第111章 エレニア商業ギルドの暗躍
第111章 エレニア商業ギルドの暗躍
グレン村が急速に発展し、市場が整備され、GOC――グレン卸売りセンターが誕生した頃。
その動きは、遠く離れた大都市エレニアにある「エレニア商業ギルド本部」にも届いていた。
エレニア商業ギルドは、王国最大の商業組織であり、物流・卸売り・融資・価格調整など、あらゆる商業活動を支配する巨大な利権構造を持つ。
その頂点に立つのが――ギルドマスター、マーサ・エレニアである。
彼女は、表向きは慈善家であり、商人たちからの信頼も厚い。
しかし裏では、利益のためなら暗殺・破壊工作・買収を平然と行う冷酷な女だった。
重厚な扉が閉じられ、会議室には緊張した空気が漂っていた。
長いテーブルの中央に座るのは、黒いドレスを纏ったマーサ。
その瞳は冷たく、鋭く、まるで獲物を見据える猛禽のようだった。
「……では、報告を」
マーサの一言で、書記官が資料を広げた。
「グレン村の市場が急速に拡大しております。
特に、GOC――グレン卸売りセンターの設立が大きな要因です」
「GOC……?」
幹部の一人が眉をひそめる。
「はい。市場の店主たちが連合し、共同で仕入れ、物流、融資を行う組織です。
実質的に、商業ギルドの機能を一部代替している状態です」
「ふざけた真似を……!」
別の幹部が机を叩いた。
「そんな組織を放置すれば、他の村も真似をするぞ。
商業ギルドの影響力が弱まるではないか!」
マーサは、静かに指を組んだ。
「問題は、その中心人物でしょう?」
「はい。
“すすむ”という男です。
宿泊施設群を管理し、建物を瞬時に建てる能力を持つと報告されています」
「瞬時に建てる……?」
「信じがたい話ですが、現地の商人たちの証言は一致しております」
幹部たちはざわついた。
マーサは、ゆっくりと立ち上がり、窓の外を見つめた。
「……放置すれば、我々の利権は崩壊する。
芽のうちに摘まねばならないわね」
その声は、氷のように冷たかった。
マーサが手を上げると、扉が開き、黒いローブをまとった男が入ってきた。
「調整部長、来なさい」
「は。お呼びとあらば」
調整部――エレニア商業ギルドの裏の顔。
表向きは「紛争調整」を行う部署だが、実態は暗殺・破壊工作を専門とする闇の部隊だった。
「対象は、グレン村の宿泊施設管理者“すすむ”。
能力は不明だが、建築に関する特殊な力を持つらしい」
「……厄介ですね」
「まずは情報収集を。
直接手を下すのは、その後でも遅くはないわ」
「承知しました」
調整部長は深く頭を下げ、静かに部屋を後にした。
こうして、エレニア商業ギルドの暗い影が、グレン村へ向けて動き出した。
★★★★★
数日後。
グレン村の市場に、見慣れない旅人風の男たちが紛れ込んでいた。
彼らは、エレニア商業ギルドの密偵だった。
「……すごい賑わいだな」
「これが、あのGOCか」
市場の中は、冬にもかかわらず活気に満ちていた。
プレハブ特大の建物内は暖かく、店主たちが笑顔で客を迎えている。
鍛冶屋集団「鋼の匠」の武器防具店には冒険者が列を作り、
食料品店には村人や商人がひっきりなしに訪れていた。
「物流も整っている……。
これでは、商業ギルドの卸売りが入り込む余地がない」
「宿泊施設も……なんだこれは。
ビジネスホテルC? 12階建て……?」
密偵たちは、すすむが作り上げた施設群を見て、驚愕していた。
「……本当に、建物を瞬時に建てたのか?」
「信じられんが、証拠が揃いすぎている」
密偵たちは、すすむの行動パターンを探ろうとしたが――。
「……あの女、厄介だな」
すすむの周囲には、常にマリーがいた。
鋭い目つきで周囲を警戒し、密偵が近づこうとすると、すぐに視線を向けてくる。
「護衛か……? ただ者ではないな」
「王女の護衛をしていたという噂もある」
「……厄介だ」
密偵たちは、すすむに近づくことができず、情報収集は難航した。
密偵の報告を受け、エレニア商業ギルド本部では再び会議が開かれた。
「……つまり、GOCは我々の利権を脅かす存在であり、
すすむという男は、その中心にいる……と」
「その通りです」
幹部たちは険しい表情で資料を見つめていた。
「しかし、護衛がいるのだろう?
王女の護衛経験者となれば、下手に手を出せば王国に睨まれる」
「慎重に動くべきだ」
「いや、今潰さねば手遅れになる!」
会議室は、慎重派と強硬派の意見で割れた。
マーサは、しばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
「……両方やりましょう」
「両方……?」
「内部から揺さぶりをかけると同時に、暗殺計画も進める。
どちらかが成功すればよいわ」
その言葉に、幹部たちは息を呑んだ。
エレニア商業ギルドは、GOC内部にスパイを送り込むことを決定した。
「資金援助」を餌に、一部の店主を買収しようとする。
また、物流網を妨害し、GOCの信用を落とす計画も立てられた。
「GOCが内部から崩れれば、村の発展は止まる。
すすむという男も、ただの宿屋の主人に戻るでしょう」
幹部たちは、冷笑を浮かべた。
★★★★★
一方、調整部では暗殺者の選定が進んでいた。
「毒の専門家、遠距離攻撃の達人、変装のプロ……
この三名を候補とします」
「護衛は一名。
侵入経路は窓か屋根からが妥当だ」
「ただし、護衛の女は侮れません。
王女の護衛経験者……暗殺者を返り討ちにする可能性もあります」
「ならば、二段構えで行きなさい」
「承知しました」
調整部の暗殺者たちは、静かに準備を進めていった。
★★★★★
夜。
マーサは一人、豪奢な執務室で資料を見つめていた。
グレン村の発展。
GOCの成長。
すすむという男の存在。
「……あの村が都市に成長すれば、商業ギルドの時代は終わる」
マーサは、震える手で資料を握りしめた。
「何としても……芽のうちに摘まねばならない」
その目には、恐怖と焦り、そして強烈な支配欲が宿っていた。
★★★★★
翌日。
夜の街道を、一人の男が歩いていた。
黒い外套をまとい、顔を覆い、気配を消している。
「ターゲットは、グレン村の宿泊施設管理者“すすむ”。
護衛は一名。
任務は三日以内に完了させる」
男は、闇に溶けるように姿を消した。
一方、グレン村では――。
マリーが、すすむの部屋の前で静かに見張りを続けていた。
「……来るなら来なさい。
私は、すすむさんを守る」
その瞳には、強い決意が宿っていた。
こうして、エレニア商業ギルドの暗躍は本格的に動き出し、
グレン村に新たな影が忍び寄ろうとしていた。




