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第9章 異世界の部屋と、初めての夜

第9章 異世界の部屋と、初めての夜


三階の客室に案内されたすすむは、扉を開けた瞬間、思わず息を呑んだ。


部屋は、まるで中世ヨーロッパの宿屋をそのまま切り取ったような空間だった。

壁は土壁で、ところどころに木の骨組みが見えている。

床は粗い木材で、歩くたびにぎしぎしと音が鳴った。


そして、部屋の中央には――

わらを詰めただけのベッドが置かれていた。


「……これが、この世界の寝具か。」


すすむはベッドに手を触れた。

わらがぎっしり詰まっているが、表面は布で覆われているだけで、硬さがそのまま伝わってくる。

ホテルマンとして、寝具の質には敏感だ。

このベッドが快適とは言い難いことは、触れただけでわかった。


「まあ……仕方ないか。」


すすむは苦笑し、部屋を見回した。


テーブルは木の枝を組んだだけの簡素なもの。

椅子も同じく粗末で、座るとぎしぎしと軋む。

窓は木枠に薄い布が張られているだけで、隙間風が容赦なく吹き込んでくる。


「寒いな……」


すすむは背広の襟を立て、窓の隙間を手で押さえてみたが、どうにもならない。

この世界にはガラスが普及していないのだろう。


部屋の隅には、小さなランプが置かれていた。

油を使ったランプらしく、弱々しい炎が揺れている。


「電気も……もちろんないか。」


すすむはランプの光を見つめながら、改めて自分が異世界に来たことを実感した。


「……本当に、別の世界なんだな。」


ベッドに腰を下ろすと、わらの硬さがそのまま背中に伝わる。

寝心地は決して良くない。

毛布も羊毛で作られたものらしく、肌に触れるとチクチクした。


「これは……慣れるまで大変だ。」


すすむは苦笑しながら、背広を脱いで丁寧に畳んだ。

ホテルマンとしての習慣は、異世界でも変わらない。


しばらくすると、扉が軽くノックされた。


「白谷さん、夕食ができましたよ。」


リリアの声だ。


すすむは立ち上がり、部屋を出て階段を降りた。


一階の食堂には、木製のテーブルが並び、壁にはランプが灯されている。

素朴だが、温かみのある空間だった。


リリアが皿を運んできて、すすむの前に置いた。


「今夜は、ベーコンとサワークラウト、それからパンです。

エールもありますが……どうされますか?」


すすむは一瞬戸惑った。


「エール……?」


この世界では、酒といえばエールなのだろう。

だが、今は落ち着きたい気持ちが強かった。


「水をいただけますか。」


「はい。井戸水ですが、飲めますよ。」


リリアは木製のジョッキに水を入れて持ってきた。


すすむは料理を口に運んだ。


ベーコンは塩気が強く、ハーブの香りがかすかにする。

サワークラウトのような漬物は酸味が強く、パンは固くて噛み応えがある。


「……これが、この世界の食事か。」


すすむは静かに味わいながら、異世界の文化を受け入れようとしていた。


食事を終えると、すすむはリリアに丁寧に礼を述べ、部屋へ戻った。


ランプの弱い光が部屋を照らし、外からは風の音が聞こえる。

すすむはわらのベッドに横になり、毛布をかけた。


「……疲れたな。」


目を閉じると、今日一日の出来事が頭の中を駆け巡る。

事故、異世界、馬車の救助、村への到着――

あまりにも急激な変化に、心が追いつかない。


だが、疲労が勝り、すすむの意識はゆっくりと沈んでいった。


異世界での最初の夜は、静かに更けていく。


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