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第78話 逃亡者

 ある日の夜のことだ。暗闇に紛れて町の外から近寄る二つの影があった。

 城壁の穴を通る為に擬装の石を動かそうとして異変に気が付く。


「くそがっ! 通路が潰されてやがる!」

「ばかっ! 声が大きいっ!」

「お前だって大声出したぞ!」


 悪態を吐いた男に注意をした男も声が大きかったのはお約束か。


「これじゃ中に入れないな」

「門は閉じているから明日の朝イチに門から入るしかないか」


 長居は無用と判断したのか、地味な土色のマントを翻してその場を後にする。

 予定ではこのまま町に入りアジトで遅い夕食をとる筈であったが、空腹を我慢しつつ朝を待つことにした。

 城門前に移動すると、そこには数台の荷馬車と何人かの商人達が焚き火を囲むようにして眠っていた。


 城門は一日中開けっ放しではなく、深夜の時間帯には門を閉じ、余程の理由がない限り通行出来ない規則となっている。

 夜中に馬車が通行すると騒がしい、そんな理由ではなく、夜盗などの侵入、逃亡を阻止するのが一番の目的である。

 一辺が数キロもある巨大な城壁であり、夜と言えど百人近い警備兵が松明やカンテラを持って歩廊を巡回しているのだ。


 先程の二人は疲れた顔で適当な場所にマントを敷いて寝転がる。

 長いこと冒険者をやっていれば、地面の上だろうがお構い無しにぐっすり眠れるようになる。

 しかも目の前に城壁があるのだから、ここでなら誰かに襲われることもない。


 冒険者に成り立ての者に対して、最初にバリシアの冒険者ギルドが実施する教育が、この城門前での二泊三日のキャンプであった。

 ミイナはスモルシュ王国で登録しているのでこのキャンプのことは知らないし、セルバンは路地裏でゴロ寝をしていたのだから焚き火があるだけでも天国だと思うだろう。

 だが、普段は自宅のベッドで眠っている一般家庭の子供達には、テントもなく焚き火だけで地面に寝転がって寝るのはハードルが高いものである。


 さっきの二人は冒険者としてそこそこの期間の経験があるのですぐに眠りに就けたのだが、このキャンプで泣き言を言って冒険者になるのを諦める軟弱者も僅かに出てくるそうだ。

 そんな者達を篩にかける、と言う意味ではこの指導も僅かながら役に立っているとも言えるだろう。


 そして時間は誰にも平等に過ぎて、朝日が顔を出し始める。

 バリシアの城門が開く頃には、城門前で一夜を明かした商人達も簡単な朝食を済ませて門の前に並んでいる。

 もたもたしていると、近隣の農村から野菜などを売りに来る農家の大八車に先を越されるからだ。

 図太い神経を持っていた二人は完全に列に並ぶのに出遅れたが、特に急ぐ必要はないので気楽に構えて列に並んでいた。


 二人の前の村から来た農夫が荷馬車の検査の為に衛兵の前に停めると、くまなく衛兵が調べて行く。

 朝一番からでも一切手を抜かない真面目さを目にして、自分にはこんな仕事は向いていないと感心しながら荷馬車の検査が終わるのをぼーとしながら待つ二人組。

 積み荷の検査が終わると、何事も無く農夫は礼を言って町の中へと進んでいく。

 衛兵は無愛想に手で軽く挨拶のような指示のような仕草をしただけで、二人の審査に取り掛かる。


「身分証明の出来る物と、ギルド登録をしているならタトゥーを見せて下さい」


 命令形ではないが、柔らかみのない形式張った口調で指示されると、二人はペンダントのようにして首から提げていた鋼のギルドカードを衛兵に見せる。

 それに合わせて左手首の袖を捲ってタトゥーも見せる。


「銀級冒険者のネフタルとジステン……だな」

「そうだが、何かあるのか?」

「連絡事項があるので、少し中で待ってもらいたい」


 城門裏にある詰所が指で示される。


「腹が減ってて早く何か食いたいから、手短に頼むな」

「ネフ……」


 ジスがネフの肩を軽く指で叩く。


「ちっ!」


 ジスは二人を取り囲むように数名の衛兵が待機しているのを察知し、何事もなくここを通ることは出来ないだろうと判断した。


「逃げるぞ!」


 ネフがカードから手を放してすかさず剣を抜き放ち、尋問しようとしていた衛兵に一撃入れて、とんぼ返りで町から伸びる街道に向かって駆け出した。


 二人の後ろにはまだ入場待ちの人々が何人か並んでいて、彼らを剣で脅しながら道を開けさせ、追ってくる衛兵に向かって無理矢理押し付ける。

 バランスを崩した老人が衛兵に倒れ掛かるのをチラッと横目で確認すると、続けて荷馬車を引く馬の鼻っ面を強く叩いた。

 驚いた馬が暴れたが、期待したように馬が走り出すことはなかった。御者がちゃんとブレーキを掛けていたらしい。


 それでも何人かが慌てて馬を押さえるなど軽い混乱が起き、二人を追う衛兵の足が遅れた。

 追い掛ける衛兵と逃げる二人にそこそこの距離が開いたところで、城壁の上から二人に向かって矢が放たれる。

 だが命中した矢を土色の地味なマントが悉く跳ね返す。


「うひょ、スゲェ防御力だな」

「ちぃと重いのが難点だが、それだけのことはある」


 後ろから放たれる矢を気にしなくても良いと分かり、必死で走って逃げることに専念したネフとジスを数名の衛兵が追い掛ける。

 異常事態発生を知らせるホイッスルが吹かれ、その音が聞こえた衛兵が城門へと移動していく。

 そうしていつもと少しだけ違う警備体制となったバリシアの中で、別の異変が起ころうとしていたことを追い掛けられている二人が知る由もない。


「なんでバレたんだよ?

 俺らはバリシアじゃ殆んど活動してないぞ」

「名前の後ろに文字を足したのがバレたのかもな」


 二人が衛兵に見せたカードは偽造品であり、刺青にも名前に文字を追加し、登録番号の3を8に加工してあった。セルバンの思い付きがたまたま的中していたのが二人の運の尽きか。


 矢が効かないなら直接捕縛しようと騎馬が二人に近寄ってくると、ネフがポケットからボールのような物を取り出し、付いている棒を引き抜いた。


「吸うなよ!」

「おう!」


 ネフがボールを後ろに投げ付けると、地面に落下して白い煙を撒き始めた。

 それに驚いた馬が棹立ちになって止まると、急にくるりと方向転換して逃げ出して行った。


「相変わらずスゲェ効き目だな」

「馬は人以上に刺激に弱いからな」


 ボールの中には二つの液体が入っていて、棒を引く抜くと液が混ざりあって化学反応を起こして煙と刺激臭が発生する仕組みになっていたのだ。

 科学技術はそれ程発達していないのだが、魔物素材を使った良く燃える狼煙やこの手のグッズが開発されているのもこの世界の特徴である。


「それにしても、夜行性の昆虫を出来るだけ採取してこいって依頼で、どうしてこうなるんだよ……」

「金持ちは貴重なカブトムシやクワガタを欲しがっているらしいからな。

 ギガントカブトだと、サイズによっては大金貨単位になると聞いたことがある」

「たかがカブトに何考えてんだろ?」


 そのギガントカブトが入っている背中の虫籠だけは、何があっても死守しようと二人が逃走を続けている頃、町の中で怪しい動きを見せた者達が居た。

 

「予想通り町には入らず街道を通って森に逃げ込むようだな」

「指示を出さずとも御しやすい馬鹿は助かる」

「あいつらには昆虫採取ぐらいの依頼がお似合いだからな。装備は与えてあるから、死にたくなければ上手く使って逃げるだろうよ」


 彼らはギルアノ大森林でネフとジスを助けたのだが、善意からではなく何かに利用するためであったらしい。


「しかし、出来るなら昨夜のうちにやりたかったが」

「深夜よりこの時間帯の方が一番見回りが少ないから都合が良いんだよ」

「なるほど、なら手早くやるぞ。まだ奴は寝ているからな」


 まだ完全に陽が昇りきる前の時間帯である。

 ルピナス村の朝は燃料費の節約のために陽が昇りきってから起きることになっている。

 美味しい依頼をゲットする為には普通なら出来るだけ早く商業ギルドかハンターギルドに行く必要があるのだが、見習いが受注できる依頼にそうそう美味しい物は無い。

 それにセルバンと村の子供達に対しては、ある程度の依頼が確保されているので依頼争奪戦に参加する必要がないのだ。


 セルバンも一度は目が覚め、まだ起きるには早いと二度寝を決めようとして何かいつもと違うことに気が付いた。


「部屋が狭い」


 いつもこの部屋にセルバンと幹部三人プラス女の子二人が一列に並んで寝ているのだが、皆寝相が良い。

 いつもなら自分の隣に陣取っているエッフェ、エンメとの間に僅かに距離があるのだが、今日は腕に抱き付かれているのだ。

 お巡りさん案件は勘弁してくれよ、と内心愚痴りながらその子の顔を見る。


「……お前、いつの間に来たんだ?」


 腕に抱き付いていたのは特殊作戦チーム『ラッシュメイデン』のリーダーのドーリアだった。

 確か寝る時には居なかった筈である。


「私はセルバンの護衛だからな」

「俺が社会的に抹殺されるから、出来れば寝る時は距離を取ってくれないか」

「難しい言葉を使ってインテリぶるな。

 それとお前は城壁の件で組織にマークされているだろう。側に居て当然だ」


 それなら夜に来ると思うのだが、夜討ち朝駆けで来るのか?


「トイレに行くなら護衛する」

「……来るなって言っても来るんだろ」

「当然だ」


 こうなるのは分かっていたけど、少しめんどくさい。

 寝る時は下着姿なので、ゴソゴソとズボンを履いて上着を引っ掛ける。

 ドーリアさんも下着?の短パンの上からダボズボンを履いて準備完了。

 上はタンクトップ一枚、左右対象の丸い膨らみがしっかりと主張している。


「じろじろ見るな。照れる」

「ハイハイ、すみませんね~」


 リーダーだからそれなりに歳は行っていると思うのだが、特殊作戦チームのメンバーは成長を遅らせる薬でも飲んでいるのかな?

 俺と同じか少し上ぐらいの年齢に思えてきた。まさかと思うけど、子供を英才教育で暗殺者に仕立て、警戒を薄くさせてブスッと刺すようなチームじゃないよね?


「家から出る時は短剣とクロスボウを装備しておくように。敵はいつ来るか分からない」

「トイレ行くのに武器持ってくとか大袈裟だろ」


 一階に降りると、置いてあった武器を渡される。


「腑抜けていると確実に殺される。常在戦場の意識が大事。男女間もそう」


 見た目は悪くない、寧ろ美人の枠に入るのだが軍人的な考えが俺とは合わないのが残念だ。


 

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