第77話 冒険者統一協会の終焉
「高効率魔導銀の材料が届かなくなっただと?」
「はい、冒険者が減ったことでオークの討伐数が減り、銀山がオークに占拠されたもようです」
魔道具ギルドのギルドマスターが速報を受けて天を仰ぐ。
「既に在庫は二割を切っている状況です。
これではバリシアどころか中間地点のバルドサルエにも届きません」
「協会が銀山の管理任せろと言っておきながら、この有り様か」
キャビネットからファイルを取り出したギルドマスターが紙をめくり、
「もう冒険者をあてにする時代は終わった言うことだな。
商業ギルドでは独自の兵団を持とうとする動きが出始めていると聞いたが……先陣を切って勇断出来たバリシア卿が羨ましい」
と言うと大きな溜め息を吐く。
「魔道具ギルドでも兵団を作るのですか?」
「無茶を言うな。そんなことをしてみろ、各ギルドが作った兵団同士の争いが起きるに決まっている。
商業ギルドの兵団に相乗りするのが無難だろうな。
どうせ商業ギルドだけでは運営が立ち行かなくなるに決まっている。バリシアの真似になるが、ハンターギルドとして独立した組織とすべきだろう」
「ですが、それをしたとしても早急に鉱山を奪還しなければ、高効率魔導銀の生産が停止してしまいます」
「それはそうだが……遠距離魔力波通信の実用化を急がせるしかないか」
根本的な問題解決は諦めるとギルドマスターはマキナに送る手紙を書き始める。
そんな遣り取りが行われていた一方、マキナは魔力式センサーの開発を続けていた。妻カリーの案を採用して魔力の投射を一方向に限定し、回転しながら投射するところまでは完成しているのだが、投射した魔力が魔石に当たったかどうかの判定機能の調整に手間取っている段階だ。
セルバンの作ったケンタローは音波式センサーで運用していて、誤作動を頻繁に起こしているのだが動かないより動いている方がマシだと放置されている。頻繁に動くと魔石からの魔力消費が増えるのが問題になるが、ゴブリンジェネラルの魔石に毎日子供達が魔力を注入しているので不都合なく稼働しているのだ。
王都でケンタローを見ていたラッシュメイデンの五人は、馬人間なんか作って馬鹿じゃないのかと思っていたところに畑で立派に鳥追いとして活躍している姿を見てこれなら形は不気味な方が実用的だと違う方向で納得していた。
鳥からすれば、動くか動かないか、音がするかどうか、敵かそうでないかが問題であって、ケンタウロスの形であろうとなかろうと大差ないのだが。
そんな理由で、マキナに魔力式センサーを頼んだセルバンは既にその事を忘れていたのだが、真面目なマキナは完成を急いでいた。
そこに来て高効率魔導銀の生産停止の報せと遠距離魔力波通信装置の依頼である。
魔紋式識別装置は複雑な構成の為に妻カリーを中心に研究所の総力をあげて製造しているところであり、通信装置の開発に手が出せるのはマキナしか居ない。
「セルバンには悪いが、センサーは後回しか。
いや、待てよ。基地局を幾つか中継すれば近距離通信装置でも利用可能かもな。携帯じゃなくてPHS方式で試してみるか。それなら魔力センサーが、流用出来る……と言うより、受信して次の基地局に飛ばす仕組みを作れば済む。
高効率魔導銀の通信ケーブルは基地局がダメになった時のバックアップに使えば良い。
基地局の間隔が問題だが、これで何とか誤魔化してみるか」
このマキナの思い付きは、最終的に全ての街道沿いの町や村に基地局を置くことになるのだが、魔力を飛ばせる距離は消費する魔力量に比礼する。
その為ランニングコストを抑えるには基地局を増やす選択肢しかなかったのだ……と言う建前が出来た訳だ。
新しい村を一つではなく複数増やすことで、セルバンの村長就任を目立たなくしたいと王宮側及びバリシア卿の意図と合致したのが幸いである。
魔道具を使用するには魔石から魔力を供給する方法、人が魔力を供給する方法の二通りがある。
人が魔力を供給するには細かな調整が必要な為、基本的に魔石を使用するのだが、セルバンが子供達に治癒魔法を教えているうちに魔石に魔力をチャージ出来る子供が出てきたのだ。
残念ながらセルバンには魔力の扱いに関連するスキル才が無い為にチャージは出来ない。
売り物になる魔石を無駄にしながら訓練するつもりは無いので、今後もセルバンが魔法関連で大きな活躍をすることは望めないだろう。
セルバンは残念だったが、村を増やして魔石に関わる人員を増やすことで、魔石への魔力チャージが出来る者が現れることを王宮は期待している。
そのような者は魔法の扱いが上手なので魔法部隊へスカウトするつもりなのだ。
そんな思惑はともかく、数日後にマキナが遠距離魔力波通信装置を作り出した。高さ十mのアンテナを立てることで直線距離でおよそ30kmの双方向通信が可能であり、アンテナの製作と設置も通信装置の本体の製造と同時進行となる。
◇
遠距離魔力波通信装置の開発により高効率魔導銀の生産は急務ではなくなったが、オークによる銀山の占拠状態は解消しなければならないことに変わりはない。
問題は誰が責任を持ってそれをやるかだ。
つい数ヶ月前であれば冒険者ギルドで銀級上位以上の冒険者を募ればすぐに幾つかのパーティーやソロ冒険者が集まったものだ。
だが、冒険者統一協会と冒険者ギルド本部は親密な関係のように見えて、実は裏で利権争いが繰り広げられていた。
そんな中でも真面目な冒険者達や貴族にすり寄ることをしない冒険者にとっては、そんな醜い争いがどの様な結果になろうと大差ないと思われていた。
しかしバリシアで協会が派遣した三名の役員が冒険者に暗殺者を差し向けた事実が発覚したことで、ギルド本部は協会から距離を取り始めた。
協会と仲良くしていれば、ギルド本部も協会と同じような組織であると住民に思われるからだ。
また冒険者からすれば、普段何をやっているのか分からないのに依頼の報酬から数%を吸い取っている協会など不要であると考えられていたのだ。
そんな中でバリシアは従来の冒険者ギルドと絶縁し、ハンターギルドを発足させたと報せが届いた。
魔物を狩るのを主な仕事としていた冒険者の大半はハンターギルドに移籍するかバリシア領主が用意した私掠船の乗員等になり、極一部の者が残ったと言う。
非戦闘系の依頼をメインにしていた者はバリシアのそれぞれ自分が希望するギルドへ移動した。
そんな情報が流れだすと王都を出てバリシアに移住する者が出始め、冒険者ギルド以外の他のギルドも有能な冒険者の確保に走り出した。
その結果、王都の冒険者はしだいに減少して行き、銀山近くのオークの間引きが滞ってしまったのだ。
「マズイ、マズ過ぎる……オークの間引きが全然進まんぞ。冒険者ギルドは冒険者をもっと集めることは出来んのか!」
と慌てているのは協会のトップであるハルゲーテ会長だ。
魔道具ギルドに対して銀山周辺の安全確保を名目に年間大銀貨四千枚を要求していたにも関わらず、オークによる銀山の占拠が起きたのだ。
取り分は冒険者ギルドが三千六百枚、協会が四百枚で、協会はクチしか出していない。
冒険者が仕事をしないからこんな事態となったとのだ、協会は関係無い!と強気で出られるのなら悩むことは無い。
「暗殺者を送るような組織の為に危険を冒すことは出来ないと、冒険者は減る一方ですからね」
孤児を一人殺すだけの簡単なお仕事だ、いつもやっていることなので問題は無い、とあの三人の自信に満ちた口振りに暗殺を許可したのは間違いない。
たまたま協会本部が関与した証拠を残していなかったこと、逮捕された三人も会長の関与をクチに出していないことで拘束を免れることが出来てホッとしていたところにこの騒ぎである。
「儂らが王宮と交渉するから、奴ら冒険者がゴブリの耳で食っていけるのが分からんのか」
「お言葉ですが、交渉しているのはギルド本部であって、協会はオブザーバー参加、しかも居るだけで何もしていませんからそんなに偉そうには言えません」
有能ではあるが表情を殆ど変えることの無い不気味な秘書が、いつもと違って雄弁に語るのが気に障る。
秘書と呼んでいるが、協会が正式に採用した者ではない。正体は闇ギルドから派遣された工作員であり、協会の誰にも姿を見せることなく協会の裏の仕事をサポートしてきたのだ。
「お前は誰の味方だ?」
「特定の人間の味方はしません。それが仲間でもね。強いて言うなら正義の味方ですかね?」
「今まで儂の隣で甘い汁を吸っておきながら正義は無かろう」
「えぇ、たった今そうなるところですから」
「なっ――?」
いつの間にか心臓に突き刺さった短剣を視界に収めたハルゲーテ会長がその短剣を抜こうと足掻くが、その願いは叶わぬ夢となって床に崩れ落ちる。
大きな物音に驚き、隣の部屋に居たヒナカリナ副会長が慌てて会長室に入ってきたが、
「何かありま――」
と最後まで言えぬままにドアの横に居た秘書に首を半ばまで斬られて絶命した。
「さて任務完了。ギルドに帰りますか」
何も知らぬ者が見れば、会長が副会長を斬った後に自殺したように見えるのを確認した秘書は、ニヤリと笑みを残して部屋を出ていった。
その様子を遥か遠くから眺める姿が、
『次はいよいよメインディッシュだ』
とボソリと呟いたが、それはまた別の話。
冒険者統一協会の事件はその日のうちに王都中を駆け巡る。
旨い汁を吸う為に寄生していた幹部達は、会長が副会長を殺したとは一切思わないどころか次は自分の番かと戦々恐々しながら日々を送ることになった。
そのプレッシャーから逃れる為に協会を去る者が続出し、機能不全となった協会は遂に姿を消す羽目となる。
そうなると協会に責任を押し付けることが出来ない冒険者ギルドが魔道具ギルドから責任を追及されることとなり、傭兵ギルドを頼って銀山をオークから奪還したのだった。
これでは市民から「冒険者ギルドはもういらない」と声が上がるようになったのも頷けるだろう。




