯の先、盆地のように広がる一帯は深い森に覆われ、
その森の一角に、灰色の石壁に囲まれた中規模の町が見えた。
「……あれが、エレニアか。」
城壁の高さ、町の規模、森との位置関係。
リリアから聞いた情報と一致する。
すすむは胸の奥に小さな達成感を覚えた。
(無事に着けそうだな。)
馬車は尾根を越え、下り坂へと入る。
エアサスペンションが衝撃を吸収し、
三人は相変わらず気持ちよさそうに眠っている。
「快適すぎて、起きる気配がないな……」
すすむは苦笑しながら、慎重に手綱を操った。
森林地帯に入ると、空気がひんやりと変わった。
木々の間を抜ける風が心地よく、
鳥の声が遠くから響いてくる。
やがて、森を抜けた先に――
石垣と城壁がそびえ立つ町の入口が現れた。
エレニアの城門だ。
門の前には数人の旅人や商人が並び、
荷物検査と入場待ちをしている。
荷車を引く商人、背負い袋を抱えた旅人、
そして鎧を着た兵士たちが門番として立っている。
すすむは馬車を列の最後尾に停め、
三人を起こさないようにそっと息をついた。
「……さあ、エレニアに到着だ。」
異世界に来てから初めての“町への送迎”。
ホテルマンとしての新たな仕事が、またひとつ形になった瞬間だった。




