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第26章 看板のない宿と、新しい名前

第26章 看板のない宿と、新しい名前


翌日の朝。

すすむは、食材の確認を終えて外の空気を吸おうと、何気なく宿の外へ出た。

ひんやりとした風が頬を撫でる。

そのまま建物を眺めていると、胸の奥に小さな違和感が生まれた。


(……なんだろう、この感じ。)


視線を建物の正面に移した瞬間、すすむは思わず声を上げた。


「看板が無い!」


昨日まで気づかなかったのが不思議なくらい、宿の入口には何も掲げられていない。

ただの石造りの建物がぽつんと立っているだけだ。


すすむは急いで中に戻り、受付にいたリリアに声をかけた。


「リリアさん。宿の看板、無いんですね。」


リリアはきょとんとした顔で首を傾げた。


「ええ。王都のような大きな宿じゃないし……田舎の村の小さな宿だから、看板なんて無いのよ。」


その言葉に、すすむは眉をひそめた。


「でも、それだと……この村に宿があることに気づかず、通り過ぎてしまう旅人もいるんじゃないですか。

 お客さんが少ない理由の一つかもしれません。」


リリアは「そういうものなのかしら……」と少し戸惑いながらも、すすむの言葉に耳を傾けてくれていた。

彼女の中にも、どこか引っかかるものがあったのだろう。


★★★★★


すすむは次にレミーを呼び、同じ話をしてみた。


「レミー。宿に看板が無いって、気にならない?」


レミーは即座に頷いた。


「そうですよね。僕も前から思ってたんです。

 旅人が気づかないまま通り過ぎてるんじゃないかって。」


その言葉に、すすむは確信を得た。


(やっぱり、看板は必要だ。)


★★★★★


看板を作ると決めたすすむは、ふと大事なことに気づいた。


「レミー。この宿の正式な名前って、何なんだ?」


レミーは当然のように答えた。


「グレン村の宿だよ。」


「……そのままなんだね。」


念のためリリアとハンスにも聞いてみたが、返ってきた答えは同じだった。


「グレン村の宿。」


名前というより、説明文に近い。


すすむは腕を組み、しばらく考え込んだ。


「せっかくだし、もっと親しみやすい名前にしませんか。

 旅人が覚えやすくて、呼びやすい名前がいいと思うんです。」


リリアとレミーは顔を見合わせ、少し照れくさそうに笑った。


「そんなこと考えたことなかったわ。」

「でも、いいかもしれない。」


★★★★★


三人でテーブルを囲み、いくつか候補を出し合った。


「グレン・ロッジ。」

「森の宿グレン。」

「グレン・ハウス。」

「旅籠グレン。」


どれも悪くはないが、どこかしっくりこない。


すすむは、ふとホテル時代の感覚を思い出した。


「“イン”って言葉はどうですか。旅人向けの宿って意味があります。

 “グレンイン”とか。」


その瞬間、リリアの表情がぱっと明るくなった。


「グレンイン……いい響きね。」

「うん。覚えやすいし、かっこいい。」とレミーも賛成する。


最終的に、三人の意見は一致した。


「じゃあ、この宿の名前は……“グレンイン”にしましょう。」


リリアは胸に手を当て、しみじみと呟いた。


「なんだか……新しい宿になったみたいで、嬉しいわ。」


すすむは微笑みながら頷いた。


「これから、この“グレンイン”をもっと良い宿にしていきましょう。」


こうして、看板の無かった宿は、初めて“名前”を持つことになった。

その名は――グレンイン。


小さな村の宿に、新しい風が吹き始めていた。

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