転生者編、雪が降る館に増えた、笑顔
四大陸が静かになって半年。
俺たちはヴァルハラ北端の雪原に小さな館を建てて暮らしている。
朝はブリジッタが雷で薪割り、ヘルが氷の冷蔵庫を作り、シグルドが朝練で雪煙を上げ、ミャウナたちは俺の膝の上でじゃれ合っている。
平和すぎて、逆に落ち着かない日々だった。
その日、屋根の上で雪を見下ろしていると、ステータスが光った。
【救出要請:白瀬みゆ 残り71時間59分】
【座標:ゼロ残滓領域・最下層】
白瀬みゆ。
前世、同じクラスにいた地味な眼鏡の子。
俺が事故で死んだ後、彼女は別の王国に勇者として召喚されたらしい。
俺は屋根から飛び降り、館に飛び込んだ。
「みんな、すぐ出るぞ!」
「えー! 今いいとこだったのにー!」
「戦いか!?」
「転移30秒で開くわ」
「飯がー!」
「食ってる場合じゃねえ!」
10秒後、全員で手を繋いで転移。
着いた先は完全なる闇。
光も音も温度もない。ただ腐った魔力の残滓が漂うだけの空間。
中央に、鎖で吊られた人影。
髪は腐り落ち、目は抉られ、口は太い糸でぐちゃぐちゃに縫われ、
体は呪刻だらけで骨が折れたまま曲がっている。
俺は走った。
鎖を握りつぶし、みゆを抱き止める。
軽すぎる。
骨と皮だけみたいに軽い。
「……みゆ」
縫われた口が無理やり動いた。
「……蒼……くん……?」
「迎えに来た」
体がびくりと震える。
「……私……召喚されて……
魔力ゼロって判定されて……『役立たず』って……
王都で処刑宣告されて……逃げようとしたら追っ手が……
聖癒のスキルだけは異常だって気づかれて……
『生きた回復薬』にしようとして……
拷問されて、呪刻打たれて、深淵に落とされて……
何年も這いずって……でも蒼くんの顔だけは忘れられなくて……
『いつか会える』って自分に言い聞かせて……耐えてた……」
その瞬間、闇の奥から無数の魔力反応。
「……見つけたぞ、逃げた回復薬が」
現れたのは、王国の追討部隊。
黒い鎧の騎士団と魔術師たち。
隊長が剣を抜く。
「失敗作を生かしておくわけにはいかん。今度こそ完全に殺す」
俺はみゆを抱えたまま立ち上がった。
「……お前らがやったのか」
ブリジッタが雷を鳴らし、ヘルが氷の壁を張り、シグルドが双剣を抜く。
ミャウナが「にゃは☆ 邪魔者はまとめて消しちゃおう!」と笑う。
一瞬で終わった。
騎士団は蒸発。
魔術師たちは灰に。
隊長だけ残して、俺はゆっくり近づいた。
「お前らがみゆにしたこと、全部味わわせてやる」
隊長が震えながら叫ぶ。
「ま、待て! 王命で――」
俺は指を一本で握りつぶした。
静寂が戻る。
俺は振り返り、みゆの額にそっと唇を押し当てた。
白い光が爆発。
【ヴァルハラの誓約システム・拡張認識】
【対象:白瀬みゆ 信頼度:真・永遠∞】
【スキル「四大陸最強聖癒・極」完全借用】
【ゼロ残滓からの完全復活】
体がみるみる再生。
髪が黒く戻り、目が戻り、口の糸が解ける。
みゆがゆっくり目を開けて、泣き笑いした。
「……蒼くんが……守ってくれた……」
帰りの転移で十人目の手が増えた。
数日後、鍋を囲んでいるとき。
ミャウナがにゃは☆と笑って爆弾を落とす。
「ねえ蒼。この世界って実は一夫多妻制なんだよ?」
「……は?」
「もう九人いるんだから、みゆちゃん入っても十人目! 余裕☆」
全員が一斉に賛成。
俺は立ち上がって叫んだ。
「聞いてねえ!!」
爆笑の中、みゆが小さく呟いた。
「……私、生きててよかった」
雪が静かに降り積もる館に、十人目の椅子がちゃんと置かれていた。
転生者編完
次で 最終回




