第107章 ──ハーフエルフの剣士、マリー
第107章 ──ハーフエルフの剣士、マリー
ギルドの執務室に呼ばれたわけでもなく、ただ廊下を歩いていたすすむに、ギルバートが突然声をかけてきた。
「おい、すすむ」
振り返ると、いつもの豪快な顔。
だが、その表情にはどこか探るような色があった。
「お前、1人で遠くから来て、これだけ活躍して、体調は大丈夫なのか?」
「えっ?」
すすむは思わず固まった。
ギルバートが、すすむの体調を気遣うような言葉をかけてくるなど、想像したこともなかった。
(ギルマスが……俺のことを心配してる?)
驚きと、少しの照れが胸に広がる。
ギルバートは腕を組み、咳払いをひとつした。
「実は、紹介したい奴がいるんだ。独身の冒険者でな」
「?!」
すすむは、さらに固まった。
豪快でぶっきらぼうなギルバートが、まさか“紹介”などという言葉を使うとは。
「ボルトンの妹でな。セシリア王女の護衛の女騎士をしていたんだが……ちょっと理由があって、今は冒険者をしている」
「??!」
すすむの脳裏に、赤い長髪を振り乱し、豪快に笑う元剣士ギルマス──ボルトンの顔が浮かんだ。
(あのボルトンさんの……妹?)
ギルバートは続ける。
「護衛の女騎士だが、王女の世話をしていただけあって、気が利く。何でもできる。だから、お前に紹介するんだ。
いま、この村のダンジョン探索に来ている」
ギルバートの熱意は珍しく、押し切られるようにして、すすむは会うことを承諾した。
★★★★★
夕暮れ時。
グレンホテルのバーは、旅人や冒険者が静かに酒を楽しむ落ち着いた空間だった。
すすむは、指定された席に座り、紅茶を飲みながら待っていた。
(ボルトンさんの妹……どんな人なんだろう)
緊張というより、純粋な興味が勝っていた。
扉が開き、ギルバートが入ってくる。
その後ろに──鎧を着た女性が一人。
すすむは息をのんだ。
金髪が肩のあたりで揺れ、光を受けて柔らかく輝いている。
そして、耳が……少し長い。
「え?」
ギルバートが紹介する。
「マリーだ」
「マリーです。はじめまして」
柔らかな声だった。
顔立ちはどこかボルトンに似ているが、雰囲気はまるで違う。
すすむは思わず立ち上がり、軽く会釈した。
三人で席に座り、紅茶とクッキーのセットを頼む。
ギルバートが言った。
「お前の言いたいことは分かっている。ボルトンに似ていないだろ」
「……ああ」
「実はマリー、異母姉妹だからな」
すすむは驚きながらも、納得した。
「あの、ボルトンさんの妹なんですよね?」
「そうだ。母親は人間だが、彼女の母親はエルフ族だ。父親が同じというわけだ」
すすむは目を丸くした。
(エルフ……初めて見た)
ドワーフは何度も見てきたが、エルフは初めてだ。
耳が長いのはその証拠だろう。
「エルフの領はここから遠いからな」とギルバートが補足する。
すすむは、マリーがボルトンより明らかに若く見える理由を理解した。
ハーフエルフ──寿命も成長速度も人間とは違う。
マリーは微笑んだ。
「すすむさんですね。活躍は聞いています。魔導士だと」
「……まあ、そうですね」
ギルバートは途中で席を立ち、どこかへ行ってしまった。
二人きりになり、すすむは少し緊張したが、マリーは丁寧で落ち着いた口調で話し始めた。
「私は、王女セシリア様の護衛騎士をしていました。幼い頃から剣を学び、王宮で育ちました」
「護衛騎士……すごいですね」
「いえ、そんな……。ただ、父の影響もあって、剣だけは得意なんです」
マリーは少し照れたように笑った。
「でも、魔法はまったく使えません。父の血を引いたのかもしれませんね」
「えっ、エルフって魔法が得意なんじゃ……?」
「普通はそうなんですが……私はなぜか、魔法だけは全然だめで」
マリーは肩をすくめた。
(魔法が使えないハーフエルフ……珍しいな)
すすむは興味深く聞いていた。
「王女の護衛を辞めたのは……理由があるんですか?」
マリーは一瞬だけ目を伏せた。
「……はい。でも、それはまたいずれ」
無理に聞くべきではないと悟り、すすむは話題を変えた。
マリーは、剣士とは思えないほど物腰が柔らかく、丁寧だった。
クッキーをすすめる仕草も、カップを持つ指先も、どこか上品で、育ちの良さがにじみ出ている。
「すすむさんは、普段どんな魔法を?」
「えっと……建設や調達魔法が中心ですね。」
「すごい……。私は剣しかできないので、魔法が使える方は尊敬します」
「いや、そんな……」
すすむは照れながらも、心のどこかで嬉しかった。
マリーはよく気が回り、すすむが言葉に詰まると、自然に話題を変えてくれる。
その優しさに、すすむは次第に心を開いていった。
★★★★★
夜も更け、バーの客がまばらになった頃。
マリーは席を立ち、軽く頭を下げた。
「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「こちらこそ……」
「また、お会いできたら嬉しいです」
その言葉に、すすむの胸が少し熱くなった。
ギルバートが戻ってきて、にやりと笑う。
「どうだ、悪くないだろ」
「……まあ」
「まあ、じゃねえよ。お前、顔がにやけてるぞ」
「にやけてません!」
ギルバートは豪快に笑った。
★★★★★
その後、すすむとマリーは何度か会い、話をするようになった。
マリーは剣士としての実力も高く、冒険者としても優秀だった。
だが、それ以上に──
優しく、気が利き、話していて心地よい。
すすむは、気づけば彼女のことを考える時間が増えていた。
そして、ある日の帰り道。
マリーがふと立ち止まり、すすむを見上げた。
「すすむさん……もしよければ、その……これからも一緒に過ごす時間を増やしたいです」
すすむは驚き、そしてゆっくりとうなずいた。
「……うん。俺も、そう思ってた」
マリーは嬉しそうに微笑んだ。
こうして──
すすむは、ハーフエルフの剣士・マリーと付き合うことになった。




