第18章 商人夫婦の来訪と、宿屋の新たな評判
第18章 商人夫婦の来訪と、宿屋の新たな評判
すすむがこの村に来てから5日。
政務官ローレントと助手マーカス以外、宿屋に客は一人も来なかった。
村は小さく、旅人が通ることも滅多にない。
宿屋の食堂は静かで、油ランプの炎だけが揺れている。
だが、その日の午後。
宿屋の前に、一台の立派な馬車が止まった。
「リリアさん、お客さんです!」
ブランの声に、リリアが慌てて玄関へ向かう。
すすむも後ろから様子を見守った。
馬車から降りてきたのは、身なりの良い男女。
男性は上質な布のコートを羽織り、女性は宝石のついた髪飾りをつけている。
「貴族……ですか?」
すすむが小声で尋ねると、リリアは首を振った。
「いえ、あの方々は商人ですよ。
王都と地方を行き来する、大きな商会の方だと思います。」
商人夫婦は丁寧に挨拶をし、宿泊を希望した。
リリアは笑顔で応じ、すすむに小声で指示する。
「白谷さん、馬車を……あなたの馬車の隣に停めてほしいそうです。」
「わかりました。」
すすむは外に出て、商人の旦那に馬車置き場を案内した。
旦那は礼儀正しく、馬の扱いにも慣れている。
その間、夫人は宿帳に名前と出身地を書いていた。
筆記具は羽ペンとインク。
夫人は慣れた手つきで、優雅に文字を綴る。
「王都の北区から参りました、アリシアと申します。」
リリアは丁寧に頷き、古めかしい鍵を取り出した。
「こちらが、お部屋の鍵になります。
三階の一番奥のお部屋です。」
そして、すすむにも鍵が渡された。
「白谷さん、食事の準備をお願いします。
今日のお客様は……きっと舌が肥えていると思います。」
すすむは頷き、時計を確認した。
正午を過ぎており、魔力はMP9まで回復している。
(よし……食材を調達しよう。)
通販魔法を開き、保存も考えて多めに購入する。
約10万円分の食材が、MP5で手に入るのはありがたい。
・新鮮な牛肉
・玉ねぎ、じゃがいも、にんじん
・サラダ用の葉物野菜
・フランスパン
・リンゴ
・バター、牛乳、香辛料
すすむは食材を抱え、厨房へ戻った。
★★★★★
「リリアさん、今日は少し本格的な料理を作りましょう。」
「は、はい……頑張ります!」
すすむは、まずコーンスープから教えた。
玉ねぎを炒め、コーンと牛乳を加えて煮込み、裏ごしする。
「こんなに手間がかかるんですね……!」
「その分、味に深みが出ますよ。」
次にグリーンサラダ。
野菜を丁寧に洗い、ドレッシングを作る。
フランスパンは軽く温め、香りを引き立てる。
そしてメイン――ステーキのグレービーソース掛け。
肉を焼き、肉汁を使ってソースを作る。
「こ、こんなに複雑なんですか……!」
「慣れれば簡単ですよ。」
最後に焼きリンゴ。
芯をくり抜き、バターと砂糖を詰めて焼く。
リリアは汗をかきながらも、必死にすすむの指示に従った。
「……できました!」
すすむは味を確認し、満足げに頷いた。
「とても良くできています。
これなら、きっと喜んでもらえますよ。」
★★★★★
夕食の時間。
商人夫婦の前に、リリアが震える手で料理を運んだ。
「お待たせいたしました……本日の夕食です。」
夫婦は皿を見た瞬間、息を呑んだ。
「……これは……王都の高級店でも見ない盛り付けだわ。」
旦那はステーキを一口食べ、目を見開いた。
「……っ!
これは……王都の一流レストランでも作れん……!
なんという味だ……!」
夫人も焼きリンゴを口にし、感嘆の声を漏らす。
「信じられない……
こんな村で、こんな料理が食べられるなんて……!」
旦那は興奮気味にリリアへ身を乗り出した。
「このレシピ……売っていただけませんか?
金ならいくらでも払います!」
リリアは困ったようにすすむを見る。
すすむは静かに首を振り、丁寧に答えた。
「申し訳ありません。
このメニューは、貴族との契約料理でして……
第三者にお教えすることはできないのです。」
旦那は残念そうに肩を落としたが、無理強いはしなかった。
「……そうですか。
ならば仕方ない。
しかし、素晴らしい料理でした。
ごちそうさまです。」
夫婦は満足げに部屋へ戻っていった。
★★★★★
食堂に戻ると、リリアが深く息を吐いた。
「白谷さん……本当に、ありがとうございました。
あんなに喜んでいただけるなんて……」
すすむは微笑み、皿を片付け始めた。
「リリアさんの努力の成果ですよ。
今日の料理は、とても良かったです。」
二人は静かに食器を洗い、片付けを終えると、
宿屋の夜はゆっくりと更けていった。




