第105話 温泉引き込み・大浴場稼働、そして開業へ
第105話 温泉引き込み・大浴場稼働、そして開業へ
温泉の試掘に成功した翌朝。
グレン高級旅館の裏手には、まだ湯気がほのかに漂っていた。
地中深くから湧き上がる温泉は、安定した温度と湧出量を保っており、
すすむはそのデータを確認しながら静かに頷いた。
「……これなら、旅館の大浴場へ引き込むことが可能でございますね」
すすむの落ち着いた声に、隣で見守っていたハンスが大きく息を吐いた。
「本当に温泉が出るとは……。すすむさん、あなたはやっぱりすごいよ」
すすむは控えめに微笑んだ。
「いえ。皆さまのお力添えがあってこそでございます。
本日は、この温泉を旅館の大浴場へ引き込む作業を進めて参ります」
リリアが興奮気味に手を合わせた。
「ついに……本物の温泉旅館になるのね」
レミーは跳ねるように喜んでいる。
「すすむさん、今日から温泉に入れるの?」
すすむは優しく笑った。
「本日は準備作業がございますので、入浴は夕方以降になるかと存じます。
しかし、楽しみにしていてくださいね」
旅館の裏手には、温泉源から旅館へ向けて配管を通すための空き地が広がっている。
すすむは大型重機スキルを発動し、地面に沿って正確な溝を掘り始めた。
魔力制御による重機は、騒音も振動もほとんどない。
まるで地面が静かに割れていくような滑らかさだった。
ハンスはその様子を見て、感嘆の声を漏らした。
「すすむさん……これ、本当に重機なのか? 音がほとんどしないぞ」
「魔力制御により、必要最低限の力で掘削しております。
周囲の建物に影響を与えないよう、配慮してございます」
リリアは目を丸くしている。
「こんなに静かなら、街の人たちも安心ね」
すすむは頷きながら、掘削の深さと角度を微調整した。
「温泉の温度は高めでございますので、途中に熱交換器を設置し、
適温に調整してから大浴場へ送る予定でございます」
「そんなことまで考えてくれていたのね……」
リリアは感心しきりだった。
掘削が終わると、すすむは収納から配管材を取り出し、丁寧に敷設していった。
魔力で接合部を密閉し、漏れのないよう慎重に作業を進める。
レミーは興味津々で、すすむの手元を覗き込んでいた。
「すすむさん、これが温泉の通り道?」
「はい。こちらを通って、旅館の大浴場へ温泉が流れて参ります」
「すごい……!」
すすむは微笑みながら、最後の接合部を固定した。
「これで配管は完了でございます。
次は、屋上の大浴場で最終調整を行います」
屋上の大浴場は、旅館の中でも特に力を入れた設備だ。
半ガラス張りの内湯と、景色の良い露天風呂。
そこに温泉が流れ込めば、まさに“高級温泉旅館”となる。
すすむは配管の最終接続を行い、魔力で水圧と温度を調整した。
「では、温泉を流して参ります」
すすむがバルブを開くと、地中から温泉が勢いよく流れ込み、
湯船に白い湯気が立ち上った。
硫黄の香りがほのかに漂い、リリアが思わず声を上げた。
「……これぞ温泉ね」
ハンスは湯気の向こうを見つめながら、深く頷いた。
「街の名物になるぞ、これは」
すすむは湯質を確認し、丁寧に説明した。
「泉質は柔らかく、肌に優しいタイプでございます。
長湯しても疲れにくい、良い温泉かと存じます」
レミーは湯気に手を伸ばしながら、嬉しそうに笑った。
「すすむさん、早く入りたい!」
「ふふ……夕方にはご利用いただけますよ」
温泉の引き込みが完了すると、旅館は開業に向けて一気に動き出した。
すすむはロビー、客室、宴会場、厨房、娯楽室など、館内を隅々まで確認し、
必要な備品を配置していった。
「案内板は少し大きめにいたしましょう。
初めてのお客様が迷われないように」
「はい、すすむさん!」
ハンス夫妻はすすむの指示に従い、スタッフと共に準備を進める。
リリアは厨房で食器の配置を確認し、
「これなら団体のお客様にも対応できるわね」と満足げに頷いた。
レミーは娯楽室のスマートボールや卓球台を磨き、
「開業の日に、みんなに遊んでもらうんだ!」と張り切っている。
すすむはその姿を見て、静かに微笑んだ。
「皆さまの努力が、旅館をより良いものにしてくださっていますね」
準備がすべて整った頃には、すっかり日が暮れていた。
旅館の灯りが街を優しく照らし、通りを歩く人々が足を止めて見上げている。
「すごい……」
「明日、開業なんだって」
「温泉もあるらしいぞ」
すすむは屋上に立ち、夜風に当たりながら街の様子を眺めた。
「……いよいよ明日でございますね」
背後からハンスが歩いてきた。
「すすむさん。明日が楽しみだな」
すすむは静かに頷いた。
「皆さまに喜んでいただけるよう、最善を尽くします」
二人はしばらく夜景を眺め、静かな時間を共有した。
★★★★★
翌朝。
旅館の前には、開業を祝うために街の人々が集まっていた。
ハンスが代表として挨拶を行い、
「この旅館は街の宝です」と力強く宣言した。
すすむは控えめに一礼し、拍手を受けた。
リリアは厨房で朝食の準備を進め、
レミーは受付で元気に挨拶している。
「いらっしゃいませ!」
すすむはロビーで客を迎え、丁寧に案内した。
「本日はご来館いただき、誠にありがとうございます。
どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」
開業初日には、街の商人、旅の冒険者、役人など、
さまざまな客が訪れた。
客室の和モダンな造りに、皆が驚きの声を上げる。
「畳なのにベッド……これは快適だ」
「王都の高級宿にも負けないな」
宴会場では商人たちが会合を開き、
カラオケ室では若者たちが歌を楽しんでいる。
娯楽室では卓球やスマートボールで盛り上がり、
旅館はまるで祭りのような賑わいだった。
夕方になると、屋上の大浴場に客が集まり始めた。
湯気の中で歓声が上がる。
「これは……本物の温泉だ!」
「景色が素晴らしい!」
すすむは湯温や水量を遠隔で調整し、快適な環境を維持した。
「本日は湯量をやや多めに設定しております。
お客様が多くても、快適にご利用いただけるかと存じます」
ハンス夫妻は感動し、レミーは「私も入りたい!」と騒いでいる。
お食事処では、リリアが腕を振るった料理が並び、
客たちが絶賛していた。
「こんな料理、初めて食べた!」
「また来たいな」
宴会場では地元の楽団が演奏し、
旅館は笑顔と歓声に包まれていた。
すすむは館内を巡回し、丁寧に声をかけた。
「ご不便はございませんか」
「お部屋の温度は快適でございますか」
客たちは口々に「完璧だ」と答えた。
深夜。
客たちが部屋に戻り、旅館は静けさを取り戻した。
すすむはロビーで一日の記録をまとめ、深く息を吐いた。
「……無事に終えることができましたね」
ハンス夫妻が現れ、すすむに感謝を伝えた。
「すすむさんがいなければ、ここまでの旅館にはならなかった」
すすむは控えめに微笑んだ。
「皆さまの努力があってこそでございます。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします」
すすむは夜空を見上げながら、旅館の未来を思った。
街の発展、観光客の増加、
そして新たな施設建設の可能性。
「……まだまだ、やるべきことは多いですね」
静かに呟き、すすむはロビーの灯りを落とした。
グレン高級温泉旅館の新たな歴史が、
今、始まったばかりだった。




