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菅野店長と川崎さん

プリン連続窃盗事件

作者: 桐谷 光
掲載日:2026/02/03

 朝。息子二人をそれぞれ幼稚園と小学校まで送り届けた。八時すぎに朝から開店しているパン屋に寄って、大好きなプリンを買うのが最近のルーティーン。ホームセンターデイリーワン徳島中央店に八時四十分くらいについて、九時に出勤。

 私はシングルマザーのパート従業員。土日祝休み。六時に退勤したら、二人を児童館に迎えに行く。

 毎日は目まぐるしく過ぎていく。家に帰り夕食を作って、お風呂に二人を入れて、子供と遊んで一日が終わる。私の至福の時間は、職場休憩中のプリン。子どもと過ごすのも好きだけど、腹が立ってイライラするときもある。そんな時は明日のプリンを思い出すことにしている。すると、怒りも収まる。私だけのプリン。二人には内緒の秘密のプリンだ。

 出勤したら休憩室へと続く長い階段を上る。

 更衣室前でMKに会った。MK。

「マジで消えろ」の略。パワハラ菅野店長。

「おはようございます。昨日は大変申し訳ございませんでした」

 深々と頭を下げた。昨日下の子が熱を出したのだ。幼稚園から連絡があって早退した。

「三好。お前さあ、マジで使えねえような。これで今月、何回目?ざけんじゃねえぞ」

 MKの二才の一人息子も、しょっちゅう熱を出して保育園を休んでいることは知っている。だから国府店で働いている社員、フロアマネージャーの奥さんもよく休んでいる。この男、よく言うよ。どの口が言っているのか。顔をあげて、見た。ああ、その口ね。

「殺すぞ」

「すいません」

 もう一度、勢いよく頭を下げた。

 これって、殺されるようなこと?まじで消えろ。MKが。

 MKが視界から消えてから、おもむろに 瓶に入ったカラメルソース濃いめのプリンを出した。冷蔵庫の扉を開ける。カラメルちゃん、あとでね。心の中でおいしくなるおまじないをして、奥に入れると扉を閉めた。MKめ。プリンごと食べて成敗してやる。


 1時。休憩の時間がやってきた。お弁当を食べる。昨日の残り物を入れて、トマトにブロッコリー、ハンバーグや卵焼きもいれた弁当。息子と中身はすべておそろい。

 キレイに食べて、お茶も飲んで、さあ、お待ちかね。私のプリン。

 冷蔵庫を開けた。置いたはずの奥。ない。

 ない、ない、ない、ない。私のプリンがない。

 プリンが消えた?

 あの特別のプリンが。

 足元から砕け落ちた。

 今日はもう、プリンはない。食べられない。私のプリンが。

 冷蔵庫の前で、膝をついたまま数分経った。吉住が話しかけてくる。

「三好さん、どうしたんすか?顔が真っ青ですよ」

 きっと、冷蔵庫の前にしゃがんでいるのが邪魔なのだ。冷蔵庫の上に電子レンジがのっていて、それを使いたい様子。

「プリンがないんだけど。知らない?」

 吉住は冷蔵庫の中を探った。けれど見つからなかった。

 彼女は電子レンジにコンビニ弁当を入れた。プリンには興味もなさそう。

「勘違いじゃないっすか。車の中に落としたとか」

 そんなわけはない、と思ったけど従業員用の遠い駐車場まで探しに行った。車の中、落ちたかもしれない下のシートや足元、駐車場周り。考えつくところを全部探したけど、やっぱりない。

 駐車場から戻って、長い長い階段を駆け上る。その先のドアの向こうに休憩室。奥にあるテーブルで、コンビニ弁当を食べている吉住が振りむかいざまに言った。

「ありました?」

「なかった」

「持ってこなかったんじゃないっすかね」

 けだるい感じで、吉住が言った。

 そんな。プリンは子供の次に大事なものだ。あのパン屋に寄って、何も買わずに帰るなんてありえない。ポケットを探った。レシート。見た。今日の日付。二百五十円。やっぱり買っている。

「そうかも」

 しつこく言ってもしょうがない。身長が百五十ない私。体重も四十切っている。心まで小さい女だと思われたくない。悔しい。クソー。おぼえとけよ。ヨシ、明日は二個買いして食べてやる。

 

 次の日はカラメルソース濃いめと、抹茶プリンを買った。消費税込みで五百円。

 昨日の夜は興奮して眠れなかった。プリン2個買い。小さいサイズとはいえ、初の試みではある。私は今、人生初の挑戦をしているのだ。なんという、快挙。この手に瓶のプリン。リーズナブルな値段とはいえ、この私がプリンというぜいたくな洋菓子を一度に2個も食べようとしている。

 冷蔵庫に入れた。並べて置いた。眩しすぎる。ああ、神よ。今日もありがとう。

 昼飯はレトルトカレーにごはん。息子が給食だったから。まあ、そこはどうでもいい。昼飯の時にチンしよう。


 ホームセンターデイリーワンは交代で休憩をとる。私はだいたい1時。

 出勤時間もまちまち。フルタイム出勤の夜の人は、11時出勤。閉店が20時だから、閉店過ぎには帰ると思う。夜遅い時間帯を経験したことはないから知らないけど。シフト制だから時間はまちまち。休憩もまちまち。私は一人で子供を育てているから土日祝休ませてもらっているけど、普通の人は平日お休みだったりする。土日祝休みの人は少ない。私は優遇されている。

 冷蔵庫を開けた。プリンはなかった。

 やっぱり。

 やられた。そんな気がしていた。

 今日は自分でプリンの自撮りをして、冷蔵庫に入れた映像もある。思い違いではない。盗まれたのだ。

 はっとして、休憩室内の自動販売機横に設置してあるジュース専用ごみ箱を探ってみた。奥から瓶が出てきた。全部で3つ。

 あのプリンは特別なのだ。コンビニでもスーパーでも売っていない、自家製プリン。

 窃盗事件だ。誰が食べた。泣き寝入りするべきか、それとも戦うべきか。

 あのプリンはお昼前には完売する幻プリンなのに。家に帰って食べることさえできないじゃないか。

 優遇されている私を狙った犯行とか。

 嫌がらせ、とか。

 子どもが熱を出し、よく休んで迷惑かけている。パートのおばちゃんたちは、気にしなくていいよ、子どもは病気するものだからって、言ってくれる。みんな優しいけど、ホントは恨んでいるとか。MKに殺すぞって言われたし。

 でも、それって。プリンと関係ある?

 犯人と戦うか?

 でも。それだと瓶プリンいるよな。


 次の日やっぱり買っちゃった。プリン。

 苦しい。マジで苦しい。

 これは窃盗される覚悟のプリンだ。食べられない。

 目の前の、私が手に持っているプリンは犯人に食べられる想定で買ってきたものだ。だから、大好きなカラメル濃いめはやめた。カラメルの入っていない二百三十円のやつ。幻とはいえ、すぐに完売とはいえ、その中では最後まで残る売れ残りプリン。

 おお、神よ。こんなこと許されるのか。

 ちなみに実家は浄土真宗。カトリックではない。

 休憩室内の自販機。その横にジュース専用ゴミ箱、その横に本棚がある。ニッセイレディーが、毎週薄い料理雑誌を置いていく簡素な棚。表紙を表に出して陳列するスチールラックで、一冊ずつ棚に収納するとなると、本は六冊までしか入らない。そこにむりやりバックナンバーを何冊かつめこめられている。一番下の棚には、保険用のチラシが束になって刺さっている。本は見る人もいるだろうから、生命保険チラシの方に携帯を入れて録画をセット。チラシを見る人は見たことない。斜め前には冷蔵庫。ヨシヨシ。映像が映るだろう。


 休憩になった。ダッシュで休憩室に向かい、冷蔵庫を開ける。

 あった。プリン。マジで?取られてない。

 冷蔵庫からすぐに回収した。

 もしかして、録画しているの、犯人にばれている?

 チラシの中をまさぐる。ない。ない。携帯がない。周辺を探す。自販機横、ゴミ箱裏の床に転がっている。バレたとか。まじか。

 背筋が凍り付いた。こんなこと、やっぱりやめよう。

 プリンはお弁当の前に食べた。気持ちが落ち込んでまずく感じるかもって思っていたけどおいしかった。

 カラメル抜きとはいえ、完ぺきだった。さっきはごめん。あんたは売れ残りプリンじゃない。完売プリンだ。

 

 家に帰ってから子どもたちに夕食を食べさせ、風呂に入れ宿題を見て寝かせつけた。寝静まってから起き出し、充電中の携帯を取って電源を入れる。テーブルの上に携帯を立たせた。

 休憩中は怖くて中を見られなかった。今は見られる。録画が消されているかも、なんて思っていたけど消されてない。あれ?映像を見た。私が映っていた。チラシに入れるところ。はあ、入れた角度が悪かったのか。そしてすぐにバランスを崩し落下。なーんだ。

 携帯を触って映り込んでいる人なんかいなかった。そうだったのか。

 よかった。

 次の日、プリンを買って出勤した。やっぱり私にはプリンがいる。

 今回は冷蔵庫ではなく、弁当用の棚に弁当袋ごと置いた。休憩は一時だし、腐らないだろう。

 休憩に入って食べたらまずかった。ぬるい。昨日のプリンより二十円高いカラメル濃いめプリンなのに。そう言えばちょっと、ほんのちょっと酸っぱいかも。吐き出した。気持ち悪い。

 そうか。やっぱり冷蔵庫は必須だ。あの冷たさがおいしさを引き立てている。

 

 録画はとりあえずやめた。心臓に悪い。

 毎日プリンを買った。カラメル抜きの一番安いやつ。これだから盗まれなかったのかもしれない。でも、たまに盗まれた。

 子どもが寝てから、リビングで一人考えた。一か月のシフト表を眺めた。盗まれた日と盗まれていない日。食べられた日のレシートをだした。照らし合わせる。日付に蛍光ペンでチェックを入れる。犯人は休憩室に入れる人間。出入りがあるのは、エリアマネージャーと、ニッセイレディー、自販機のオジサン。出入りが頻繁な人が犯人だろう。外部の職員は頻繁に来ないから除外して。あ、一か月に一度くらいしかこないエリアマネージャーもない。疑いたくないけど、犯人はやっぱりここの従業員。

 私に恨みのある人物?私が毎日プリンを買っているのを知っているのか。食べ物に名前を書かなければいけないルール。私は書いていない。書かない私が悪いのか。みんなも書いてないじゃない。なんで私だけ罰せられるの。書いて盗まれなくなったとして、こんなに盗まれているのに犯人見つけないでチャラとかありえない。プリン代全額返してもらう。

 レシートの金額を電卓で計算。お菓子の缶に入れて、上に付箋を貼る。付箋に「連続プリン窃盗事件」と書いた。それをリビングの棚上小さな引き出しに入れた。

 証拠は大事だ。

 盗まれた日に出勤している人物を見た。一か月のうちにちょいちょい盗まれている。MK、MKの女の阿佐ヶ谷。盗まれた全部の日に共通したのは、この二名だけ。

 え?そうなの?二人だけじゃん。簡単に特定できたし。それもシフトが一緒の時だけ。一人だけの時は食べていない。どうして?

 阿佐ヶ谷は川崎ってパート女の隠語。四十歳くらいで私より五歳ほど年上。髪の毛がおかっぱだから勝手に阿佐ヶ谷姉妹から名前を取った。まあ、美人ではある。MKと私は同じ年だから、年上女房。いやいや、お互い家庭持ちだから、そうはならないか。売場でけっこうイチャイチャしている。外から見たら不倫。アイツらデキてる。阿佐ヶ谷はそういう女だ。店長は3年ごとに変わる。新店長が転勤してきたらすり寄っていく。距離も近い。顔も近い。相手にしない店長もいれば、MKみたいにのぼせる店長もいる。

 でも。

 二人が一緒にいるときに盗まれてはいるんだけど、盗まれてないときもある。はじめて盗まれた日は連チャンで盗まれたんだけど、それからはそうでもなくて、たまに盗む。なにか条件があるのだろうか。

 

 プリンは相変わらず買っていた。そっと、奥に置いとく。ダメージの少ないカラメルなしを。もちろん一つだけ。2個も買って食べられたらダメージは計り知れない。闇落ちする。

 今日は二人出勤の日だった。十一時に出勤してきた。夜シフト。そのあとは二人で売り場を作っている。

 洗剤や入浴剤などの生活消耗品を削って、海外製の安い草刈り器具や農機、建材などの売り場を広げる、はずだった。売場面積を削り、消耗品の種類を減らして売り上げの上位のメーカーを置けば同等の利益、プラス農機の売り上げで利益が上がるとふんだのだろう。だが、先に変更した店の売り上げは伸びず、いや、減った。変更のために使ったコストが利益と見合うこともなく、マイナスになる店舗が続出。洗剤の種類の少ない店に客は来ないらしい。今まで売れていたものも売れなくなった。

 本部の計画は急きょ中止。途中まで変更した棚を元に戻す手間が追加された。事前準備をしていた作業は無駄に終わった。

 MKは切れまくっていた。それを色気でなだめる阿佐ヶ谷。それについては、ありがとうございます。と、お礼を言いたい。言わないけど。

「ねえ、この作業どうしたらいい」

 くねくねした言葉が奥から聞こえてくる。ダルイ。もはや、ため語。知っているけど。あーキモ。

 二人はいつも一緒。同じ作業をする。お気に入りで、いつも隣におきたいのだろう。

「ここはこうして」

「やだー」

 ここはガールズバーか、それともキャバクラか。気持ち悪い。二人の様子は見えない。見たくもない。鳥肌が立った。

 商品を陳列していると、佐藤が作業台を押して歩いてきた。佐藤はおばちゃんで大学生の娘がいる。仕送り中で、お金がないといつもぼやいている。

 洗顔フォームを棚に並べ始めたとなりについた。

「そこの通路から聞こえなかった、あいつらの声。MKと阿佐ヶ谷キモイ。イチャイチャが止まらない」と、私。

「今日も二人で残業するらしいよ」と佐藤。

「残業?」

「いつものことだけど」

「頻繁にしているの?」

「してるよー。逆に知らないの?閉店後のレジ、レジさんがとじるよね。最後の退勤は二人同時じゃなきゃいけないルールだから、普通はレジさんと一緒に店長は退勤をきって帰るのよ。だけど、最近は遅くまで二人で残業しているみたいだよ。特定の二人が、二人っきりで残業。いったい何をしているんだろうね」

 佐藤が言った。

「え、なんでそんなこと知っているの」

「夜の人間はみんな知っているよ。私も夜シフトだから阿佐ヶ谷と被るときあるでしょ。退勤時間になったら帰るよ。でも、あの二人はすることあるから、残業するんだって。先に帰ってだって。手伝おうかって言った時期もあったけど。逆に迷惑だったのかな。今考えるとね。何時まで残業するかまでは知らないけど、もしかしたら本部も実は知っているんじゃない。二人のこと。やってんね」

「やってる?」

「やっているでしょ。車の中とか、身障者用のトイレとか。芸能人でもそんなことあったよね。キモー」

 はっとした。時計を見る。休憩室にダッシュした。

 冷蔵庫を見る。プリンはなかった。自販機横のゴミ箱を探る。ゴミの一番上に食べ終わったプリンの瓶がのっている。

 やられた。食べられた。瓶はもちろん、プリンの瓶。確認してから売場に戻った。サービスカウンターに入って、レジの田中さんに残業のことを聞く。

「二人っきりでしょっちゅう残業はしてますよ。内容についてはノーコメント」

 と、返事。

 そうか、そうだったのか。二人きりか。

「夜11時前くらいにデイリーワン前の道路を通ったことがあるけど、まだ明かりがついていた。そういうことだよね」

 と、言葉が追加された。

 そういう事って、どういうこと?

 言いたくなったけど、言わなかった。

 家に帰って子どもたちが寝た後、一人作戦会議を立てた。テーブルの上にはシフト表。丸印のついた時間帯を見る。

 プリンが食べられたのは、MK、阿佐ヶ谷二人が夜勤務のとき。阿佐ヶ谷は基本夜シフト。夜シフトの方が残業はしやすい。

 だから?それと、プリン窃盗事件とどういう関係があるの?

 一人でこの問題の答えが見つかるだろうか。

 わかったことは、二人が残業しているときにプリンが窃盗されている可能性があるということ。それだけ。

 情報を仕入れたいけど、ばれたら確実に殺される。闇に葬られる。不倫している証拠もないのに、聞きまくって誇張していると判断されたら、それは誹謗中傷だ。クビかどこかの支店に飛ばされる。支店に飛ばされたら、プリンを買いに行くこともできなくなるかもしれない。

 以前本部に誰かがパワハラの内部告発をした。定期的に配られる内部告発の専用用紙があって、無料でポストに投函できる。それに何かを書いて本部に送ったのだろう。以前、MKと阿佐ヶ谷がそのコピーを持って事務所の書類を調べていたところに遭遇した。書いた筆跡から投函した人物が誰かを、特定しようとしていたらしい。

 事務所に入ったら書類が氾濫していた。それも注文伝票ではなく、なじみのない資料。入ったときの、制服の賃貸契約書のサインとか、何かのメモとか。

「お前が送ったんじゃないだろうな」

 事務所に入った途端、MKは言った。

 最初は何を言われたかわからず、黙っていたが、急に事態がのみこめた。

 誰かがMKを本部に告発したのだ。

「違いますよ」

「やったら殺すからな」

 こわっ。なにそれ。脅しですか。

 阿佐ヶ谷を見た。阿佐ヶ谷は書類の束をめくっている。あんたの立ち位置ってなに?

 そのあとのことは知らない。誰が投函したかも、内容も、その人の末路も。

 うちの職場は一身上の都合でやめるパートが多すぎる。特にわかい子。こんな職場すぐにやめた方がいい。結局、採用が難しいだろう年配のおばさんの従業員が多い。私も二人の子供を育てて、文句を言われながらも子どもの体調不良で休ませてくれる、土日祝も休めるこの職場に勤務している。生活がかかっている。子どものためだ。そのためのプリンだ。

 あいつは、どうせ辞めないだろうとパートたちをなめている。


 今までパワハラで処分されたことはないMK。証拠がないのだろう。

 次々に人が辞めていった。パワハラがあったとやめた人が言ったとて、会社はやめた人を守ってはくれない。パートよりパワハラ店長の方が大事なのだ。

 ない頭で考えてもしょうがないから、録画することにした。証拠が大事。

 二人が残業しそうな今日。冷蔵庫には餌のプリン。九時半くらいに売場を抜け出し、休憩室に行く。スチールシェルフ本棚のニッセイのチラシに穴をあけ、そこにセット。今度は落ちないようにストラップをつけてスチールに固定。ゆれて、映像は取れるかわからないけど、音声ぐらいは拾うだろう。

 でも、証拠を取ってどうする。あの二人が罪を認めてプリン代を払ってくれるのだろうか。

 

 そわそわしていた。

 二人が出勤するのは11時。12時から従業員のお昼休憩が始めるから、その前の犯行のはず。出勤してから二人は、売場に出ずに休憩室に行き、冷蔵庫を開ける、そしてプリンを食べているのだろう。

 なんで?

 時計を見る。11時になった。あいつらがプリンを食べた後、瓶をゴミ箱に捨てる。その横にはスチールシェルフの本棚。隠しているとはいえ不安定にぶら下げた携帯。もっと上手に隠せた気がした。あれ、バレないだろうか。

 どうしよう。やっぱりやめようか。バレたら血祭りにされる。

 階段をダッシュで上がった。二人のイチャイチャ話が聞こえる。休憩室の隣に事務室。二人の視界に入らないよう、一瞬で休憩室の扉の中に入った。

 やばい、やばい、やばい。

 足音が聞こえる。こんな短時間で携帯を回収するなんてできない。

 休憩室内入り口すぐに更衣室があってドアの手前側は男性用、その奥が女性用。それぞれドアがついている。更衣室の先は広がって、テーブルが並んでいる。冷蔵庫、流し、自動販売機。もちろんゴミ箱も、スチールシェルフなどもある。

 電気はつけないで、ロッカールームに潜んだ。隅っこに隠れた。でも、開けられたらすぐにバレる。

 誰かが休憩室に入ってきた。一人?冷蔵庫の扉が開く音。

 少ししてまた誰か入ってきた。

「やだー。プリン食べてる。今日もやんの」と、阿佐ヶ谷の声。

「やる」

 MKの声だ。

「じゃあ、今日も残業だね、どんなことをするの」と、阿佐ヶ谷。

「今日はいろいろ試したい」

「イヤだ、スケベ」

 うああ。

 耳をふさいだ。

 私の誇り高きプリンはイエスノー枕と一緒の扱い?崇高なプリンをそんなものに利用されてたの。キモイ。キモ過ぎる。

 ゴミ箱に何かを入れる音。

「あれ、なにか見えるんだけど」

 阿佐ヶ谷が言った。

 ヤバイ。携帯バレた。

 その時勢いよくドアが開いた。

「あ、店長。遅れてすみません。電話で説明した通りですけど。多重事故があって、渋滞で動かなくて」

 佐藤の声だ。

「ふざけんな、佐藤。お前何考えているんだ。遅刻しやがって」と、怒鳴るMK。

「いや、でも、交通事故で。きっと、ニュースになるくらいすごくて。なんか、車の下敷きになった人がいて救急車が」

「お前が下敷きになって死ね、クソが」

 MKがまた怒鳴った。

「私が下敷きになったらよかったんですかね」と、佐藤。

 佐藤がロッカールームの扉を開けた。電気をつける。私と目が合った。

「うわっ」

 私は口に人差し指をあてた。佐藤が両手で口を押える。

「うるせえ、ババーが。黙っとけ」

 MKが怒鳴った。

「なんなのアイツ。幽霊に呪い殺されればいいのに」

 佐藤が小声で.つぶやくのが聞こえた。


 二人が部屋を出て行ったころ合いを見て、更衣室から、そおっと扉を開けて出た。周りを見渡す。誰もいない。セーフ。佐藤が着替えて出て行ったタイミングより少し遅い。

 私は誰もいない休憩室で携帯を回収し、売場に戻った。売場で二人が何かを話している。いつものイチャイチャ。顔色を変えず、そこを普通に横切った。 


 子供が寝静まって、寝室から出てきた。目はギンギン。脳みその中を妄想が走り回っていた。眠気なんかあるか。何が映っていたのだろう。録画が気になってしょうがない。今日子供の世話が長く感じた。

 プリンのことなんて、もうどうでもいい。あの二人、不倫じゃん。やっぱ、やってんじゃん。

 テーブルの上に携帯を立てる。手が震えた。なんとか、スイッチを押して中を見る。まず、私がセットしている姿から映像から始まった。冷蔵庫もバッチリ映っている。しばらくは何も動かない。早送りした。ドアが開く音がして、誰かが入ってくる。MKだ。

 MKは冷蔵庫の扉をあけるとおもむろにプリンを取り出した。大量にあるプラスチックのスプーンを冷蔵庫と流しの間にある細長い棚の引き出しから取り出す。

 MKがプリンを食べている。それを冷蔵庫の横のカラーボックスに置いた。指で画像をアップ。瓶の中身がまだ半分残っている。

 阿佐ヶ谷が休憩室に入ってきた。

「やだー。プリン食べてる。今日もやんの」

「やる」

 MKが言った。

 阿佐ヶ谷がそれを見て、中に入ったプリンを食べる。二人はキスをしている。いや、プリンの口移し。気持ち悪い。MKは阿佐ヶ谷の乳をさりげなくもんでいる。

 マジか。

 旦那の浮気現場目撃とリンクした。

 前住んでいた一軒家。体調が悪くて仕事を早退した。お腹に二番目の息子がいた。つわりだった。寝室に上がると、夫と女がいた。二人とも裸だった。行為の最中だった。私のベットを使っていた。

 流しに行った。吐いた。気分が悪くなった。

 映像が進んでしまったから巻き戻しした。ニ度も口移しを見てしまった。何度見てもキモイ。

「じゃあ、今日も残業だね、どんなことをするの」と、阿佐ヶ谷。

「今日はいろいろ試したい」

「イヤだ、スケベ」

 何の会話だよ。

「あれ、なにか見えるんだけど」

 阿佐ヶ谷が言った。

 阿佐ヶ谷の手が近づいてきた。手の隙間から顔が見える。口にプリンがついている。

 隠した携帯がバレていないのを知っているのに、体がのけぞる。

 その時勢いよくドアが開いた。

 佐藤が休憩室に入ってきた。

 佐藤は神だ。ありがとう。助かった。

 阿佐ヶ谷は手を引っ込めてドアの方を見た。佐藤は二人の様子に気づいていないようだったが、MKは顔をしかめた。見られたと思ったのかもしれない。

「あ、店長。遅れてすみません。電話で説明した通りですけど。多重事故があって、渋滞で動かなくて」

 佐藤が頭を深々と下げる。

「ふざけんな、佐藤。お前何考えているんだ。遅刻しやがって」と、MK。顔が真っ赤。

 見られて恥ずかしいと思うなら、こんなこと仕事場でするなよ。

「いや、でも、交通事故で。きっと、ニュースになるくらいすごくて。なんか、車の下敷きになった人がいて、救急車が」

 下を向いた佐藤が話していた言葉をMKが遮った。

「お前が下敷きになって死ね、クソが」

 MKが怒鳴った。

 頭を上げた佐藤の顔がゆがんだ。

「私が下敷きになったらよかったんですかね」と、顔が真っ青になった佐藤が言う。

 更衣室のドアを勢いよく開ける音。MKと阿佐ヶ谷は顔を見合わせている。

「うわっ」

 更衣室から、声が聞こえた。

「うるせえ、ババーが。黙っとけ」

 MKが怒鳴った。

 阿佐ヶ谷は笑って言った。

「あのプリンおいしいね、どこで買っているの?」

「お前が買っているんじゃなかったのか。買っといてくれって言ってただろう」と、MK。

「ウケル。私たち誰のプリン食べていたんだろうね」

 声が遠くなる。二人は談笑しながら画面から消えた。ドアの音が聞こえる。休憩室を出て行ったのだろう。

 それからは、ロッカーの音が少し漏れる程度。最後に私の顔が映り、映像が終わった。

「はあ」

 ため息が漏れた。

 プリンを弁償してほしかったけど、もうどうでもいい。アイツら消えろ。


 本部にメールを送った。内容は書かず映像を添付した。二人はお互い家族持ち。さあ、どうなったか。不倫でありパワハラ。証拠がガッツリ写っている。


 2週間後、体調不良から戻ってきた。二人はいなかった。MKは、隣の県のフロアマネージャーとして転勤。降格したけど、クビじゃないんだ。マジか。阿佐ヶ谷は仕事を辞めたらしい。

 私はプリンを食べられなくなったから、押しのお菓子を模索中。



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