第23章 朝の食卓と、癒やしの奇跡
第23章 朝の食卓と、癒やしの奇跡
翌朝。
まだ外の空気がひんやりとしている時間帯に、すすむはいつものように厨房へ立った。
宿の一日は、彼の朝食づくりから始まる。
「今日は……パンを中心にした朝食にしよう。」
そう呟きながら、すすむは焼き上げておいたパンを確認する。
くるみと干しブドウを練り込んだ食パンは、表面がこんがりと色づき、甘い香りがふわりと漂っていた。
バターロールはふっくらと膨らみ、指で押すと柔らかく戻る。
「わあ……今日もいい匂いね。」
リリアが厨房に顔を出し、目を輝かせた。
「リリアさん、今日も一緒にやりましょう。盛り付けも覚えておくと便利ですよ。」
「もちろん。すすむさんの料理、全部覚えたいもの。」
リリアは笑顔で答え、すすむの横に並ぶ。
朝食のメニューは、
・くるみとブドウの食パン
・バターロール
・グリーンサラダ
・ボルシチ
・カリカリベーコン
・スクランブルエッグ
色彩も香りも豊かで、朝から贅沢な食卓になりそうだ。
すすむはベーコンを薄く切り、弱火でじっくりと脂を落としながら焼く。
パリッとした食感になるまで丁寧に火を通すと、リリアが感嘆の声を漏らした。
「こんなに薄く切るなんて……どうやってるの?」
「包丁の角度と、肉の温度ですね。慣れれば誰でもできますよ。」
スクランブルエッグは、ふわふわに仕上げるために火加減を細かく調整する。
リリアは真剣な表情でその手元を見つめていた。
「すすむさんの料理って、見てるだけで楽しいわ。」
「そう言ってもらえると嬉しいです。」
二人で協力しながら皿を並べ、温かいボルシチを注ぎ、パンを籠に盛る。
準備が整うと、リリアは給仕としてロビーへ向かった。
★★★★★
冒険者四人はすでに席についていた。
リリアが料理を運ぶと、皆が一斉に歓声を上げる。
「なんだこの香りは……朝から豪勢だな!」
剣士グラントが目を丸くする。
「パンがふわふわ……こんなの初めて。」
斥候ミーシャは、パンを手に取りながら感心している。
僧侶クラレスは、ボルシチを一口飲んで目を細めた。
「体が温まる……優しい味ですね。」
魔法使いセレスは、落ち着いた声で言った。
「旅の途中で、これほど丁寧な朝食をいただけるとは思いませんでしたよ。」
リリアさんが政務官と助手分は部屋に運んだが、
帰ってきてから、「昨日に続いて上機嫌だわ。」と話していた。
宿の空気は、朝から明るく温かい。
★★★★★
食事がひと段落した頃、リリアが厨房に戻ってきた。
どこか照れくさそうに、しかし嬉しそうに微笑んでいる。
「すすむさん……冒険者の方たちに褒められちゃった。
給仕が丁寧だって。それに、料理もすごく美味しいって。」
「それは良かったですね。リリアさんの接客がいいからですよ。」
「ふふ……ありがとう。」
リリアは少し頬を赤らめた後、思い出したように言った。
「それでね、僧侶のクラレスさんが……実はかなり高位の僧侶らしくて。
お礼に、怪我人の治療をしてくれるって。」
すすむは驚き、思わず手を止めた。
「治療を……?」
「ええ。政務官様とマーカスさん、それにハンスさんとレミーのところへ行くって。」
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クラレスは仲間に「ちょっと行ってきますね。」と声をかけ、二階へ向かった。
すすむとリリアも後を追う。
政務官と助手の部屋に入ると、クラレスは静かに祈りの姿勢を取った。
手のひらから淡い光が広がり、部屋全体が温かい空気に包まれる。
「ミドルヒール!」
その声とともに、光が二人の体へ吸い込まれていく。
骨折していたはずの腕や足が、みるみるうちに正常な形へ戻っていった。
「……おお……痛みが……ない……!」
ローレントが驚きの声を上げる。
「歩ける……本当に……治っている……!」
マーカスも感動で震えていた。
次にレミーの部屋へ向かう。
クラレスは同じように祈りを捧げ、ミドルヒールを唱える。
「わっ……! 足が……軽い……!」
レミーは飛び跳ねそうな勢いで喜んだ。
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最後に、ハンスの部屋へ。
クラレスは慎重に彼の顔を覗き込み、静かに首を振った。
「……目の治療は、ミドルヒールでは無理です。
“ハイヒール”でないと治せません。」
「ハイヒール……?」
すすむは聞き慣れない言葉に眉をひそめる。
クラレスは説明した。
「高位の治癒魔法です。私はまだ習得していません。
王都の大神殿にいる大僧正クラスでないと……。」
ハンスは苦笑しながら言った。
「いや……歩けるようになっただけで十分だ。
クラレス殿、本当にありがとう。」
クラレスは深く頭を下げた。
「力不足で申し訳ありません。でも、必ず治せる人はいます。
希望を捨てないでください。」
ハンスは穏やかに頷いた。
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政務官、助手、レミー、そしてハンス。
四人とも、昨日までとは比べものにならないほど元気になった。
ハンスは目こそ見えないものの、杖を使えば自力で歩ける。
すすむは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(よかった……本当に、よかった)
異世界に来てから、救助、料理、設備づくりと、できることを必死にやってきた。
その結果、こうして人々が笑顔になってくれる。
それが、すすむにとって何よりの報酬だった。
「すすむさん。」
リリアがそっと声をかける。
「あなたのおかげで、この宿……少しずつ変わってきてるわ。」
すすむは照れくさく笑いながら答えた。
「いえ、僕はただ……できることをしているだけですよ。」
だがその言葉とは裏腹に、胸の奥には確かな手応えがあった。
この世界でも、自分の“おもてなし”は誰かの力になれる。
そう思えるだけで、すすむの足取りは軽くなるのだった。




